第22話 説得
訪れたお客人は、秀二に運命を悟らせようと説得を始める。
「よくおいでなさったね」
「失礼しますぞ、長老」
訪れたのはシャクシャインだった。秀二は思いだした。この男だ。自分に長老やユーリと同じ目を向けていたのは、この男なのだ。
「君は儂にとっての英雄だ。嘘偽りない……真の英雄だ。君のおかげで、儂の計画を叶えることができる」
シャクシャインの言う計画とは、それは残酷なものだった。
「ズヴェーリ研究所のヤヨマネクフの計らいでキムンカムイを捕獲し、州と対立するNIsに掴ませ、地鳴りを利用させテロに使わせた」
「テロに使わせたって……長老が地震について知ってることがあるって言ってたのはそのこと……? 地震を起こさせたなんて!」
「そう喚くでない……ポンヤウンペ。君はこれから我々とともに先住民による集団蜂起に参加し、カムイに号令し弱体化する州やNIs相手に漁夫の利を得るのだ」
ここで再び扉がノックされた。もう1人の客人が入ってきた。それは高虎だった。
「お待たせしました長老、シャクシャインさん。どこまで話されましたかな?」
「ちょうど、計画の全貌を話したところだシアンレクよ」
「そうですか……ついにこの日が来てしまったのですね」
「意味分かんないよ高虎さんまで、なんで普通にしてられるんだ……なん人殺したんだ……キムンカムイをNIsに渡しただけでどれだけの人が死んだか分からないのか……!」
秀二は震える声だった。そして気がつけば、敬語を忘れていた。そこに人を敬う気持ちなどなく、あるのはただハリボテのヒーローだった輩への失望と怒りだった。
「大事な人を失う痛さと悲しさ、怖さを知らないのか……!」
「知っているさ。大いに知っている。だが仕方ないだろう」
「なにが仕方ないだろうだ……! あれだけ街をぐちゃぐちゃにして……それを目の前で見てたはずなのに、なんでまだ人殺しをつづけようとしてるんだ!」
秀二の本気の言葉も、老獪な男の耳には届かなかった。
「仕方ないのだよポンヤウンペよ。島の悲劇を学ばず血と瓦礫の上に築かれた都会に吸いよせられた馬鹿どもの苦しみなど、言わば自業自得だ」
感情のない淡々とした言いかたは、いっさいの悪気がないことを表していた。
「命ある自然を枯らし、遠ざけ、享楽の楽園たる都会を造った。そこに我が物顔で居座るなどまさにケダモノ。奴らこそ害獣なのだよ」
「わけわんねぇよ……! チェリミンスカヤさんを汚いとか言ってたくせに、あんたのほうがよっぽど汚ねぇよ!」
「チェリミンスカヤもまた自らこの地に根を生やし生きていく『選択』をし、なにも学ばずに来た。名声のために自ら手繰り寄せた運命がどれだけ悲惨なものでも……儂には関係ない」
秀二の言葉はむしろ、シャクシャインにとっては子供の戯言だった。
だがいつまでも秀二にグズられていては埒が明かない。シャクシャインは厳しい世の中の理を諭した。
「儂はアイヌの子として、先祖代々の伝統装束を纏い、この地でカムイの恵みに感謝し生きてきたんだ。尊厳や生き方を奪われた先住民はオタスの杜で混合しこの日の到来を願った。奪われたものを取りかえすことは悪だと思うか……?」
膝をつき諭す巨漢の老人シャクシャインと、涙を流し震える小さな男の子秀二。
高虎は2人のあいだに割ってはいった。
「人は生まれに縛られるものだ。能力や容姿はおろか、親や故郷の人の影響で価値観や道徳観が決まる。つまり人生の半分は『生まれ』で決まると言っても過言ではない」
高虎は幼気な秀二を諭しながら、自分にも言いきかせていた。
「三大闘獣士の栄誉さえ、純血という『運』が大きかったろう。だが私とて倅たちのように血のにじむ努力をし、今の地位を築きあげた。同じことだよ秀二君……島を取りかえすためなら、平和ボケした数百年間にピリオドを打ち、戦争という『選択』をしなくてはならないんだ……!」
「島やカムイより……人の命の方が……!」
そこまで言葉が出た。だがその言葉はカムイに関心を持ち同じ夢を見てきた男、ユーリを傷つけることになる。
だから、最後まで言いきることはできなかった。話の通じない老人達と違い、ユーリには信頼があった。彼だけは、否定したくなかった。
動揺する秀二に高虎はまくし立てるように言葉をつづけた。彼の中で、秀二を説得する事への迷いは断ち切られたようだった。
彼は先住民の大人としてシャクシャインに加担することに心を決めた。
