第20話 コタンコロ市での夜
戦いに勝利した夜。アナトリーは敵の命を奪った事実に葛藤する中、オタスの杜で出会ったジェルと再会する。
戦いのあと、コタンコロ市街地は賑やかだった。
愛郷の英雄たちが街を守ったのだと、誰もが喜んだ。
「ラインホルト中佐、一部の兵士らが飲酒してるみたいだですが……」
「周辺に敵影はなし。ガス抜きは大切だぞドレイク少佐」
英雄たちは呑んだくれ、街は夜になっても騒がしい様相を呈していた。
コタンコロ攻防戦で多数の戦死者を出した正規軍は正式に、部隊と行動を共にする民兵を募った。期限は明朝。アナトリーは悩んでいた。
戦いの興奮が冷めてみれば、自身の蛮行に苦悩しないわけには行かない。同年齢の武士に手をかけた瞬間の怯える表情や声に心を支配されてしまった。
弱者であった幼少期に、強者であるNIsの大人に虐められた過去を理由に、同じことをした。
彼は居酒屋で酒に酔って不貞腐れていた。
「いらっしゃいませ! 1名様でしょうか? 申しわけございません、席が空いていませんので相席でよろしいでしょうか?」
客を入れた店員は、店内で不貞腐れているアナトリーに、相席の許可を求めた。俯きながら気だるそうに許可をしたアナトリーは、そこに座った客のことなどは意識もせず、ただ俯いていた。
「はぁ、客が犇めきあってて暑苦しいな。店員と目があってさえなけりゃ、他の店を探せたのに……」
ブツブツ小言を言う相手は、正規軍の服装をした軍人だった。
「どうしたんだガキんちょ。財布でも盗まれたのか?」
「そんなんじゃないですが……人やズヴェーリの命を奪う仕事って……辛くないですか」
「別に好きでやってるわけじゃない。ただ、社会不適合者の俺が見つけた『居場所』だったのさ」
自分を社会不適合者と卑下するその男。声色を変えずに淡々とそんなことを言う男の面を、アナトリーは見あげた。
その男はジェル軍曹だった。アナトリーは、オタスの杜で助けてもらった過去を話した。
ジェルは彼を思いだした。
「お友達は残念だった。署内で遺体を見たよ」
それからアナトリーは、カイ市がロックダウンされる前に故郷グローム町へ帰宅し、それから民兵になったという経緯を話した。
「グローム町か。俺もグローム市出身なんだが、もうしばらく帰ってねぇな……あの汚ねえ広場は健在だったか?」
「健在でした。ジェルさんも同郷だったとか……信じられません。なんつーかグローム市出身者にしては上品っていうか、賢そうっていうか……」
「ちゃんとお勉強して借金してまで進学して、公務員になったやつなんて……まぁあの街にはそうそう居ないだろうな」
ジェルは急に愚痴を言いだした。
「こんな暑苦しくて騒がしい店で、ありきたりなメニューを眺めてるなんてな……」
そういうと彼はテーブルに肘をつき、ため息をついた。
「人生なんて努力しようがしまいが、越えられない壁があるらしいな。俺はもっと特別な存在になって、毎日を楽しいと感じられるような日々を送ってると思ってたのに……まぁそれでも出発点と比べれば大成したもんだがな。そういやお前なんで、しょぼくれてんだ?」
「自分が昔されたことへの復讐で人を……ズヴェーリで……噛み殺したからです」
武士の返り血を浴びたとき、動揺した。それまでの高揚感は消え、自分が本当のクズに成りさがった気がした。
しかし周りを見れば、流れ作業のように丸腰の武士を手にかける、民兵たちがいた。だからこれは、今この瞬間では、正しいことなのだと自分に言いきかせた。
だが葛藤は消えなかった。
「連中はテロリストだ。つまりは因果応報……気にするな」
「こういうとき戦争映画じゃ同胞が殺されたからやり返すんだとか言いますけど……俺が殺した武士は、アレク市で生まれ育ったルーシ人でした……!」
苦悶する彼にジェルは答えた。
「時間が解決してくれるもんさ。病まなきゃなんとかなる」
ジェル淡々と語りだした。
「俺もたまにお前みたいになるときがあるが、そのたびに立ちなおってきたんだ。たまには楽しいことがある。それを糧にするんだ」
まだ苦悶の表情を浮かべるアナトリーにジェルは言った。
「いいか、戦争には双方言い分があるんだから、自分の言い分を信じ正当化するしかない……無理やりでもな」
「それだと、また傷つきますよ?」
「……生きてりゃどうしたって傷つくんだよ。真面目に考えすぎるな」
ジェルは情けない顔をしたアナトリーを睨むような目付きのまま、ギョロりと見つめた。
「その場の選択肢から仕方なく選択する……その連続が人生だ。それは戦場も同じであって、お前が本当にしたかったことではない。選択肢に溢れる都会に居たならよく分かるだろう?」
「はい……」
「本当にしたかった選択ができずとも、妥協して仕方なく選択していく。そこに葛藤を覚えなくなることを人は成長と呼ぶんだろうな。悲しいが……」
アナトリーは黙りこんでしまった。ジェルの言葉は、スカッとするものではなかった。
「民兵をつづけるか考えてねぇで決めるんだな。夜はすぐ更ける」
アナトリーは店を出てから、歩いて考えていた。騒がしい場所を抜けだして、頭の中を整理しようとした。
大事なのは、自分の能力に存在しない仮定をつけないこと。空想ではなく、考えるとはそういうことだ。
