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空気少年は幻視(み)られたい  作者: 砂山鉄史
4.彼女はずっと探している
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4-5

「すみません、遅くなりまして」


 男はそう言うと大迫(おおさこ)に軽く一礼した。


 男の名前は牟田口むたぐち尚也なおや

 空嶋(からしま)宙樹(ひろき)の現・保護者に当たる人物だ。

 空嶋は幼い頃に両親を亡くしており、しばらくは親戚の元で暮らしていたが、高校入学を機に牟田口の支援で一人暮らしをするようになった、と大迫は説明を受けていた。


「いえ、こちらこそ。お忙しいところをご足労かけて恐縮です」


 大迫の言葉に牟田口は「いえいえ、そんな……」と頭を掻きながら答える。

 

 大迫は、目の前の男から、何とも言いようのない胡散臭さを感じていた。

 上下は揃っているものの皺が目立つスーツ。

 寝癖なのかセットなのか微妙なラインのラフ過ぎる髪型。

 革靴は手入れが行き届いてないのかあちらこちらに傷があり、汚れも目立つ。

 背中がグンニャリと曲がっているのと、マスクから鼻が出ているのもいただけない。

 全体的にだらしない印象が強い。あまり、まともな職業に就いている人物には見えなかった。

 果たして、このようななりの男に、高校生の生活を支援するだけの甲斐性があるのだろうか。大迫には甚だ疑問だった。


 そもそも、牟田口と空嶋の関係性が謎だ。

 早くに両親を亡くした不幸な少年とはいえ、何故、親戚でも何でもない赤の他人である空嶋の面倒を牟田口がみることになったのか。


「ええと、それで、特に問題がなければ宙樹くんを連れて帰りたいのですが……」


 牟田口が気の抜けた笑顔を浮かべながら大迫に聞く。

 空嶋に質問するべきことは既にしてある。連れて帰られたところで特に困ることはなかったし、この場に空嶋を引き止めておく権限も警察側にはない。空嶋はあくまで第一発見者の一人にしかすぎない。ましてや、彼は未成年だ。必要な聴取が終わったら即座に解放されて然るべきだろう。


 だが。

 大迫には気になることがあった。

 それは、もう一人の第一発見者である(ほし)美朱(みあか)とその姉である(あおい)に関することだ。

 一足先に現場を去った星姉妹の様子が、どこかおかしなものに感じられた。

 過去に不幸のあった空嶋とは違い、星姉妹の両親は健在だ。なのに、迎えに来たのは、父親でも母親でもなく姉の葵だった。親元を離れて姉妹で暮らしているとはいえ、いささか不自然なように思える。両親に何か特別な事情があったのだろうか。それにしても、死体の第一発見者になった高校生の娘を放っておくほどのものなのか。


 そして。

 姉に連れて行かれるときに、星美朱が空嶋に向けたすがるような視線。

 あの視線は、一体、何を意味するのか。

 大迫と同じ疑問を先輩刑事の前野も持ったようだ。先刻、目が合った時に何となくそれを察した。


「すみません。最後に空嶋くんに質問があります」


 牟田口の隣で黙って話を聞いていた空嶋が、訝しげな表情で大迫を見る。


「星美朱さんのことなんですが、彼女、お姉さんとの間に何かトラブルを抱えていたりはしませんよね?」

「トラブル? そんな話は聞いたことありませんね……」

「星さんは、あまりお姉さんの話はしたがらないんですか?」

「そんなことはありませんよ。そこそこ頻繁にお姉さんの話をしています。でも、悪口の類いを聞いたことはありませんし、特に問題があるようにも見えませんでしたね」

 

 本当、なのだろうか?

 大迫は警察手帳にペンを走らせながら、空嶋の表情をうかがおうと考えた。

 刑事が手帳から顔を上げたその時。

 空嶋と目が合った。少年がじっと刑事のことを見つめていた。

 大迫の背中にゾクリと寒気が走る。危うく、手帳を地面に落としそうになった。

 何故なら。

 少年の目が。

 まるで、顔にポッカリと開いた、黒い穴のように見えたからだ。

 

「刑事さん、何か……?」


 牟田口の咎めるような声で大迫は我にかえる。


「すみません。最近、睡魔時間が足りなくて。つい、ぼんやりしてしまったようです」


 大迫は内心の動揺を悟られないように努めて平静な声で言う。

 

「ひょっとして、具合が悪いんですか?」

「……いえ、ご心配なさらず。あとでドリンク剤でも飲みますので」


 大迫の言葉に牟田口は心配そうな表情で「そうですか?」と言った。


「それと、空嶋くんはこのまま連れて帰られても問題ありません。長々とお引き止めして、申し訳ありませんでした。捜査への協力、感謝します」

「そうですか。でしたら、僕達はこれで失礼させていただきます。宙樹くん、疲れたよね? タクシーで帰ろう」

「はい」


 空嶋と牟田口が連れ立って公園から出て行く姿を大迫は黙って見送った。

 生暖かい夜の風が大迫の頬を撫でる。

 黴臭さが鼻をくすぐり、若い刑事は小さなくしゃみをひとつした。


「これから、ますます忙しくなるぞ。風邪をひいてるヒマはないと思え」


 いつの間にか隣に立っていた前野が、ニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。


「そうですね。コンビニでドリンク剤を買ってきます。何か必要なものはありますか? ついでに、買ってきますよ」


 前野は軽く鼻を鳴らすと、手をヒラヒラさせながら「いらないよ」と答えた。

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