「武力で島を取りかえした暁には、尊厳のためにルーシと駆け引きや、命のやり取りなどをし生まれた闘獣の出来レースもなくなり、闘獣は生まれかわる。予定調和の勝利ではなく、真に我々アイヌの強さを世界に示すことができるんだ……!」
高虎の言葉に秀二は悟った。ハリボテのように感じていた出来レースにも、彼らが尊厳のために戦って勝ちとったという背景があるのだ。形は歪でも、彼らはただ奪われたものを取りかえそうと確かに戦ってきたのだ。
だが頭で理解はできても、心から納得することはできなかった。
秀二は疑問に思った。
璃來の死さえ彼が手繰りよせた運命の末路だったのか。秀二は恥を捨て泣きさけびながら、問いかけた。
「璃來さんが死んで悲しくないの……!」
「悲しいに決まっている……!」
「だったらもう辞めてよ!」
「璃來の死を無駄にしないためにも、それはできない……! 闘獣で真に活躍するアイノネを璃來に見せてやるのだ。きっと誇りに思うはずだ……なぜならアイノネは、璃來自身が遺した努力の結晶なのだから!」
1度戦いを始めればもう後戻りはできないのだ。犠牲になった命に報いるためにも、その先にある理想を目掛け、戦いぬかなくてはならないのだ。
「秀二よ、お前はなぜ旅に出るという選択をした。ヤヨマネクフは、君が獣王を夢見ていると言っていた」
シャクシャインは微笑みながら、声をかけた。
「君の目指す獣王は、八百長まみれの決勝を勝ちぬき世界に感動与えるという茶番劇をして得られる、ハリボテの称号でいいのかい」
「そ、それは……」
言葉を失う秀二にユーリが声をかけた。
「獣王は、ズヴェーリを使って、人類に多大な貢献をしたり感動を与えた者に与えられる称号。少数の先住民が愛郷心でテロリストやルーシ連邦から島を解放し、失われた故郷や文化、カムイを取りもどす。これを成しとげれば……獣王になれます!」
「それも所詮出来レースじゃないか……」
「テロや蜂起がそうだとしても、人口が密集し環境破壊を繰りかえすカイ市を解体し、島全体を青山そのものにすることは、先住民としての自由意志が成すものです。そうして自然を再生し獣王となる秀二を支えるのが、僕の夢です」
そして高虎はあのときと同じ目で、同じことを尋ねてきた。
「秀二君。君はいったいなんのために戦うんだい?」
「『あの日』TVの中の獣王同士が見せてくれた熱い闘い……心から感動して憧れるような……そんな戦いをするために……!」
そんなとき、最後の客人がやって来た。
「よく来なさったね。ヤヨマネクフ」
「はい長老、ご無沙汰ですね。……秀二、会いたかったぞ」
そこには父親の山辺安之助がいた。
安之助は、泣いている息子を抱きしめた。秀二の目からは涙が溢れていた。
背中を優しく叩くと、秀二は落ちついたのかすぐに泣きやんだ。安之助は自分の息子がこの旅で少なからず成長したことを、その肌で感じた。
「ねぇお父さん。『旅立ちの日に』言ったカイ市には行ってほしくないって言葉。あれは、NIsカンパニーがテロをするって知っていたからなの?」
「あぁそうだ。あのときはお前はポンヤウンペの候補の1人に過ぎなかったから、死んでしまうかもしれないと思ったんだ」
安之助は申しわけなさそうな顔をしていた。しかしその目には、この場にはなかった穏やかさを帯びていた。
その穏やかさは、伝説の英雄ポンヤウンペを迎えた先住民としての感情ではなく、生きていた息子を抱きしめられた父親としての感情だった。
「あのときのお前は、甲冑を身につけていなかった。伝説の英雄選びなんて危険なことからお前を遠ざけたかったからだ。だがお前は『甲冑』をまた身につけた」
「それじゃあ、オキクルミの件も、ただカイ市で被災しないようにテキトーに思いついたことだったの?」
「あぁそうだ。とにかく、お前に無事でいてほしかったんだ……!」
秀二は父親の純粋な愛情を受けとった。そして、ただ無事でいて欲しいという無償の愛をくぐり抜けて手にしたポンヤウンペという存在。
秀二はこれぞ自分が手繰りよせた運命だと感じた。
「お父さん……俺、ポンヤウンペになるべきだと思う……?」
「お前はもう自分で決められるはずだ。自分にできることをしなさい。俺は……どんな選択をしてもお前の味方だよ」
その言葉を聞いて、秀二は腹を括った。
「わかったよ。俺、ポンヤウンペになる……!」
敬語を忘れる程の絶望と怒りに満ちた秀二。彼の決断は脆い心が、畳みかけられる説得に負け勢い任せのもので、蜂起に理解を示したものではありませんでした。
にしても10歳の少年にはあまりに重たすぎる運命。あと大人たち怖すぎ……!




