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異論はないと、そう言いましたが

作者: 石原 優樹

初投稿です。

ご覧いただければ幸いです。

「おまえに縁談がある」


 口を開くや否や、父が告げて来たのはそんな一言だった。

 唐突な発言に、フォリアは少しだけ菫色の双眸を見開く。しかし彼女が見せた反応はそれくらいで、次いで紡いだ言葉は淡々としていた。


「分かりました。それで、私はこれからどうすればよろしいのでしょうか」

「明日、東の離宮で見合いの席を用意している。詳しい話はその場ですればいい」

「離宮、ですか? 我が家でもお相手の方の家でもなくて?」


 見合いと言えば大概はそのどちらかの家で設けられることが多いものなので、フォリアは思わず首を傾げた。


 ちなみに、東の離宮とはこのセイン国の王家が所有している物の中でも特に壮麗で知られる建造物の一つである。けれどもきちんとした届け出と使用料を払えば、大概の者に使用が許されている場所だ。

 優雅なことこのうえない宮は、今からおよそ百年前の国王が国税を費やして造らせたものだが、この広大かつ豪奢な宮殿をただ遊ばせておくよりも有効活用するべきだろうと、現国王が広く開放したのである。

 今では利用者の身分の上下を問わず、様々な会談や催しの際に使われているので、フォリアも幾度か訪れたことはあった。


 少しだけ意外ではあったものの、そこでの顔合わせだというのであれば、特別な準備も何もいらないだろう。王都にあるこの館から離宮へは、さほどの距離でもない。

 そう頭を巡らせているフォリアに、父伯爵が静かに問うた。


「何か異論はあるか?」


 フォリアはすぐさま首を振った。


「いいえ、ありません」


 それから一息つき、フォリアは小さな苦笑を零す。


「話は承りました、お父様」


 騎士服で一礼するフォリアの横顔を、さらりと流れ落ちた銀の髪が覆う。

 ――それゆえに、隠されたその表情をフォリアの父であるエンデ伯爵が目にすることはなかった。




 そうして、翌日。

 屋敷の侍女たちに手伝ってもらい、伯爵令嬢という身分に相応しい華やかかつ上品なドレスに身を包んだフォリアは離宮の一角にある庭園の小道を一人で歩いていた。


 久方ぶりに踵の高い靴を履いているせいで、いつもよりもずっとゆっくりとした歩調で進んでいたフォリアだったが、鼻先に届いたほのかに甘い香りについ足を止めた。

 穏やかな風を受けて、赤や黄色、白に薄紅、オレンジなどの色鮮やかな花が静かに揺れている。

 四季折々で季節にあった花を楽しめるこの庭で、今最も華やかに咲き誇るのは秋咲きの薔薇だ。丹精込めて手入れされた花々はいつまでも眺めていたい美しさだったが、先約がある以上それは無理だろう。


