【連載版始めました!】ループから抜け出せない悪役令嬢は、諦めて好き勝手生きることに決めました
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物事には必ず終わりがある。
作られた物は時間経過とともに劣化し、いつか壊れてしまう。
命を授かった者も、寿命という絶対の終わりからは逃れられない。
ただ、終わりがあることは決して悪いことではない。
終わりがあると知っているからこそ、今を全力で生きようとする。
明日が来るか不確定だからこそ、今日の最善を尽くす。
そうして一日一日、一分一秒を全力で駆け抜けることができる。
命の終わりは、生を輝かせる重要な役割があった。
ならば逆に、その終わりがなければ?
例えば同じ日を、同じ人生を何度も繰り返すことが決まっていたら?
果たしてその時、前向きに生きることができるだろうか。
きっと難しいだろう。
少なくとも、私にはできない。
「はぁ……またこの光景……ね」
燃え盛る屋敷の中でぼそりと呟く。
炎に包まれ逃げ道はなく、見上げた天井もじきに崩れてきそうだ。
天井が落ちてきたら、私もぺしゃんこになる。
まぁもっとも、それまで命が持たないだろうけど。
「ぐっ、ふぅ……ぅ……」
腹部から赤い血が流れ出ている。
炎の色よりも濃くて、熱さなんて感じられないほど痛い。
この痛みには慣れない。
何度経験しても、痛いものは痛いんだ。
そう……私にとってこれは初めての経験じゃない。
痛みに苦しみながら死ぬのは、これで九回目だ。
「どう……して……」
こうなっちゃったのかなぁ……。
私はある期間をずっとループしている。
理由はわからない。
初めてループを経験した時、私はひどく興奮した。
困惑もあったけど、それ以上に嬉しかった。
自分の死に納得できなくて、やり直したいと思ったのは確かだ。
だから奇跡が起こったのかもしれないとさえ感じた。
でも、二回、三回……四回と経験するうちに恐ろしくなった。
何度繰り返しても、苦しい死からは逃れられない。
次こそは、今度こそはと臨んでも、結果はほとんど変わらなかった。
私は必ず苦しんで死ぬ。
幸福な終わりなんて訪れない。
ならせめて、この地獄が早く終わってほしい。
それすら叶わない。
「……いつまで、続くのかなぁ」
意識が遠のいてきた。
お腹の痛みも感じなくなっている。
死が近づいてきた証拠だ。
あと数秒もすれば、私は死ぬ。
ここで死ねば、私はまたあの場所で目覚めるだろう。
確信はある。
だって、もう九回も繰り返しているんだから。
嫌でもわかるでしょう?
死が終わりにならないことなんて。
「どうせ……また……繰り返す、の、なら……」
好きなように生きてみようかな?
薄れゆく意識の中で私は強く思う。
どれだけ望んでも、苦しみのループからは逃れられない。
いつも誰かに殺される。
殺されないように取り繕って、嫌われないように全力で愛想笑いをして。
でも結局変わらない。
他人の言動に一喜一憂するのは疲れるんだ。
私の人生なのに、誰かに振り回されているみたいで……もう、うんざりだよ。
決めた。
私はもう諦めることにした。
他人に気を遣うのも、死を怖がるのも止めよう。
十回目のループは、好きなように生きる。
邪魔する者は、誰であろうと許さない。
たとえ自分の手を汚すことになっても、私はループを越えてみせる。
◇◇◇
深い深い水の中に沈んでいって、背中が底に着く。
その直後に、周りの水が一斉に身体の中に入っていくような感じがする。
死に戻りから目覚める時の感覚。
私はまた繰り返す。
確信を持って、意識が覚醒する。
私は今、目をつむったまま立っている。
周囲から賑やかな音が聞こえる。
場所はパーティー会場、目を開ければ正面に――
「セレネ」
私の婚約者、エトワール・ウエルデン卿が立っている。
普段はニコニコしている癖に、この時に限って神妙な表情で私を見ている。
見飽きた顔だ。
この後、彼が何を言うかも私にはわかっている。
ループの始まりはいつだってここだ。
「大切な話があるんだ。聞いてくれるかい?」
「……」
「実は――」
「ソレイユと婚約したいから、私との婚約を破棄したいのでしょう?」
「なっ……」
私に先を越された彼は酷く驚いている。
事情を知っているギャラリーたちも、つい先ほどまでニヤニヤしていた癖に、一瞬で空気が変わる。
「どうしてそれを……」
「なぜでしょうね? ご自慢の【星読み】で見ればよろしいではありませんか」
「っ……それは……」
「冗談です。貴方にそれができないことを私は知っていますから」
嫌味を含んだ言い方で、エトワールを責める。
どうして知っているのか?
