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空気少年は幻視(み)られたい  作者: 砂山鉄史
0.プロローグ
3/54

0-3

 そいつは、不気味な男(ブギーマン)と呼ばれていた。


 それは、都市伝説の中で語られる殺人鬼の名前だ。

 鏡の前でその名を三回呟くと現れるとも、真夜中にナイフをくわえながら水面(みなも)を覗くとそこから浮かび上がるとも、殺したい相手のことを強く強く想いながら眠ると悪夢の中で出逢うとも、クローゼットの中やベッドの下に潜み子供を拐かすとも、花嫁と見染めた女性の一番美しい時を狙いその命を奪いに来るとも言われている。


 たった一振りのナイフで、人間を完膚なきまでに殺し尽くせる。そいつに解体できない人間は存在しない。

 人殺しの権能――殺人王権を世界から与えられたとされる人類の天敵。

 どこかのだれかが目撃したとされる、曖昧でおぼろげな存在。

 学校でも職場でもインターネットでも、どこでもいい。場所は関係ない。

 至るところでそいつの話題が流行病のように蔓延している。まるで、死の運命のようにどこまでもつきまとう。決して逃れることはできない。

 それが、不気味な男・ブギーマンだ。



 ※



 最初の被害者は若い女性だった。

 次の被害者も若い女性だった。

 そして、三人目も同じように若い女性が殺された。


 二人までなら偶然で片付けられたかもしれない。

 しかし、三人だ。

 三人目で、だれもがこの事件――そう、これは一貫性のある法則に従った連続猟奇殺人事件だ!――の裏でブギーマンの影が蠢くのを感じた。


 何しろ、被害者の胸元にはブギーマンの象徴であるナイフが深々と刺し込まれていたのだから。


 被害者たちの直接の死因は絞死だった。

 おそらく、紐か縄のようなモノで絞め殺されたあとに、胸元にナイフを突き立てられたのだろう。

 警察はそう判断していた。

 ナイフの件は不開示情報だったが、マスコミのリークで一般に知れ渡ることになった。



 ※



 人間は「物語」の怪物だ。

 世界に対して過剰なまでに「意味」を求める。求めてしまう。

 その結果、「なくてもいいモノ」を幻視るに至る。


 今回は、「若い女性の死体」と「ナイフ」の組み合わせがトリガーになった。


「流行病で無意味に死ぬぐらいなら、都市伝説の殺人鬼に殺された方がマシだ」

 

 どこかの誰かが、そう考えた。


「路傍に積みあがった名無しの死体になるくらいなら、都市伝説の殺人鬼に殺された特別な死体になりたい」

 

 どこかの誰かが、そう考えた。


 死神が鎌を振るようにたやすく命を刈り取る流行病に抗うため、人々はブギーマンの物語を選んだのだ。


 それは、薬のようなものだ。毒にも等しい劇薬かもしれないが、必要なものだった。

 なぜなら、人間は「無」に耐えることができないからだ。

 無意味な生を生きられないように、無意味な死を死ぬことができない。人間はそんな脆弱性を抱えている。


 だから、人々は呼んだ。

 都市伝説の殺人鬼を、ナイフの名手にして人殺しの王を、子供を拐かし女の首を手折るモノを、蠢く影、不気味な男――ブギーマンを。

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