 ――いや、そもそも。


「……さすがに、こんなときにそんな心の余裕はないかな」


 周囲に人の姿が見えないこともあり、フォリアはぽつりと呟きを零した。

 誰に聞かせるでもなかったその小さな本音に、思いがけない声が返る。


「何が、こんなときなんだ?」


 よく知るその響きに、フォリアは思わず瞬いた。


「――え?」


 声の主を探して、フォリアは視線を彷徨わせる。そしてすぐに、柱の横に佇む青年の姿を見つけた。


「デュオン」


 フォリアの呼び掛けに、黒い髪と瞳の青年はこちらへと向かってきた。

 身軽い動作で低い垣根を飛び越え、歩み寄ってきた彼を見上げて、フォリアはふと覚えた疑問を口にする。


「意外なところで会うわね。都に戻って来るのはもっと先じゃなかった?」


 予定よりも一週間程早いのではないかと訊くフォリアに、デュオンが軽く首をすくめた。


「俺もそう聞いてたんだけど、演習の日程に色々と変更があったらしくてな。一昨日こっちに帰って来たんだ」

「そうなの? 騎士団もなかなか忙しないわね」


 何ら変わらぬ彼の様子に、フォリアも気安く返した。

 なんせ一歳年下の彼とはかれこれ十年近くのつきあいだ。子供の頃からの知り合いなので、いきおい口調も軽くなる。


「忙しないって、おまえも人のことは言えないだろ。……それより、その格好、どうしたんだ」

「どうしたって?」


 心なしか低くなった声音に、フォリアは改めて己の装いを見下ろした。

 本日フォリアが纏っているのは、薄い青色の細身のドレスだ。胸元や袖、裾に銀糸の刺繍が施されており、派手ではないものの繊細な華やかさがある。


 フォリアはちょっと考え込んだ。


 一応、これから見合いにのぞむ伯爵家の令嬢としては、取り立てて問題があるようには思えないのだが。


「何かおかしいところはある? いつもと比べたらずっとちゃんとした服装をしてきたつもりなんだけど」


 そもそも、面倒だからという理由で普段から男物の衣装を身に付けているフォリアに対し、しょっちゅう苦言を呈してきたのは他ならぬ彼の筈なのだが。


 それなのに、こうしてきちんとしたドレスを着ている自分を、明らかに不機嫌そうに見ているというのはどういうことなのだろう。


 尋ねるフォリアに、更にデュオンの眉間に皺が寄った。


「……馬子にも衣装だな」

「そう? なら、褒め言葉と受け取っておくわ」


 デュオンらしい発言だと、フォリアは苦笑した。


 聞き様によっては皮肉だが、それでもこの装いが実際にフォリアに似合っていなかったりしたなら彼ははっきりそう言うだろうから、評価としては上等だろう。


 しかし、デュオンの苦い顔つきは変わらない。


「ドレス嫌い社交嫌いのおまえが、どういう風の吹き回しだ?」


 確かに、その疑問は常日頃のフォリアを知っている人からすればごく当然のものだった。

 だからフォリアも、簡単に答える。


「そりゃあ、お見合いの席に出るんだから、いつもみたいにはいかないわよ」

「……………………え」


 しばしの間の後、デュオンの口から出たのはそんな一言だった。

 本気で驚いているのか、言葉を失った様子でその場に立ち尽くしている。

 無言で見開かれた漆黒の瞳に、そこまで驚くことだろうかとフォリアは内心で零した。


 まあ、伯爵家の長女であるにも関わらず、公の場にはほとんど出ず、他家とも滅多に交流しないで来たのは他ならぬ自分であるので、彼が意外に思うのも無理はないかもしれないが。


「さすがにそんな場に、男物の服で出席したりするほど私も非常識じゃないもの」


 いや、本音を言えば、何もここまで気合いを入れて着飾らせなくてもとは思うのだが。


(こんな機会は滅多にございません、って、皆張り切り過ぎでしょうが……)


