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空気少年は幻視(み)られたい  作者: 砂山鉄史
4.彼女はずっと探している
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4-2

 美朱みあかは友人達とカフェに来ていた。先日、宙樹ひろきと一緒に行った店だ。

 高校生が気軽に通える価格帯の店ではない。財布は痛むが、付き合いは大切だ。

 友人達と、流行の音楽やファッション、最近観たドラマや動画、読んだ本の話で盛り上がる。

 家族の愚痴や、教師の悪口、恋愛相談で盛り上がる。

 おかしな都市伝説、少女を狙う殺人鬼の噂。少女が一番美しいときに現れ、その命を刈り取ろうとする男の噂。

 不気味な(ブギーマン)男と呼ばれる怪人の噂で盛り上がる。


 新型ウイルスが蔓延し、凶悪犯がいつまでも逮捕されず凶行を重ねるような世の中だ。

 みんな、何となく、将来に漠然とした不安を感じていた。けれど、それをはっきりと言葉にすることはない。

 都市伝説や噂話に借託して、その不安を何とか飲み込もうとしているのかもしれない。美朱はそう考える。


 みんな、そうすれば、あの忌まわしい流行病や連続殺人事件をなかったことにできるとでも思っているのか。

 そんなことをしても意味がないのに……。

 美朱はそう思ったが、自分の考えを口にするつもりはなかった。その気になれば、いくらでも空気は読めた。


 楽しい時間ほど瞬く間に過ぎ去る。二時間ほどで場はお開きとなった。

 店の外に出ると、昼前から降っていた雨はすっかり止んでいた。



 ※



 美朱が通う学校から少し離れた場所に、小さな公園があった。

 学校を早退して、町を散策しているときに見つけた公園だ。

 そこで、美朱は空嶋からしま宙樹ひろきと出会った。ベンチに座ってカッターナイフをじっと見つめる学ラン姿の少年に。


 少年は非日常の空気をローブのように纏っていた。それは、本来ならばなくてもいいモノだった。言うなれば、世界に生まれた「ズレ」のような存在。


 美朱は、そんなモノばかりと縁のある人生を送ってきた。

 高校に入ったら、そんなモノ達とはお別れをしようと思った。もう、自分は子供じゃない。妙なモノを見つけてはしゃぐのはやめだ。

 

 これ以上、保護者代わりである姉に迷惑をかけたくなかった。

 おかしなモノを視てしまう美朱のことを、姉の葵は、「ユメ」を視る女の子、「幻視少女」と呼んだ。

 そのことが何だか嬉しくて、特別なことのように思えて、美朱はたくさんのユメを視た。


 美朱は、自分の視たユメを友達に話した。みんな最初は面白がってくれたけど、気付くと、怖がられるようになっていた。嘘つきだと言われることが増えた。その度に美朱は葵に泣き付いた。葵は哀しむ美朱を優しく慰めてくれた。両親が美朱を持て余すようになっても、葵はずっと美朱の味方だった。美朱は一番の理解者である葵のことが大好きだった。葵も全幅の信頼を寄せる美朱を深く愛した。姉妹の心は、深い場所で強く結び付いていた。

 

 だからこそ、美朱はこれ以上姉の負担にならないように、「幻視少女」の肩書きを封印した。したつもりだった。


 けれど、美朱はあの少年に出逢ってしまった。

 美朱は直感した。彼は「あちら側」の存在だと。自分の瞳が否応なく捉えてしまう夢 現(ゆめうつつ)の存在だと-ー。


 気が付くと、ベンチの少年に声をかけていた。

 少年の怯えるような表情が少し可愛いと感じた。

 そして、美朱は空嶋宙樹という存在にのめり込んでいった。


「だめだなぁ、私」


 美朱はひとりごちる。


「これでも少しは我慢したんだけど……」


 けれど、誘惑に勝てなかった。非日常の誘惑に。

 彼女は炎のひかりに誘われ、飛び込んでいく虫だった。


「仕方ないよね。宙樹先輩、面白いし……」


 美朱はあの眼鏡の先輩を思い出して、小さく笑みを浮かべる。

 そんなことを考えているうちに、気がつくと足があの公園に向かっていた。

 時間は夕方の六時過ぎ。最近、めっきり陽が高くなった。暗くなるまで、まだ猶予がある。 

 

「少し覗いていこうかな」


 それは、ただの気紛れだった。



 ※



 そこは、最低限の遊具しかない、小さな公園だ。

 錆の浮いたブランコ、ペンキの剥げかけたシーソー、古びた滑り台と猫の額を思わせる狭い砂場……。


 あとは、小さなベンチと水飲み場があるぐらいだ。

 何だか、不思議な懐かしさを感じる。過去にここと似たような場所で遊んだことがあったのかもしれない。美朱は不思議な既視感デジャヴュを覚える。


 公園には誰もいない。

 ウイルス感染のリスクと此乃町このちょうで凶行を重ねる殺人者の件で、子供の外遊びを危険視する風潮が強まってきたからだ。


 でも。

 逢えるものなら、逢ってみたい。

 あの殺人者に。都市伝説で語られる人殺しの王様に。


 誰にも体験できない、自分だけの特権的な出来事。美朱はそれを求めている。

 世界にひとつしかない、自分のための物語をずっと求めている。

 そんな、甘いユメを彼女はずっと探している。


 美朱は恍惚とした表情で公園を徘徊する。

 物陰を探す。世界の隙間を覗こうとする。どこかに、おかしなモノが落ちていないか。カッターナイフを見つめる少年や、不気味な男が隠れていないか。


 公園を隈なく探す。探す。探す。

 そして、()()を見つける。


 ()()は、茂みの中で彼女が来るのをずっと待っていた。

 ()()は、死体だった。若い女の死体だった。

 露出した胸元にナイフを深々と突き刺し、赤い花を咲かせた鮮血の花嫁。


 ああ。

 

 美朱の全身が歓喜で打ち震える。

 幻視少女は視なくてもいいモノを、またその瞳で観測した。

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