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K県警捜査一課の刑事部屋。
前野と大迫からの報告を刑事主任の鑑草太は神妙な面持ちで受けていた。
報告の内容は此乃町を騒がせる連続猟奇殺人事件・第四の事件に関して。
先刻、この犯行が模倣犯によるものだったことが判明したのだ。
過去三件の犯行で被害者の遺体の胸元に突き立てられたナイフ(把手の付いた洋式の小刀)と違い、四件目の犯行では安物の折刃式カッターナイフが使われていた。
その連続性の無さに疑問を感じた前野が第四の事件の被害者である 神岸菫の交友関係を洗ったところ、捜査線上に一人の男が浮かび上がった。
男の名前は白沢秋人。
神岸菫とは、アルバイト先であるコンビニの先輩・後輩に当たる関係だった。
白沢は、後輩の神岸に仕事を教えているうちに神岸に対して恋愛感情を抱き自分との交際を迫った。
神岸は、白沢の告白を断ったのだが、白沢はそのことに納得いかず、繰り返し神岸に交際を申し込みその度に断られ続けた。
白沢の態度に不快感と恐怖を覚えた神岸はバイト先の店長に相談。店長による訓戒が白沢に行われた。
そのことで白沢はプライドを傷付けられたと神岸を逆恨みし、神岸の帰宅途中を狙い、犯行現場である公園に無理矢理連れ込みそのまま殺害。遺体を損壊した後、逃走した。
それらの事実が前野と大迫の取り調べによって判明した。
「神岸が殺害された時刻は白沢の供述によると今月28日の18時前後か。鑑識の死亡推定時刻とも一致しているな。第一発見者の星美朱は、現場の公園に来るまでの間にどこかで白沢とすれ違っていた可能性があったことになるな。恐ろしい話だ」
鑑が眉をひそめながら言う。
仮に白沢の犯行を目撃していたら、星美朱も痛ましい事件の被害者になっていた可能性があった。
「いいえ。多分、それはありません。星が公園に来る前に友人らとすごしていた喫茶店と白沢が神岸殺害後に向かった駅は逆方向です。それなら、住処のマンションが駅側にある空嶋宙樹の方がすれ違った可能性が高いと思われます」
空嶋宙樹は、神岸菫殺害事件の第一発見者である星美朱と同じ高校に通う少年だ。星の先輩に当たる。
神岸の遺体を発見した星に呼ばれ、警察に連絡をしたのが彼だった。
「どちらにしても、ぞっとしない話ですよ」
大迫の言葉に前野は「まあな」と同意した。鑑も小さく頷く。
「しかし、どうして白沢は神岸菫の遺体にナイフを突き刺したんだ? やつは過去三件の事件の容疑を否認している。アリバイもあるのだろ? それなら、ナイフで遺体を装飾する必要はない筈だ。やはり、捜査を攪乱して自分への嫌疑を逸らすことが目的だったのか?」
「我々も当初はその可能性を考えていました。しかし、取り調べを続けるうちに思いもよらない話が飛び出して来ました。白沢は声を聞いたと言うのです。ブギーマンの声を」
「ブギーマンの声……?」
前野の説明に鑑が怪訝な表情を浮かべながら聞き返す。
「はい。白沢はブギーマンが自分の耳元で囁きかけたと供述しています。殺した女の——神岸菫の胸元にナイフを突き立てろ、と」
「……精神鑑定が必要になりそうな話だな」
「はい。なので、諸々の準備は進めています」
前野の言葉に、鑑は「そうか」と呟いた。
「白沢はブギーマンカルトと関係がありました」
前野から引き継ぐ形で大迫が説明を続ける。
「ブギーマンカルト? 何だそれは?」
聞き慣れない言葉に鑑が困惑の表情を浮かべる。
「都市伝説の殺人鬼ブギーマンを崇めるのが若者達の間で流行しているのです。最近は、例の新型ウイルスのパンデミックとブギーマンをリンクさせる考えが流行っているようです。ブギーマンがウイルスを撒き散らしている。ウイルスはブギーマンの従僕である、という考えなのでしょう。反ワクチンやノーマスクを訴える人々の中にもブギーマンカルトの信者が確認されています」
そこまで言うと、大迫は冷めたお茶で唇を湿らせた。
「数日前に反ワクチンとノーマスクのデモが暴徒化する事件がありましたよね? あれがブギーマンカルト信者だったようですな」
大迫の説明を前野が補足した。
「理解に苦しむな。何なんだこの事件は……」
「いやはや、全くですな」
前野は上司の言葉に追従すると、そのまま茶碗の中身を飲み干した。
「大迫、新しいお茶を淹れてくれや」
「ご自分でどうぞ」
後輩の冷たい言葉に前野が肩をすくめる。
「そのブギーマンカルトとやらの調べはどこまでついているんだ?」
「はい。インターネットや有識者に話を聞いてある程度のところまでは掴んでいるのですが……」
大迫はそこで一旦言葉を切った。何かを躊躇しているように見える。
「どうした? 問題でもあったのか?」
「いいえ。そういわけでは……。ある筋から得た情報によると、数日のうちにK県内でブギーマンカルトによる集会が行われるそうなのですが。それで……」
大迫が前野に視線を送った。
前野がタヌキのように出っ張った腹を摩りながら口を開いた。
「ええ。なので、潜入捜査でもしてみようかと思うんですよ。自分と大迫の二人で」
先輩刑事の言葉に大迫が小さく嘆息する。