 衣装選びから着付けに至るまで意気揚々としていた使用人たちの顔を思い返し、フォリアがつい遠い目になっていると、デュオンの声がした。


「一体、何処の誰が相手なんだ」


 どこか硬い声音で発せられた問いかけに、フォリアは首をひねって答える。


「さあ?」

「おい」

「だって、父が言ったのは今日この離宮に行ってこいってことだけなんだもの。会えば分かるって話だったし」


 のほほんとしたフォリアに、デュオンは明らかに顔をしかめた。


「おまえな、いくら受ける気のない見合いだからって、多少の興味は持っておけ。断り様によっては角が立つぞ」

「いや、別に断るつもりはないけど?」

「………………………………………………………………は?」


 先ほどよりも遥かに長い時間を置き、そう呟いたデュオンは呆然とした様子だった。

 心底驚愕したその表情に、むしろフォリアの方が面食らう。


「そんなにびっくりしなくてもいいんじゃないの?」


 自分に縁談が来たことも、そして自分がそれを受ける気であるということも、そんなにおかしなことではないと思うのだが。


 これでもエンデ伯爵家は歴史のある旧家で、デュオンの侯爵家には劣るものの所領も財産もそれなりのものだ。

 下に年の離れた双子の弟たちはいるが、フォリアはそんな家の一人娘である。ゆえに条件だけを見れば、自分はそこそこ優良の部類に入る筈だ。……多分、一応は。


 フォリアが自身の釣り書きについて思いを巡らせていると、苦々しげなデュオンの声がした。


「ちょっと、待て」

「……何?」


 何の気なしに見上げた視線の先にあった鋭い瞳に、フォリアは心なし身を退いた。

 不機嫌極まりない面持ちは、もともとの端整な顔立ちもあってやたらと迫力がある。

 淡々としつつも妙に凄みのある声音で、デュオンが言った。


「じゃあ、なんだ。つまり、おまえは全く見ず知らずの男と結婚する気か」


 いささか気圧されそうになりつつも、否定する理由のないフォリアはその言葉に素直に頷いた。


「……まあ、先方にお断りされない限りはね」

「おまえ、何を企んでるんだ?」


 怪訝な顔を隠さずに訊かれ、さすがにむっとする。


「失礼ね。それだとまるで、私が悪巧みしてるみたいじゃない」

「それ以外に何かあるか。おまえが伯爵に唯唯諾諾と従うわけがない」


 こうまですっぱりと言い放つあたり、彼は自分をどういう風に見ているのだろう。

 なんとも不本意な評価に、フォリアはつい反論した。


「生憎、私には一切下心はありません。ことこの件についてはすでに決着のついた話なんだから」


 返した直後に、一瞬だけここで口にしていいものかと迷ったが、彼の口は決して軽くはない。誰かれ構わず吹聴することはないだろうし、それに特段知られて困ることでもないのだ。


「……どういうことだ?」


 探るような目を向けられ、フォリアは軽く肩をすくめた。


「……以前、かなり大きな我儘を通したことがあってね。縁談はそのときの対価なのよ。だから私にはこの話を断る権利はないし、そうするつもりもないわ」


 いつもと異なり、今日は淡く色づいたフォリアの唇に、小さな笑みが浮かんだ。


 ……あの日、どうしても譲れないその願いと引き換えに、己の未来の一部を父に差し出したのは他ならぬフォリアだ。


 けれども、フォリアは今でもあのときのことを後悔してはいない。

 幼くたいした力を持たない自分には、誰かを頼る以外になかったのだから。


 だが、その結果父が抱え込むことになった事の重大さも承知している。ゆえに、その代償が自身の婚姻だというのであればフォリアに逆らう気はなかった。


「そもそも、父が伯爵家や領民に益のない話を持ってくるわけがないしね。家のためになるというのなら、貴族の娘なら受け入れて当然でしょ」


 それに、と心の中で続ける。

 交換条件だと言いつつも、父親がフォリアを大切にしてくれていることくらい知っている。そんな父が娘にろくでもない男を見繕うとも思えないので、尚更だ。


「ただ、ね」

「ただ?」

「私は別にいいのだけれど、これは相手のいることだから」


 フォリアは苦笑して続けた。


「私の方から拒否することはないけど、ね。でも、もし先方がこの話を嫌がるようなら、無理強いはしないで下さい、ってそれだけは父に頼んだの。我が家の資産とか人脈とか血筋とか何でもいいけど、どんな理由であれ私と結婚していいと思うのなら、それで構わない。でも、あちらが乗り気じゃないのに引き受けされられるようなことがあったら、さすがに私も申し訳ないもの。だから、この縁談は完全に相手の意向次第ね」

