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喧騒に包まれた刑事部屋では、スーツ姿の私服警官達が各々の仕事に従事していた。
それを他人事のように眺めながら前野陽平は熱い緑茶をすする。
隣のディスクでは後輩の大迫猛継がパソコンで調べものをしていた。
前野は手帳を開き、此乃町で発生している連続殺人事件の情報を確認する。
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◼︎第一の被害者・天川ミチル(二十二歳)。大学生(K県所在の何処夏大学文学部在籍)。都市伝説研究サークルに所属。(都市伝説研究サークル?)
昨年の12月9日月曜日22時28分頃、何処夏大学から少し離れた場所にある雑木林で遺体になって発見される。
発見者は同大学の男子学生で被害者とは学部も学年も違い面識はない模様。
男子学生は使わなくなった家財具を不法投棄するために雑木林を訪れ、天川の遺体を発見。
天川の死因は首を紐のような物で絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は彼女が最後に目撃された前日の23時から9日の13時まで。財布などは盗まれていなかった。
死後、ナイフによって遺体の損壊(胸元に突き刺す)が行われている。
ナイフは刃渡り10センチほどのステンレス素材のもので、ホームセンターや通販で容易に購入可能。
天川は、特に深い恨みを持たれていた様子はなく、殺された動機は不明(男子学生のアリバイも確認できている)。
捜査、継続中。
◼︎第二の被害者・飯田橋綺羅良(二十五歳)。K県のアパレル店勤務。
今年の2月2日日曜日午前5時頃、自宅マンションの裏側のゴミ捨て場で遺体となって発見される。
発見者は近所の主婦で被害者とは顔見知りだった。
被害者と同じマンションに住む会社員によると、午前四時頃にゴミを出したときには、飯田橋の遺体はなかったそうだ。
飯田橋も天川と同じように、紐状の凶器を使い窒息させられた。死亡推定時刻は1日の午前10時から、同日23時まで。金品の強奪はなかった。
遺体の胸のあたりにナイフが刺さっていたのも共通。
ナイフは天川の事件で使われたものと同じく、刃渡り10センチ程度のステンレス素材ものだった。
飯田橋は友人の恋人と隠れて交際しており、そのことで怨まれていたが、友人のアリバイは確認されている。
他にも複数の友人から不興を買っていたようだが、それが犯行動機になるかは疑問が残る。
捜査、継続中。
◼︎第三の被害者、当初は、持ち物(ハンドバッグに入っていた免許証とパスポート)および背格好から松本かお理(二十六歳)とされたが、後の捜査で畑千鳥(二十五歳)だと判明する。
松本かお理は、二年前に当時の職場からある日突然姿を消した。元同僚の話では多額の借金があったようだ。松本は借金取りから逃れるために、偶然発見した高校時代の友人・畑の死体を自分の死体に偽装して、新しい人生を歩もうとしたが、その計画は翌々月に破綻した。
短期間とはいえ入れ替わりが成立した背景には、松本と畑が同年代であり背格好が酷似していたこと(血液型も一致していた)、畑には身寄りがなく、遺体を確認した高校時代の担任教師も彼女のことをよく憶えていなかったこと(畑はあまり存在感のない少女だったようだ)があげられる。
畑は高校卒業後に隣県の大学に進学したようだ。元担任の話によると、畑には金銭的支援を行うパトロンのような存在がいたらしいが、詳細は不明。学生のプライベートにあまり深く踏み込まない方針とのこと(サラリーマン教師か?)。
畑の死体が発見されたのは、隣県のキャンプ場「クリスタル・レイク」。流行病の影響で利用客が減り、うらぶれたキャンプ場だ。借金取りから身を隠す松本が、住み込みの管理人として働いていた。松本は今年の3月13日(金曜日)の23時すぎに、キャンプ場内のボート乗り場に遺棄された畑の死体を発見。この、あまりに杜撰な入れ替えトリックを思い付き実行した。
畑の死亡推定時刻は同日の午前5時から17時。死因はやはり絞殺による窒息死。そして、胸に突き刺さったナイフ。天川と飯田橋の事件に使われたナイフと同種のものだった。
畑は大学卒業後は就職せずにイベント関係の手伝いをしていたようだ。事件と関係あるかは現在捜査中。
高校時代に彼女と接点のあった人物数名に話を聞いてみたが、目ぼしい情報は得られず。
◼︎第四の被害者、神岸菫(二十歳)。専門学校生。
5月28日(木曜日)18時30分頃、K 県の公園で発見される。発見者は地元の高校生。
死因は例によって絞殺、窒息死。
やはり、胸にはナイフが刺さっていた(このナイフは過去の事件と違い折刃式のカッターナイフだった)
殺害された動機諸々は捜査中。
神岸を発見した高校生は、畑の件で聞き込みを行った星葵の妹、美朱である。
殺害方法、被害者の性別(年齢も近い)、ナイフを用いた死体の損壊などの共通点から、四件の犯行を全て同一犯のものとする意見が最も有力。尚、被害者四名にはいずれも性的暴行の形跡はない。
ナイフの件は、犯人を特定するための重要な手掛かりとして非開示情報にされていた。
しかし、クリスタル・レイクでの事件の直後、一部のマスコミの勇み足で一般に情報が漏れてしまった。
警察内部でも、情報管理体制の杜撰さと、マスコミの暴走を批判する声があがっている。
※
前野は手帳を閉じるとすっかり冷めてしまった緑茶をまずそうにすする。
「大迫、新しいお茶淹れてくれや」
「ご自分でどうぞ」
後輩のにべもない態度に前野は肩をすくめる。
「さっきから、何を熱心に調べてるんだ?」
「噂話、ですよ」
「噂話……?」
大迫の言葉に前野が訝しげな表情を作る。
「ええ。学生を中心に流行っている噂話――都市伝説とも言うらしいんですが、少し事件と関連がありそうなので」
そういえば、最初の被害者天川ミチルは、大学の都市伝説研究サークルに入っていた。
「ふむん。それはどんな話なんだ?」
「ブギーマン、ですよ。不気味な男とも、人殺しの王とも呼ばれる、殺人鬼の噂です。幾つものバージョンがあるみたいですが、最新のバージョンは興味深いことに、あの都亜留高校が発端になってるようなんです……」
大迫の発した単語に、前野の目が鋭い光を一瞬放つ。
「都亜留高校、ね……」
それは、神岸菫の死体を発見した学生が通う高校の名前だった。