そんなの、何度も同じセリフを聞いていれば嫌でも覚えるでしょう。
もっとも彼らには理解できないでしょうけど。
「話は以上ですね? それは失礼いたします」
「ま、待つんだセレネ! どこへ行くつもりなんだ?」
「どこへでもいいではありませんか。私はもう、貴方の婚約者ではないのでしょう?」
「……」
彼は言いよどんで下を向く。
その通りだから言い返すこともできないのだろう。
呼び止めて何をするつもりだったのかは気になるけど、どうせ大したことじゃない。
私は小さくため息をこぼし、彼に背を向ける。
「ではさようなら。ソレイユとお幸せに」
こうして私にとって、十回目のループは始まった。
◇◇◇
ループの原因は未だわからない。
ただ、仕組みは大体把握できている。
まずループの開始地点は固定化されていて、必ずあの場所に戻ってくる。
エトワールに十回も婚約破棄を言い渡され、おかげさまで彼のことがとても嫌いになれた。
昔の私ならショックを受けていたけど、今は逆に清々しい気分でいられる。
慣れというのは恐ろしい。
こんな風に、ループ前の記憶はしっかり引き継がれている。
そして最も重要なことは……。
死がループの終わりにはならないということ。
形や経緯は関係ない。
殺されようが、事故死しようが、自殺しても結果は変わらない。
場所や時間、タイミングがバラバラでも同じ結果を生む。
これまでのループで、すでに色々と試している。
自死を選んでもループから抜け出せなかった時は、さすがに心が折れかけた。
その直後は投げやりになって、ループ一回分を無駄にしてしまった。
「今から思えば勿体なかったわね」
投げやりにならず、試せることを試せばよかったと思う。
その時は冷静にはなれなかったし、我ながら仕方がなかったと諦めている。
「さて……」
そうこうしている内に、私は屋敷へと帰ってきていた。
王都にある屋敷の中で二番目に大きな建物。
自分の家のはずなのに、どこか他人の家にあがるような感覚がある。
私はこの屋敷で歓迎されていない。
貴族の娘が帰ってきたなら、普通は出迎えの一つもあるだろう。
そもそも自力で帰ってきている時点で普通じゃない。
ループ以前に、もう慣れてしまったことだけど……。
「なぜお前がここにいる?」
「……お父様」
屋敷の玄関を潜り中へ入ると、偶然にもお父様と遭遇した。
この時間に屋敷にいるなんて珍しい。
今までのループではなかった展開だ。
「パーティーはどうした?」
「つまらないので帰ってきました」
「なんだと?」
お父様の表情が強張る。
元から苛立っている様子だったけど、私が生意気な口を利いたから余計に。
「聞き間違いか? つまらないと聞こえたが」
「合っていますよ。とてもつまらないパーティーでした。私にとっては……」
「お前……」
「お父様だって知っていたのではありませんか? 全て」
エトワールが私との婚約を破棄する話も、ソレイユと婚約をし直すことも、お父様は全て知っている。
当然だろう。
曲がりなりにも私の父親で、ヴィクセント家の現当主様なのだから。
「なんの話だ?」
「惚けるのですね。別にどうでもいいことでしょうけど……お互いに」
「セレネ、頭でも打ったか? 先ほどから調子に乗り過ぎだぞ」
「いいえ、もっとひどくて痛いことをたくさん経験してきました。おかげで目が覚めましたわ」
お父様にとって、私の変化は予想外のものだったのだろう。
少なくともお父様に反抗的な態度をとることなんてなかったから。
ちょうど気分も悪かったからか、私が態度を改めない様子を見て、お父様はさらに苛立ちを見せる。
「はぁ、どうやら本当に頭でも打ったようだな。また躾が必要か」
「必要ないわ。お父様から受け取る物なんて何一つありません。私はもうお父様の言いなりになるつもりはないの」
