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「物騒な事件だよね……」
スマホをいじっていた美朱が藪から棒に言ってきた。
「何の話ですか?」
箸でつまんだ鶏の唐揚げを口の前で一旦ストップさせて、宙樹が聞く。
「ニュース観てないの? 連続殺人事件の話」
「あー、そう言えばそんな事件もありましたねー」
唐揚げを愛用の弁当箱に戻しながら宙樹が言う。
「流行病はまだまだ収まりそうにないし、キョーアクハンはチョーリョーバッコするし、もうメチャクチャだよね!」
美朱は憤懣やるかたないといった調子だ。
「友達も怖がってるし、早く解決しないかなぁ……」
後輩の「友達」と言う言葉に宙樹がピクリと反応する。
「……自分で誘っておいて聞くのもなんですけど、星さんは友達と昼休みをすごさなくてもいいんですか?」
「別に問題ないよー。昼休み以外は大体一緒にいるし」
「それならいいんですけど……」
「どんなに仲が良くても、ずっと一緒にいたら息苦しくなるしね」
宙樹にはよく理解できない感覚だった。
何しろ、彼は息苦しくなるほど他人と同じ時間を共有したことがないのだから。
「なるほど……」
「何か、納得しかねるって表情だね?」
「いや、そんなことありませんよ」
「そう? ならいいけど」
美朱はそう言うとまたスマホをいじりはじめた。
宙樹も残りの弁当の攻略を再開する。
メインのおかずの鶏唐は昨日の夕飯の残りだが、冷めてもしっかりとした食感を楽しめるように、衣を片栗粉と小麦粉の半々にして揚げてある。
付け合わせはウインナー炒めとほうれん草のごま和え、きんぴらゴボウだ。
大きなアルミニウムの弁当箱の半分は白いご飯で、そのまん中に梅干しがひとつのっていた。
「先輩のお弁当、ボリュームあるよね……」
「星さんはずいぶん少食ですよね?」
「私は平均だよ!? 先輩が食べすぎなだけでしょ!」
「おれだって別に大食いじゃありませんよ。多分、高校生男子としては平均ですよ」
美朱の表情は疑わしげだった。
「……わけてあげませんからね?」
「たのんでないし!」
「昨日、おれの焼きそばパンを物欲しげな顔で見てたじゃないですか」
「いや、あれはちょっと珍しかったからつい……」
後輩はあははと乾いた笑い声をあげると、視線を明後日の方向にさまよわせた。
「それよりも、例の事件! 犯人て、この学校と関係あるんでしょ?」
「いや、それはさすがに話が飛躍しすぎでしょ」
美朱が言ってるのは「アイツの噂」のことだろう。
それは、不気味な男が都亜留高校の屋上で目撃されたという噂から始まった。
学校の怪談を思わせるささやかな噂話は、いつの間にか、ブギーマンが都亜留の屋上を隠れ家にして、此乃町を血で赤く染め上げようとしている、という猟奇的に噂話に変容していった。
SNSや口コミで拡散された噂話の対応に都亜留側は頭を悩ませた。
ひとまず、流布している噂が根拠のない誹謗中傷である事を学校のHPとSNSアカウントで説明し、生徒たちにはあまり軽率な発言をせずに、落ち着くように指導した。
屋上解放の必要性は、教職員の間でも疑問視された。
昼休みと放課後に、生徒同士の交流や憩いの場として活用してもらうために解放していたが、ブギーマンの噂が流行してから利用する生徒がほとんどいなくなった。みんな、気味悪がって屋上に近づかなくなったのだ。
利用者がいないなら解放する必要はないのでは? という意見も出たが、それでは学校側があの馬鹿げた噂を信じているみたいではないか、と反発する意見もあった。
新型ウイルスの感染拡大が落ち着きを見せてきたとはいえ、他人との必要以上の接触を避けることや、定期的な換気が推奨されていることに変わりはない。
窓を開けっぱなしにして常時空気を入れ換えているといっても、狭い教室に二十人以上の生徒を長時間詰め込んでおくことに精神的な抵抗が全くないといえば嘘になるだろう。
せめて、昼休みぐらいは生徒を教室以外の場所に分散したい。できることなら、毎日盛況な学生食堂の方も……と学校側は考えた。
さまざまな事情と思惑が交錯した結果、屋上の解放は継続することになった。
学校側としては、ウイルス感染のリスクを下げながら、一緒におかしな噂の否定もしたかったのだが、噂は不穏な形で現実とリンクした。此乃町で発生した連続殺人事件とだ。
この事件で三人の若い女性が殺害された。
被害者の女性たちの胸元には、ナイフが深々と差し込まれていた。
ナイフは、ブギーマンを象徴するアイテムだった。
「でも、みんなこの学校はヤバいって言ってるよ? 結局、だれも屋上を使わなくなっちゃったし」
「根も葉もない噂話に振り回されすぎなんですよ。屋上だって、おれと星さんは使ってるじゃないですか」
宙樹は興味なさげに言いながら、空の弁当箱をブルーのランチクロスで包む。
「もう、先輩はノリが悪いなー」
美朱が不貞腐れたような表情で言った。