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「警察の方、ですか……?」
星葵は訝し気な表情で聞いた。
「はい。K県警捜査一課の前野というものです」
「同じく捜査一課の大迫です」
「はぁ……」
葵は困惑を隠せない。
仕事に必要な資料を忘れたことに気づいた葵は、急いでマンションに戻ってきたのだが、部屋の玄関の前に見知らぬ二人組の男性が立っていた。
最近、物騒な事件が多い。
ここは警察に通報するべきかとバッグからスマホを取り出したところで、二人組の片割れ、今しがた前野と名乗った男が葵に気づき声をかけてきた。
我々は警察の者だが、話を聞かせて欲しい、と。
「お疑いなら、これを」
前野はそう言うと、よれたスーツの内ポケットから取り出したものを葵に見せた。
それは警察手帳だった。
前野にならって大迫も手帳を葵に見せる。
「お二人の素性は分かりましたが、わたしに一体なんのご用でしょう……?」
「ええと、ですね。最近、此乃で発生している凶悪犯罪はご存じでしょうか?」
前野が探るような調子で聞いてくる。
「凶悪犯罪、ですか?」
「ええ」
思い当たる節があった。
「……ひょっとして、あの連続殺人事件の話ですか? 若い女性ばかりが狙われている……」
「お話が早くて助かります」
「その事件がわたしと何か関係あるんですか?」
「畑千鳥さん、と言うお名前に聞きおぼえはありませんか?」
だれだろう……。知人や友人にそんな名前の人はいただろうか?
葵は自分の記憶を掘り進める。
畑千鳥。
ハタ・チドリ……。
頭の奥でコツンと何かがぶつかるような音がした。
「あ」
葵は小さく声をあげる。
「心あたりが?」
「はい……。確か、高校時代の知人にそんな名前の子が……」
葵の言葉に前野と大迫が目を合わせる。
「でも、彼女とは違う大学に進学したし、高校卒業後はまったく連絡も取り合っていませんよ? 彼女に何かあったんですか?」
「此乃で発生した連続殺人事件なんですがね、その三人目の被害者が畑千鳥さんなんですよ」
前野の言葉に葵は怪訝な表情を作る。
「そんな顔をしないでください。星さんのおっしゃりたいことはよく分かります」
「あの、この話、長くなりますか? わたし、仕事があるんですけど……」
「ご心配なさらず。そんなに長い時間はいただきません。それで、畑千鳥さんの件ですが。三人目の被害者、報道では違う方の名前になってましたよね? 捜査するうちに分かったのですが、身元が偽装されていたんですよ」
「身元が、偽装?」
「はい。被害者が、畑さんだと気づかれないように。畑さん、まったくの別人として殺害されたのです」
「そんな話をわたしにしてどうするんですか? それに、その情報は非開示のものになるんじゃ……」
「いえ、問題ありません。この件に関してはちょうど記者会見が行われているところなので」
「そうだとしても、わたしに協力できることがあるとは思えません」
「何、そう難しく考えていただかなくても大丈夫です。そうですね……思い出話を聞かせてもらえますか? あなたと、畑さんの思い出話を」
前野の目が剃刀のように鋭い光を放つ。
「もちろん、今日でなくてもかまいませんよ。星さんの都合のいいときに連絡をくだされば。私たちがおうかがいしますので」
そう言う前野の隣で大迫が黙ってうなずく。
葵の背中を嫌な汗が伝っていった。