「その生意気な口、二度と利けないようにしてやろう」
お父様が【太陽】の力を発動させる。
かざした右手の上に、まばゆく輝く光球が浮かぶ。
「怪我ではすまんぞ? 謝罪するなら今のうちだ」
「ふっ、それはこちらのセリフです。怪我をしたくなければやめなさい」
「そうか。ならば痛い目をみてもらうしかないな」
お父様は光球を放つ。
自分の娘に向って躊躇なく攻撃する。
そういうところが嫌いで、だからこそ後腐れなく対処できる。
「弱い光ですね」
「なっ、馬鹿な!」
お父様の放った光球を、私の影が呑み込む。
まばゆい光は一瞬にして消え去った。
その光景にお父様が驚愕する。
「なぜお前が守護者の力を! しかも……その力は【影】か!」
「お父様の【太陽】と対になる力です」
「あ、ありえん……ソレイユではなくお前に覚醒したというのか? それも……よりによって【影】の力を」
「ええ、そのようですよ? お父様の思い通りにいかず残念ですね」
この国で王族に次ぐ権力を持つ六つの家。
彼らに共通しているのは、『守護の力』という異能を有していること。
そのうちの一つが、私のヴィクセント家。
ヴィクセント家が受け継ぐ異能は【太陽】と【影】。
他の家が一種類に対して、なぜか私の家は二つの異能のどちらかを受け継ぐ。
と言っても、【影】の異能が受け継がれた例は過去一回しかない。
その一回が悲劇を生んだことで、【影】の異能は不吉の象徴とされている。
「なんということだ……お前に異能が宿ったことだけでも不運だというのに……」
「世間に知られれば大変なことになりますね? お父様」
「貴様、なぜ笑っている? 何がおかしい!」
「ふふっ、どうしてでしょうね?」
私に異能が宿っていることを知ったお父様は、そのことを世間から隠した。
影の異能は不吉の象徴として忌み嫌われている。
当代に受け継がれたのが太陽ではなく影の異能だと知られれば、周囲の反応は冷ややかなものになるだろう。
異能によって優遇された地位が揺らぐ。
だからお父様は私を屋敷に隔離して、外に出さないようにした。
あわよくば、妹のソレイユが異能を覚醒させることを信じて。
「セレネ、その力……いつから使えたんだ? 誰が知っている?」
「まだお父様しか知りませんけど?」
「そうか……それは好都合だ。セレネ、お前は金輪際、この屋敷から出さん!」
「嫌です」
冷たく否定する私に、お父様は両目を見開いて驚く。
さっきから驚いてばかりいる。
そんなに私の豹変が信じられないのでしょうか?
少しも思わなかったのかしら。
私がどれだけ耐えているのか……いつか爆発する日が来ることすら考えもしなかったのね。
「くっ、お前……意味をわかって言っているのか?」
「こちらのセリフです。お父様にその権利はありません」
「何を言っている? お前は私の娘で、私はこの家の当主だぞ」
「それは、つい先ほどまでの話でしょう?」
異能を宿した六つの家柄において、当主になるためには条件がある。
その条件さえ満たしていれば、性別も、年齢も、出自も、人格すら問わない。
たった一つ、確固たる条件。
それは――異能を有していること。
「私はこうして異能を有しています。だから私には当主になる資格がある」
「資格があろうと私が認めることはない。現当主は私なのだ」
「いいえ、お父様の意見なんて関係ありません。だってお父様の異能は、私の異能より弱いじゃありませんか?」
「な、なんだと……」
異能は受け継がれる。
親から子に……子供の力が強くなれば、対照的に親の力は弱体化する。
その後、子供の力が成熟した時、親は力を失う。
「さっきの攻撃も弱々しかったですから。これは力が私に移り、お父様の力が弱くなっている証拠です。弱い異能では、当主を名乗る資格はありませんよ」