「やりたいことはねぇし……このままいこう。仕方なくやりつづけることくらい、俺にだってできるはずだ」
夕食を食べおえて兵舎に戻ったジェル。彼はそこで呑んで騒ぐ部下たちを見つけた。
「あぁ軍曹! 一緒に呑みましょ~」
「楽しそうだな。だがなリョーヴァ、兵舎は騒いでいいところじゃないんだぞ?」
そう言いつつもジェルはちゃっかり席に腰かけ、グラスを手にとった。
全員の視線はリトヴァクに向けられていた。彼女はコロバノフ率いる楽隊の演奏に合わせて、踊りを披露していた。
それはルーシの伝統舞踊。軍服姿の若く美しいルーシ人が踊るコサックは、最高の酒の肴だ。
「ヴァーグナー、ビールばっか引っかけてねぇで、お前も踊れよ。リトヴァクだけじゃなく、お前が踊るカチューシャ(Катюша)も見てみてぇ」
ハリスはそう言って小バカにした。彼女が踊れないのは誰もが知るところだったからだ。
「私リズム感ないから、ダンスなんて無理です……!」
「踊れないし音痴だし、オメーなにができるんだ……?」
「私だって……お絵描きぐらいなら、できますから……!」
たどたどしい姿は、普段は冷静な彼女には見えなかった。そのギャップにハリスは萌えを感じた。
「あ~ら、じゃあ私描いてよ~。被写体としては最高でしょっ?」
「バラカさんまで……でも私は人物画なんて、できません!」
「えぇ~残念すぎるー」
大盛りあがりのコロバノフ小隊の許へ、中隊所属の兵士が苦情を言いにきた。
しかし時間が経てばリトヴァクに見惚れたのか、ノリのいいレフに惑わされたのか、彼らも一緒になって呑んでいた。
その中にはドレイクの姿もあった。
「ドレイク少佐もお酒を呑むなんてね~しっかも兵舎で! こんなの生真面目なイーゴリ少尉が知ったら、怒って涙ちょちょ切れですよ?」
ドレイクは真面目な男のため、兵舎で規則スレスレなことをするのは、彼らしくなかった。
「確かに少尉に見つかれば、見損ないましたよとでも言われるだろうな。しかし首席卒の期待の新人でも、上官にそんな口の利き方は許さん」
そういって彼はニヤリと笑い、また1口呑んだ。ハリスはタバコを吹かしながら、それをドレイクに勧めた。
ハリスは3度も成功した禁煙を中断し、ニコチン中毒者として喫煙の現役復帰をしたのだ。
ドレイクは丁重に断り、代わりにお菓子を頬張った。
気がつけば隣にコロバノフがいて、男3人無礼講で話していた。
「いやぁ少尉も少佐も良い呑みっぷりでなんとも! たまには呑まないとやってられませんよね?」
「ハリス伍長やコロバノフ少尉をはじめに、小隊には酷い戦いをさせてしまった。この酒宴を咎めないのはささやかなお詫びだ」
「未曾有の戦い方をした戦闘でした。ですがこれは戦争です。勝利した今、詫びを求める兵士などいやしません。そうだろうハリス伍長?」
「えぇもちろんですコロバノフ小隊長。ただ……死んだ仲間や怪我を負った仲間には、この上ない敬意と、神からの救済を祈ることを忘れてはなりません……」
「俺は知っているぞハリス。身重な私が遠出できないから、こうして兵舎で呑むなんて無茶をしたことをな。ありがとう」
「いえ……まぁレフなんかは、外で呑むのがめんどくさかっただけでしょうがね……?」
そういって2人は微笑みながら、お互いの肩を叩き、戦友としての意識を確認しあった。
EDMに合わせてpopダンスを披露するレフを見て、2人はこの男の陽気さに、酒が進んだ。
だがドレイクは酒が進まず、暗い顔をしていた。
「優秀な部下を持てて光栄に思う。戦友を慈しむその隣人愛を、戦術や勝利のために失わないでほしい」
ドレイクは思いつめたまま退出していった。
レフは腰掛けて酒を飲むジェルに絡んだ。
「一緒に踊りませんか軍曹?」
「……断る」
陰気なジェルはボソッと呟き退出して言った。本音はレフの陽気さ眩しすぎただけである。
翌日、スコブツェワ連隊長はドレイクの献策を認めた。
「次はどのような1手が良いと思うか。ドレイク少佐」
ドレイクは初めてスコブツェワ連隊長と対面した。この屈強な男たちを束ねるのが女性で、さらにかなりの美形ということに、多少驚いた。
「聞いているのか」
「失礼いたしました。私が考える次の1手は、武士団本隊無力化作戦です」
「ほう……聞かせろ」
ルーカスやラインホルトら大隊長を含め作戦会議に臨んだ。
「以上の内容で異論はないな? 作戦目標は神威森進入前の最終補給地グローム市の確保。連中は人里離れた地を進軍するため遅くなる。我々はチャリオットを先発隊とし、連中より先に街を確保する」
スコブツェワの言葉にラインホルトが反応した。
「この作戦の第1の利は野生のズヴェーリによる敵戦力の削減。第2の利は城門陥落後に、土地勘を持つ民兵の存在による地の利。最善策と言えましょう」
チャリオット分隊に配属されたアナトリーは、2度目の帰省を行うのであった。
兵士という職業が全く異なる世界のものではなく、身近に存在する人たちであることを描きたくてこのこの話を描きました。
戦うための人生ではなくそれはあくまで職業であり、仕事終わりのオフの時間は作者含め読者様とも同じだと描くことで、彼らをより身近に感じてもらえると思いながら書きあげました。
宜しければ感想やブクマ、ポイントもお願いいたします! 本当に本当に励みになります!