「……おまえはそれでいいのかよ」


 低く訊くデュオンに、フォリアはあっさりと笑った。


「別に、今更だし」


 とっくの昔に覚悟を決めた話で、それでなくても自分ももう十九歳だ。

 貴族の娘であれば大抵は十代半ばで嫁ぐこのご時世では、そろそろ行き遅れといってもおかしくない年齢である。

 遅蒔きながら政略結婚の話が来たところで、別に騒ぐ話でもない。


 平然としたフォリアに対し、デュオンはこれ以上ないという程の渋面を見せた。

 心の底から面白くなさそうな、けれども同時に、それとは相反した色を滲ませたような、形容しがたい貌をしている。


「デュオン?」


 少し不思議に思ったフォリアが呼びかけると、デュオンは深い深い溜息を吐き出した。そのまま広げた片手の掌に顔を埋めている。


「え、あの、どうかした?」


 何だろうか。理由は全く見当がつかないが、彼はどっと疲れた様子だった。

 そして顔面を伏せたまま、デュオンがぼそりと言う。


「……時間はいいのか」

「え?」

「待ち合わせの場所に向かってたんだろ、急がなくていいのか」


 思いがけない指摘に、フォリアはぱちりと瞬いた。

 確かに、うっかり長く話しこんでしまったが、元々時間には余裕を持って出てきている。今から行っても問題はない筈だ。


「あ、うん。そろそろ行った方がいいかも」


 とはいえ、目指す四阿はすぐ近くだ。薔薇の木々の合間に目を凝らせば、すでにその姿を窺えるくらいに間近にある。


「じゃあ、私はあっちだから」


 そう言って、フォリアは身を翻した。




 それから、数時間後のことである。

 己の家である伯爵家の門の前で、フォリアは一人考え込んでいた。


「うーん……」


 日が傾き、ゆっくりと色を変えつつある空の中にぽかりと浮かぶ月を眺めながら、どうしたものかとひとりごちる。


(すっぽかされたということは、これはつまり、お断りされたってことでいいのよね?)


 四阿でフォリアが滞在していた時間はおよそ三時間。しかし、その間に顔を出したのは離宮で働く使用人だけで、見合いの相手は一切現れなかったのだ。


 拒むつもりはなかったが、かといって乗り気だった縁談でもないので、断られたこと自体に思うところはない。だが、何の連絡もなく放って置かれるというのはいささか対処に困った。


(デュオンが時間つぶしに付き合ってくれたから、退屈はしなかったけど)


 何故かは分からないが、頭痛を堪えるような表情でデュオンが四阿に付いてきたので、フォリアはそのままずるずると彼と会話を続けていたのである。


 先達て演習に出向いていた国境の話や、騎士団の新人たちへの手荒い歓迎など、普段フォリアが耳にする機会のない色々な話を聞かせてもらい、楽しい時間であったのは事実だが。


 ただ、それはそれとしても、曲がりなりにも見合いの席を無断で捨て置かれたというのは問題だろう。


(……そういえば、結局何処の家のひとだったのか分からずじまいね)


 遅すぎるそんな疑問を抱きつつ、屋敷の中に入ったフォリアは父の執務室へと足を向けた。


 結果として、相手とは顔を合わせることすらなかったとはいえ、報告はちゃんとしなければならない。

 このことを聞いた父はどのような反応をするのだろうかと、呑気なことを思いながらフォリアが執務室の扉を叩いた、そのほんの数分後。


 フォリアはドレスの裾を翻す勢いで、執務室から飛び出した。




 息せき切って出向いた先で、取り次いでくれようとした使用人を振り切り、フォリアは目的の部屋へと突入した。

 そしてそのまま部屋の主の胸倉を掴み、思い切り怒鳴りつける。


「どういうことなの!?」


 その頬は紅潮し、菫色の瞳は怒りにきらきらと輝いている。

 それなのに、怒り心頭に発するフォリアに対し、目の前の男は平静そのものだ。

 その態度に更に向かっ腹を立てながら、低い声でフォリアは彼を睨む。


「ひとをからかうにも、これはちょっと悪趣味過ぎるんじゃないの、デュオン! 見合いの相手が貴方だなんて、さっさと言いなさいよ!」


 件の話を聞いたときの反応からすると、始めは彼も分かっていなかったのだろう。だが、途中で気づいていたのならすぐにそうと話せばいいものを、帰宅したフォリアが父から聞かされるまでしらばっくれているあたり、本当に何を考えているのだ。


「腐れ縁の幼馴染に、そんな暇な嫌がらせなんかするんじゃないわよ! 『断る』の一言でいい、で、……」


 噛みつかんばかりに言い募っていたフォリアの口調が、そこで不意に弱まる。

 それは、フォリアの手に覆いかぶさるように重ねられた、自分よりも一回り大きな手のひらのせいだった。


 フォリアは口を閉ざし、目前にある己の片手と、そしてそれを掴んでいるデュオンの右手を見た。痛みはないものの、その意外なまでの力の強さに言葉を途切れさせたフォリアの頭上から、呆れたような溜息が聞こえて来る。