「……ふ、ふふっ、そうか。どうやら理解していないようだな!」
叫んだお父様の身体から、眩い光が放たれる。
全身から溢れる太陽の力によって、周囲の気温が上昇する。
「先ほどの攻撃が全力だとでも思ったのか? 手加減してやったのだ! 娘が相手だからな」
「ふふふっ、面白いことを言いますね? 私のことを娘だと思っていない癖に」
「セレネ! お前は……もういい。お前が異能を開花させた以上手段は選べん! 動けないようにして地下深くに幽閉する」
「残念ですけど、お父様の思い描く未来は訪れませんよ」
神々しい輝き。
私も昔は、この輝きを綺麗だと思っていた。
だけど、今はそう思えない。
私にとってお父様が放つ光は、目障りでしかなくなっていた。
眩しいだけの光なんていらない。
消えてしまえばいい。
「光に呑まれろ! セレネ!」
「……いいえ、呑まれるのはお父様です」
光が強ければ強いほど、私の影は濃くなり強くなる。
あらゆる光を吸収する漆黒に。
太陽の輝きだろうと、完全な闇と化した影の前では無力だ。
「光を閉ざせ――影の檻」
お父様の太陽の力は周囲を熱で溶かす。
光を高圧縮したエネルギーはすさまじく、強大な力をもつ魔獣ですら一撃で葬る威力がある。
異能の中でもっとも強く、もっとも他に影響を与える力。
だけど、その力すら呑み込んでしまう。
私の足元から伸びる影。
影は膨れ上がり、光を吸収しながら拡大していく。
瞬く間に屋敷を包み込んだ影が、お父様の放つ光ごと食らいつくす。
「ば、馬鹿な! 太陽が影に呑まれるなど!」
「だから言ったじゃないですか。お父様の力より、私の力のほうが上です。今の私の前では……お父様の光は淡すぎます」
影がお父様の身体まで到達し、光ごと覆い隠す。
「く、くそっ!」
「知っていますか、お父様。影の異能には、他の異能を吸収してしまう力があるんですよ」
「や、やめるんだ!」
「お父様の中に残った力も、私がもらってあげますね」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」
お父様の叫び声も、影に吸収されて消えてしまう。
辛そうな顔をしている。
だけどね?
お父様だって、私に同じことをしたんですよ?
嫌がる私を、貴方は無理やり殺したことがあるんですから。
「力……私の力が……」
私に力を奪われ脱力して、お父様は膝から崩れ落ちた。
「情けない声ね。いいじゃないですか力くらいなくなっても……殺されるよりマシでしょう?」
「き、貴様……正気か? こんなことをして許されるとでも」
「ええ、もちろん。だってこれで当主は私でしょう? お父様の許しを請う必要なんてないわ。今日からはお父様が、私に許しを請う番よ」
お父様の元に歩み寄り、彼を上から見下ろす。
慈悲はない。
親子であることすら、今の私にとってはどうでもいい。
きっと今日のことを知れば、みんなが私を酷い奴だと罵るだろう。
別にそれでも構わない。
理解できるはずはないんだ。
ただ冷静に考えて、誰も自分を殺した相手と仲良くなんてできるはずないでしょ?
全ての死因がこの人だったわけじゃない。
それでも、実の娘を殺した男にかける慈悲なんてない。
「セレネ……」
「なんですか? 元当主のお父様」
「貴様!」
お父様は咄嗟に腰の剣を抜いた。
その表情は殺意で溢れている。
本気で殺そうという気持ちが剣に宿っていた。
私はそれをあざ笑うように、影を纏わせた右手で払いのける。
「無駄よ。今のお父様には私を傷つけることなんてできないわ」
「く、くそっ!」
「まだ諦めないのね? じゃあ仕方がないわ」
私の邪魔をするなら、誰であろうと容赦はしない。
どうせ殺されたらループするんだ。
だったら、殺されないために殺すのだって普通のことでしょう?
