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「あ、そうだ。先輩、今日の放課後ヒマ?」
「……何を企んでいるんですか?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!?」
美朱が非難するような声をあげるが、宙樹は警戒を解かない。
「ちょっと買いものにつき合って欲しいだけです!」
「買いもの……ですか?」
宙樹の表情は疑わしげだった。
「前に話したよね、私がおねーちゃんと二人暮らしだって。家事は二人で分担してるんだけど、今日は私が夕食当番なの。空嶋先輩、料理得意でしょ? アドバイスとかもらえたら助かるなーって……」
美朱の言葉に宙樹は眉を寄せる。
「アドバイス、ですか? おれは別に料理が得意なわけじゃないですよ。必要だからやっているだけで」
「えー、ケンソンしないでよー。お弁当、メチャクチャ美味しそうだったよ」
「よく見てますね」
「目がいいんだよ、私。視力は左右どっちも2.0!」
「そうですか。おれは裸眼だと両方0.1ですね」
「ゲームのやりすぎじゃない? オタクじゃん」
「眼鏡使用者に対する偏見だっ! 訴えてやる!!」
「冗談だよ、冗談」
「……分かってますよ」
「それで、買い物にはつき合ってもらえる?」
美朱がおずおずと聞いてくる。
「おねーちゃんにさ、美味しいご飯作ってあげたいんだよね。最近、仕事が忙しくて疲れてるみたいだし、私も自分のできることで協力したくて……」
「まぁ、そう言うことなら、おつき合いしますよ」
先日、彼女に酷いことを言ってしまった。
当人はもう気にしていないようだったが、宙樹の心のなかには魚の小骨のような罪悪感が未だ残っていた。
これは罪滅ぼしだ。単なる自己満足かもしれないが、何もしないよりはマシだろう。宙樹はそう考える。
「やったー! ありがとう、先輩」
大きな瞳を宝石のように輝かせながら美朱が言う。
満開の花を思わせる笑顔に宙樹は自分の鼓動が速くなるのを感じる。
握った掌が汗ばむ。
「で、でも、あまり期待しすぎないでくださいね。おれの料理の腕は本当に大したことないんで……」
「だーかーらー、ケンソンは良くないよ先輩! 私の信じた先輩を信じるんだよ!」
「わけわかりませんよ」
「考えるな、感じろ!」
「それ、多分、誤用です」
「先輩はこまかいなー」
「星さんが大雑把すぎるんですよ」
「失礼だなぁ!」
「アンタにだけは言われたくないですよ!」
宙樹は盛大にツッコミを入れる。
「待ち合わせどうする? ここにする?」
屋上は昼休みだけではなく放課後にも解放されていた。利用者はほとんどいなかったが。
「星さんが良ければ」
「それじゃ、放課後にまたここで」
「了解です」
「……そうだ。遅くなったら、あえるかな」
「あえる? 誰にですか?」
宙樹は訝しげな表情を浮かべながら聞く。
「連続殺人犯」
後輩の口から飛び出した言葉に宙樹の心臓が跳ねる。
「……友達が怖がっているのでは?」
「友達は友達、私は私だよ。一度くらいは、あってみたいよね……」
そう言う後輩の顔は、何故か幻を視るようにうっとりとしたモノだった。
『なぁ、そいつはやっぱり——』
宙樹の頭の中で不快な声が囁きかける。