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煙草2本分の話


 「あのさぁ、俺が言うことじゃないけど、一応立ち入り禁止だからね。来たって何もないよ」

 「本当にダメならちゃんと止めないお兄さんが悪いですね。あとお喋りできる権利が貰えちゃいます」

 「俺と喋れる権利って、それ嬉しいの?」


 闇夜に紛れる古びた扉を慣れた手つきで開ければ文句を言いつつも私が入るのを待ってくれている。周りの黒に負けないように光る自販機は、少し錆の目立つ椅子と真ん中に堂々立つ灰皿を照らしていた。


 「あんま煙の届かん所に座りよ? 体に悪いから離れとき」


 形だけの心配を横目に隣へ座れば、あまりにも喫煙所が広く感じた。

 カチリと音を立てて立ち上がる炎は、手に囲まれながら茶色の紙を灰に変えていく。甘い香りを纏う隣人は口元に手を当て、吐息と白い煙を夜に混ぜ溶かす。


 「ほーんとカッコいいですよね」

 「……んー? なにが?」

 「火ぃつけて蒸すの。意外と楽しいですよ」

 「……まさか吸う気か? 体に悪いからやめときよ」

 「……興味本位ですし予定はないです」


 少し前屈みで灰皿の上に腕を伸ばして指を動かせば、中に溜まった水に灰は吸われていく。そうしてまた口元に手を当てては離し、肩を上げては煙を吐く。


 「まぁ電子タバコには出来んなぁ。あとギュッて握り締める感じが嫌やわ、ダサい」

 「煙が出にくいとか金銭面とかじゃないんですね」

 「それはええことやけどさぁ」


 他愛のない話を続けながら見上げれば、自販機や建物に囲まれ星一つ見えない。衝立を通り抜けた風は足や頬を撫でて去っていく。横にはいつもより落ち着いた金色が揺れている。


 「衝立があるのに思ったより寒いですね」

 「せやで。帰らんで平気か?」

 「冬生まれなんで大丈夫です」

 「関係あるんかなぁそれ」


 少し肩を震わせて夏は地獄と告げると、彼は箱からもう一本取り出して瞬きの間に火をつけた。


 「風が吹かんし蒸し暑い。せやから夏は休憩所のとこ使った方がええよ」

 「でも締めの後やと間に合わなくないですか? 閉まってへん?」

 「せやで。しかも空いてる時に行くと延々とつまらん曲が流れてるから頭おかしくなる。なので俺はここを使います」

 「えぇっと、言ってること無茶苦茶すぎん……?」


 そうして話題を幾つも変えては言葉と煙が黒に吸い込まれて消えていく。そしてその煙を少しでも吸わないように、わざと反対方向を向いて吐いているのを私は知っている。少しでも害のないように。


 息を、吸って 煙を、吸って

 息を、吐いて 煙を、吐いて

 言葉を口にして 言葉を交わして


 「さ。帰ろうか」


 ぽとりと灰皿に落として彼が立ち上がる。急いで荷物を手に取り立ち歩けば、入った時のようにドアを開けて待ってくれている。


 「それで、俺と喋れる権利はいかがでした?」

 「とーっても良かったです。満足!」

 「ん。それは良かった」


 数メートル先の自転車までほんの少し歩を緩めて隣を歩く。それでもいつもより短く感じて、話したかったことが少しずつ溢れ出す。そして今度話そうと胸にしまう。きっと今日話したことですら忘れてしまうだろう。それなら違う話で煙草2本分の時間を過ごそう。


 「さて、気ぃつけて帰りよ」

 「お兄さんもね。気をつけてくださいな」

 「せやなぁ。それじゃあお疲れ様」

 「お疲れ様です」


 さぁ家に着いたらお風呂に入って早く寝よう。目を開ければいつもと変わらない朝が来るはずだ。私が喫煙所にいたことを、彼の気遣いを、誰も気に留めない。


 彼の優しさも、この頭の痛さも、今だけは独り占めさせていただこう。



《煙草2本分の話》

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