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ああ、私はまたおかしなモノを視た。
星美朱はそのことを直感する。
※
彼女は幼いころから「視なくてもいいモノ」を視る性質の少女だった。
何もない空間を指差して、そこに誰かいる! と怯えてみせたり、壁に向かって話しかけてはケラケラと笑い声をあげていた。
そのせいで、同年代の子供たちからは腫れ物扱いされ、両親も彼女の奇矯なふるまいに困惑するばかりだった。
彼女の味方は年の離れた姉の葵だけだった。
そのことが寂しくなかったと言えば嘘になるが、心のどこかで仕方がないとあきらめていた。
中学校で孤立していた美朱は、高校進学を機に、生まれ故郷であるK県の此乃町に戻ってきた。
親元を離れて、姉と二人暮らしだ。
新型ウイルスの感染拡大防止を考慮して縮小開催が噂された入学式も、結局、平時とほとんど変わらない規模で行われた。正直、拍子抜けだった。
入学式には親のかわりに姉の葵が来てくれた。
美朱はそのことが嬉しかった。姉さえいれば、それでいい。寂しさも紛れるから。
姉との新生活に今のところ問題はない。
視なくてもいいモノを視て騒ぐのはもうやめにした。何しろ、自分はもう高校生だ。もっとしっかりして姉を安心させたいと思った。だから、かつて姉が贈ってくれた”幻視少女”の肩書きは封印しよう。入学式の前日の夜、ベッドの中で丸くなりながら美朱はそう決めた。
美朱は生来の器量好しだった。おかしなことを言わずに黙ってニコニコしていれば、邪険にされることもなかった。
ベッドの中の誓いは破られるはずがなかった。なのに……。
※
その日、美朱は体調が少し悪かった。
我慢できないほどではなかったが、大事をとって早退することにした。
早退すると決めた途端、急に体調がよくなってきた。美朱は、我ながら現金なものだと思った。
心配するクラスメイトに別れの挨拶をして、教室を出た。
そこで、ふと思い立ち、遠回りをして帰ることにした。
久しぶりに戻ってきた生まれ故郷を、散策したい気持ちもあった。
高校入学からしばらく忙しい毎日が続き、それどころではなかったが、新しい環境に慣れて精神的な余裕が生まれた。
平日の真っ昼間に制服姿でウロウロするのもどうかと思ったが、流行病の影響で外出を自粛する人はまだ多い。
見とがめられる危険は少ないだろうと美朱は判断した。
美朱は鼻歌を歌いながら、生まれ故郷の町を気ままに歩き回る。
桜は半月ほど前にすっかり散ってしまったけど、頬を撫でる温かな初夏の風は悪くないものだった。
しばらく歩くと、公園を見つけた。
最低限の遊具しか置かれていない、小さな公園だった。
ペンキのはげかけた古いシーソーで、小さな男の子と女の子が楽しそうに遊んでいる。
二人の顔立ちはよく似ており、きょうだいに見えた。美朱は幼い頃の自分と姉を思い出してほほえましい気持ちになった。
とはいえ、こんなご時世だ。小学校に入る前とおぼしき子供だけで遊ばせるのは不用心に思えた。
流行病以外にも、最近話題の連続殺人鬼の存在もある。
せっかくだから、ここで少し休んでいこう。
通学鞄の中には、姉が持たせてくれたお弁当が手つかずのまま残っていた。
シーソーの近くにベンチがある。あそこに座ってお昼ご飯にしよう。
しばらく様子を見ていれば、子供たちの親が迎えに来るかもしれないし……。
そう思った美朱はあることに気がついた。
べンチに先客がいたのだ。
学生服を着た、多分、少年だ。今どき珍しい、黒の学ランを着ている。どこかで見た記憶のある学ランだった。
具合が悪いのだろうか? 少年はうつむいたまま小刻みに震えている。
手に何か持っているようだが、あれは何だろう……。
美朱は高校に進学してからずっと抑え込んでいた好奇心がムクムクと膨らむのを感じた。
ああ、私はまたおかしなモノを視た。
星美朱はそのことを直感する。
彼女の表情が徐々に綻んでいく――。