私は影を操り、お父様の身体を縛り上げる。
力を失ったお父様なんて簡単に捕らえられる。
「ぐ、あ……」
「弱いわね。お父様」
ここまで圧倒的だと、いっそ哀れだ。
ループの記憶が頭に流れる。
お父様に殺されたのは四回目のループだった。
◇◇◇
「や、やめてくださいお父様! どうしてこんなことを……」
四回目。
私は屋敷の地下で軟禁されていた。
異能が私に宿っていると知られてから、お父様が私をここに閉じ込めたのだ。
そしてある時、急に押しかけてきて私を殺そうとしてきた。
「お前のせいだ。お前がいるから、ソレイユの力が覚醒しない。お前さえいなければ、異能はソレイユに宿っているはずなんだ」
「そ、そんな! 私は何も悪いことなんて!」
「黙れ!」
お父様の怒声が地下室に響く。
聞こえているのは私だけ、外に声は届かない。
お父様の声と怒り、殺気を一身に受ける。
「お前が悪いんだ。お前が生まれたから……」
「お父様……」
お父様が苛立っている理由は、私に力が宿ったことだけではない。
すでに他の家は世代交代を始めていて、私たちの家だけが遅れていた。
王族や他の家からもつつかれていたのだろう。
異能を絶やすことがあってはならない。
その苛立ちも相まって、私への当たりはより強くなっていた。
「もういい加減うんざりだ。お前がいるせいで、私の人生はむちゃくちゃだ」
酷い言いがかりだ。
嘆いているお父様を見て、悲しいのは私のほうだと心の中で思う。
「さぁ、もう死んでくれ」
「お父様……私はお父様の何なのですか?」
「ただの汚点だ。お前なんて、生まれて来なければよかったんだ」
◇◇◇
あの時だって、抵抗しようと思えばできたんだ。
私は力に目覚めていたし、お父様の力が弱まっていることも知っていた。
だけど、私は甘かった。
お父様が本気で私を殺そうとするはずない。
怒っているように見えても、その奥には愛情があるはずだと。
「信じた私が馬鹿だったわね」
「や、やめるんだ……セレネ! わ、私はお前の……」
「父親でしょう? 知っているわよそんなこと。嫌というほど知っている……だから何? お父様だからって、止める理由にはならないでしょ」
「な、なんだ……と……ごあ」
苦しそうな声をあげる。
あと少し、もう少し強く締めあげたら殺せてしまう。
今ここで殺しても、私はきっと何も感じない。
むしろ新しい変化が生まれることに期待すると思う。
躊躇する理由は、一つもない。
「ま、待ってお姉さま!」
そんな私の手を、響く綺麗な声が止めた。
「……ソレイユ」
泣きそうな顔をして、彼女はお父様の元へ駆け寄る。
そのまま私とお父様の間に立って、両腕を広げて私に言う。
「やめてくださいお姉さま! お父様に酷いことをしないで!」
「……どうして?」
「どうしてって、お父様ですよ! 私たちのお父様です!」
「知っているわ。貴女よりも前から、嫌になるくらい」
ソレイユ・ヴィクセント。
私の妹で、私と違って正妻の子供である彼女はお父様にも溺愛されてた。
何もかも私とは対照的な扱いだった。
明るく無邪気な性格も相まって、屋敷以外の人たちにも好かれている。
そんな彼女を、何度羨ましいと思っただろうか。
私のお母様は、お父様の愛人だった。
貴族ではなく一般女性だった彼女と、お父様は肉体関係をもっていた。
子供を作ることなんて頭になかったお父様は、私が生まれたことに酷く動揺したそうだ。
お父様は自身の失態を隠すために、私を正妻の子供と偽った。
小さい頃はまだ、私への態度も柔らかかったと思う。
ただそれも、妹のソレイユが誕生して変わってしまった。
ソレイユが生まれたことで、お父様にとって私は邪魔な存在でしかなくなったからだ。
生まれが違う。
たったそれだけのことでここまで違う。
どうして私だけ……。
ソレイユが優遇されていることにも納得はしていない。
ただ……。
「どうしちゃったんですか! いつもの優しいお姉さまに戻ってください!」
「優しい……ねぇ」
どうしても、彼女のことは嫌いになれなかった。
彼女は何も悪いことはしてない。
意図的に私を陥れようとしているわけでも、私のことを嫌っているわけでもない。
ただ思った通りに振る舞っているだけだ。
何より、彼女自身に悪意は一つもない。
純粋に私のことも慕ってくれている。
ループ中も彼女の前では優しい姉として振る舞っていたけど、嫌な気分じゃなかった。
ただ、それでも私は……。
「ごめんなさい、ソレイユ。私はもう、今までの私じゃないわ」
「……お姉さま?」
「私ね? お父様に代わってこの家の当主になったのよ」
「お姉さまが当主に?」
「ええ。貴女も見ていたでしょう? 私の異能……この、影の力を」
今回は自分のために、好きなように生きると決めた。
