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第5話 いけ好かない男


「見ての通り朝食作りのお手伝いです」


 雨蘭は相手を見ずに、芋をザクザク切りながら小声で答える。


「誰も手伝えとは頼んでいないだろう」

「頼まれなかったら手伝ってはいけないなんてこと、ないはずです。昨日梁様も思い思いにお過ごしくださいと仰っていました」

「可愛げのない女だな」


(まずい……私ってば点数稼ぎに来たはずなのに、審査員に良いところを見せるどころか、嫌われるようなこと言ってる……。でも我慢ならない!)


「急に無理を言われて料理長が可哀想。私に嫌味を言うよりも、彼に謝罪をしたらどうでしょう?」

「悪いと思ったからこうしてわざわざ足を運んだんだ。一、二品増やせば良いだけのこと、さほど難しいことではないだろう」

「明様って横暴というか、感じ悪いですね」


 この男は料理をしたことがなく、急に品数を増やせと言われた者の気持ちを慮ることができないのだろう。

 

「お前、摘み出すぞ」

「芋、切り終わりました! 次は何をすれば良いですか?」


 低い声で脅しにかかる明を無視して、雨蘭は声を張り上げる。


「飾り切りはできるか?」

「はい!」

「人参を鳳凰と桐の葉の形に切ってくれ」

「お任せください!」


 飾り切りなら野菜嫌いな弟のためにいつもしていたので自信がある。


 質の悪い実家の包丁で綺麗に切れるようになるまでは、かなりの時間を要した。

 一方、ここの包丁はどれも素晴らしい質で、きちんと手入れされているので気楽だ。


「あれ、明様まだいらっしゃったのですか」

「もう良い、お前に構ってるだけ時間の無駄だ。せいぜい好きにしろ」

「はい、ありがとうございます!」


 雨蘭は満面の笑みで答えた。明はそれなりに立場のある人間のようなので、彼が許可してくれたのはありがたい。


「料理長さん、これでよろしいでしょうか」

「……」


 完成した鳳凰の立体像を渡す。料理長は口を固く閉じたまま、皿をぐるぐる回して細部を観察する。


(今度こそ何か失敗したのかな? あぁ、もしかしたら求められていたのは立体的な飾り切りではなく、輪切りから形を整えたものだった?)


「雨蘭と言ったか」

「はい」

「これは一体どこで覚えた?」

「独学です。野菜嫌いな弟に喜んでもらいたくて……」

「これから朝、夕、ここへ来い。いずれは数品任せたい」


 料理長の背後でせかせか動き回っていた見習いらしき女性は、ぎょっとした顔で雨蘭を見た。

 いきなり現れた人間が、正規の見習いより先に調理を任されることになれば、嫌な気持ちにもなるだろう。


「アンタすごいね!!」


 片付けを残して料理長が去った後、見習いの女性は勢いよく話しかけてきた。

 彼女の丸々とした頬はピンク色に染まって可愛らしい。表情は明るく、陽気で好意的な雰囲気で接してもらえたことに雨蘭は驚く。


「あ、ありがとうございます」

「いやぁ〜、(シュ)様がいきなり調理を任すなんてすごいことだよ。調理場立つの初めてなんだろ? あり得ないくらいの才能だ」

「そうなんですか」

「そうそう、私なんて朱様の下でもう三年も見習いやってるけど、未だに一品丸ごとは担当させてもらえないからね」


 流石に何と返事をして良いか分からず、困り顔で相槌を打つ。それに気づいた彼女は、雨蘭の背中をばしんと叩き、豪快に笑った。


「そんな顔しなさんな! 王宮からこっちに移ってくる時、優秀な料理人が殆どついてこなくて最近ピリピリしてたから、アンタみたいな子が来てくれて良かったよ」


 嫌味ではなく、心の底からそう思ってくれているようだ。


(良い人〜!! 上手くやっていけそうで良かった)


 仕事をするなら人間関係は良好であってほしい。その方が楽しいからだ。

 雨蘭もつられて笑い、仕事歴の長い彼女に敬意を表して頭を下げた。


「雨蘭と申します。これからよろしくお願いします、先輩」

「ウチは萌夏(モンシア)気軽に(モン)先輩って呼んで」

「萌先輩……! ここでの規則や常識をまだよく知らないので、厳しくご指導していただけたら嬉しいです」


  萌夏は第一印象の通り、大らかで陽気、優しく楽しい人だった。

 人手不足に悩んでいるのだという話や、料理長が意外と可愛いもの好きという話を聞きながら、楽しく片付けを済ませた。


 自室に戻る途中、使用人のまとめ役である楊美(ヤンメイ)とすれ違う。


「雨蘭様、どちらにいらっしゃったのですか」


 明のような咎める口調でなく、ただ純粋に早朝から部屋を開けていたことを不思議に思ったらしい。


「調理場のお手伝いをしておりました」

「よく追い出されませんでしたね」

「野菜の皮むきや飾り切りを手伝っただけですので、大したことないです」

「ここの料理長は長年王宮で腕を振るっていらした、指導が厳しいことで有名な方ですよ」

「単に運が良かったのかもしれません……これから朝夕のお手伝いをすることになりました」


(しまった、まとめ役である楊美様には先にお伝えしておくべきだった)


 事後報告になってしまい、気まずかったが、楊美は寛容な性格をしているようだ。


「貴女がたは梁様からご指示があるまでは、何もせずゆっくりしていて良いのですが……」

「私は少しでも使える人間であることを示したいので、休むことなく一生懸命働きます」

「変わった方ですね」


 彼女は眉尻を下げ、呆れたように笑った。


「私が職を得なければ田舎の家族が路頭に迷うんです。楊美様、ぜひ私に仕事を与えてください!」


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