「んっとに、おまえは……」


 げんなりとした声音に、フォリアは思わず視線を上げた。

「デュオン?」


 怒気の消えた声で呼びかけられたデュオンは、呆れと疲労の入り交じった様子で肩を落としていた。

 フォリアの手の上に置かれた右手はそのままに、もう片方の手でがしがしと前髪をかき回している。


「いや、この場合ひどいのはおまえだぞ」

「はい?」

「おまえな、父親との取引で家のために結婚するって、聞かされたこちらの身にもなれ」


 心底不本意だと言わんばかりの顔と語調に、フォリアは少し考えた。

 いまいちデュオンが苛立っている理由は分からないが――、とりあえず、これだけは言っておこうと口を開く。


「ええと、でも。そもそも貴方だって、この話を受けるつもりなんてないでしょう」


 貴族である以上、家や領地のための政略結婚は当然の義務だ。

 けれどもフォリアとは違って、彼には拒否するという選択肢がきちんと残されているのである。


 だから、この縁談が不成立となるのは決定事項以外の何でもない。

 だというのに何が問題なのだろうか……と、フォリアが頭の中で疑問符を浮かべていると、不意にデュオンの表情が一変した。


(あれ?)


 一瞬で切り替わった雰囲気に、思わずその顔を凝視するフォリアを、黒い瞳が真っ直ぐに見下ろす。

 目に鋭い光を浮かべながら、デュオンが低く言った。


「分かった、もういい」

「え」


 その目の色は、よく知っている筈なのに全く見慣れない色合いを湛えていた。


「もう、よく分かった」


 耳に心地のよい低い声は淡々とした響きで、いっそ穏やかといってもいい。


 だが、なんだろうか。彼の言葉の奥には断固とした決意のようなものが感じられた。


「デュ、デュオン?」


 唐突なその変化に、フォリアは何故か背後が寒くなるような予感を覚えた。思わずそろりと呼びかけるが、返ってきたのは先程までの緊張とは打って変わったにこやかな笑顔だ。


「フォリア」


 その一言に、フォリアの背筋がぴんと伸びた。


「はいっ!」


 ほとんど反射で答えたフォリアに、笑みを深くしてデュオンは告げた。


「覚悟しておけよ」


「って、何を!?」


 その、端的かつ不穏な宣言は一体何なのだ。


 だが、問い詰めようにもデュオンはそれ以上のことは話さず、もう夕刻だからとフォリアは強制的に館から追い出された。


 そんなの、多少遅くなっても問題はないとフォリアは主張したのだが、その意見は黙殺された。互いの家は、隣の隣というご近所なのだから差し支えないだろうに。


 そうしてデュオンに腕を掴まれ、ずるずると連れていかれたフォリアが帰宅した、その翌日のことである。




「何なんですか、それはっ!?」


 寝耳に水のその知らせに、先日と同じ部屋で同じように父親と向き合っていたフォリアは、即座にそう絶叫した。


 貴族令嬢としてはあるまじき大声だが、それほどまでにフォリアが狼狽えるだけの理由はあった。

 なんせ聞かされたそれは、あろうことかエンデ伯爵家とルファル侯爵家の婚約式の日取りであったのだ。


 けれども訳が分からないと顔に書いてある娘に向けて、エンデ伯爵が向けた言葉は無情だった。


「異論はないと、おまえは確かにそう言ったな」


「…………………………………………………」


(確かに、そう言ったけど……っ! そうなんだけどっ!)


 何一つ納得いかないと、フォリアは心の中で叫ぶ。




 それからフォリアは、あの手この手でどうにかこの縁談を撤回させようとした。

 なのにどういうわけかデュオンがそれに頷くことはなく、そのままなし崩しに婚約式の日を迎えることとなる。


 祝福を受ける婚約式の最中、フォリアは何故このような事態になったのか、一人頭を抱えていた。


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