ソレイユのことは嫌いじゃないけど、もし邪魔をするなら……。
だから今のうちから彼女に知ってもらおう。
私は優しくなんてないことを。
怖くて恐ろしい悪者になったんだって。
私は出来るだけ恐ろしさが伝わるように、影を操り大きな魔獣の形を作る。
「お……姉さま……」
「ソレイユ、貴女も怪我をしたくなかったら、私の邪魔をしないことね」
「……」
「セレネ貴様! ソレイユにまで!」
縛り付けていたお父様が私を睨む。
私は小さくため息をこぼし、お父様を影から解放した。
「ごほっ、ごっ……」
「命拾いしたわね、お父様。ソレイユに免じて、今回はこのくらいで許してあげるわ」
「くっ、セレネ!」
「でも、次はないわ。今度私の邪魔をしたら、お父様でも手は緩めないから」
冷たく殺意を込めて言い放つ。
最初で最後の忠告。
聞かなければ、その時はさっきの続きをすることになる。
さてと……。
ここでやることは終わったし、そろそろ行きましょう。
私は二人に背を向ける。
「ま、待て! どこへ行くつもりだ?」
「パーティー会場よ。一つやり残したことがあったのを思い出したわ」
「やり残したこと……だと?」
「ええ。せっかく当主になったのだもの! ちゃんと、外の人たちにも伝えなきゃいけないわ」
ニヤリと笑みを浮かべ、お父様に言い放つ。
お父様は焦った顔をして右手を伸ばす。
「なっ、待つんだ!」
「じゃあ行ってくるわ」
お父様の制止を無視して、私は影の中に潜る。
◇◇◇
会場ではパーティーが続いている。
私が去った後も、多少のざわめきを残して。
「なぁエトワール、あの反応はなんだったんだ?」
「わからない。あんな彼女は初めて見る」
エトワールから事情を聞いていた周囲の貴族たちも首を傾げていた。
彼らが期待していたのは、悲しむ姿か、慌てふためく姿だったのだろう。
実際にはそんな素振りは一切見せず、堂々とこの場を去って行った。
そして――
「こんばんは、皆さん」
「セレネ?」
私は再び、会場へと戻ってきた。
エトワールを含めて、会場にいた人たちは全員驚いている。
当然の反応だろう。
あれだけ堂々と去っておいて、また戻ってくるなんて予想していなかっただろうから。
「どうしたんだい? まさか、さっきの発言を撤回しにきたのかな?」
「ふふっ、そんなはずないでしょう? 貴方との婚約なんて、今の私にはどうでもいいことだわ」
「っ……だったら何をしに来たんだい?」
「挨拶をしに来たのよ」
「挨拶?」
「ええ。ヴィクセント家の当主として」
言い放つと同時に、私は異能を解放する。
足元の影を広げ、会場を包み込む。
「こ、これは異能? しかも【影】の……」
「そうよ。これが私の力」
「セレネ……き、君が異能を受け継いで……当主になったというのか?」
「ええ、その通りよ。前当主のお父様の力は失われたわ。今日からは私が当主よ」
その意味がわからないほど、エトワールも馬鹿じゃない。
彼はとっくに気付いているはずだ。
私が当主になったということは、今までお父様にあった権力の全てが私に移ったということ。
家のことはもちろん、家同士で結んだ約束事にも私の意思が介入してくる。
「安心して、貴方とソレイユの婚約は勝手にすればいいわ」
「な、なんだと……」
「好きにすればいいと言ったのよ。ソレイユと婚約したところで、私にもヴィクセント家にとってもなんの影響もないわ。したいなら勝手にすればいいのよ。好きなら関係ないでしょう?」
「くっ……」
二人の間に恋愛感情がないことくらい、私は当然知っている。
エトワールはお父様から事情を聞いていた。
いずれ当主は私ではなく、ソレイユになることも。
だから彼も、私ではなくソレイユを新しい婚約者に選んだ。
この男が見ているのは権力だけだ。
当主になる人物と婚姻を結び、自分の権力を強めたかったにすぎない。
そんな男を少しでも信じていた昔の自分が馬鹿みたいね。
「皆も覚えておきなさい。私がヴィクセント家の当主セレネ・ヴィクセントよ!」
「ほ、本当なのか……」
「この力は紛れもなく異能だ」
「影の力……なんと不気味な力なの」
会場中から不安そうな声があふれ出す。
ここには名のある貴族たちも大勢参加している。
噂はすぐに広まるだろう。
「……」
さぁ、これで後戻りはできない。
するつもりなんてなかったけど、改めて覚悟が決まった。
私はもう、誰も信じない。
信じるのは自分だけで十分だ。
誰の目も、他人の気持ちも気にしたりなんてしない。
私は、私のために生きる。
今回こそ必ずこのループを抜けてみせる。
そのためなら、私はなんだってやれる。
悪役にでもなってやる。
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