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連載候補短編

【連載版始めました!】ループから抜け出せない悪役令嬢は、諦めて好き勝手生きることに決めました

作者: 日之影ソラ

連載版始めました!


https://ncode.syosetu.com/n1195hp/


ページ下部にもリンクがあります。

ぜひぜひお願いします!

 物事には必ず終わりがある。

 作られた物は時間経過とともに劣化し、いつか壊れてしまう。

 命を授かった者も、寿命という絶対の終わりからは逃れられない。

 ただ、終わりがあることは決して悪いことではない。

 終わりがあると知っているからこそ、今を全力で生きようとする。

 明日が来るか不確定だからこそ、今日の最善を尽くす。

 そうして一日一日、一分一秒を全力で駆け抜けることができる。


 命の終わりは、生を輝かせる重要な役割があった。


 ならば逆に、その終わりがなければ?

 例えば同じ日を、同じ人生を何度も繰り返すことが決まっていたら?

 果たしてその時、前向きに生きることができるだろうか。

 きっと難しいだろう。


 少なくとも、私にはできない。

 


「はぁ……またこの光景……ね」


 燃え盛る屋敷の中でぼそりと呟く。

 炎に包まれ逃げ道はなく、見上げた天井もじきに崩れてきそうだ。

 天井が落ちてきたら、私もぺしゃんこになる。

 まぁもっとも、それまで命が持たないだろうけど。


「ぐっ、ふぅ……ぅ……」


 腹部から赤い血が流れ出ている。

 炎の色よりも濃くて、熱さなんて感じられないほど痛い。

 この痛みには慣れない。

 何度経験しても、痛いものは痛いんだ。


 そう……私にとってこれは初めての経験じゃない。

 痛みに苦しみながら死ぬのは、これで九回目だ。


「どう……して……」


 こうなっちゃったのかなぁ……。


 私はある期間をずっとループしている。

 理由はわからない。

 初めてループを経験した時、私はひどく興奮した。

 困惑もあったけど、それ以上に嬉しかった。

 自分の死に納得できなくて、やり直したいと思ったのは確かだ。

 だから奇跡が起こったのかもしれないとさえ感じた。


 でも、二回、三回……四回と経験するうちに恐ろしくなった。

 何度繰り返しても、苦しい死からは逃れられない。

 次こそは、今度こそはと臨んでも、結果はほとんど変わらなかった。

 私は必ず苦しんで死ぬ。

 幸福な終わりなんて訪れない。

 ならせめて、この地獄が早く終わってほしい。


 それすら叶わない。


「……いつまで、続くのかなぁ」


 意識が遠のいてきた。

 お腹の痛みも感じなくなっている。

 死が近づいてきた証拠だ。

 あと数秒もすれば、私は死ぬ。

 ここで死ねば、私はまたあの場所で目覚めるだろう。

 確信はある。

 だって、もう九回も繰り返しているんだから。

 嫌でもわかるでしょう?

 死が終わりにならないことなんて。


「どうせ……また……繰り返す、の、なら……」

 

 好きなように生きてみようかな?


 薄れゆく意識の中で私は強く思う。

 どれだけ望んでも、苦しみのループからは逃れられない。

 いつも誰かに殺される。

 殺されないように取り繕って、嫌われないように全力で愛想笑いをして。

 でも結局変わらない。

 他人の言動に一喜一憂するのは疲れるんだ。

 私の人生なのに、誰かに振り回されているみたいで……もう、うんざりだよ。


 決めた。

 私はもう諦めることにした。

 他人に気を遣うのも、死を怖がるのも止めよう。

 十回目のループは、好きなように生きる。

 邪魔する者は、誰であろうと許さない。

 たとえ自分の手を汚すことになっても、私はループを越えてみせる。


  ◇◇◇


 深い深い水の中に沈んでいって、背中が底に着く。

 その直後に、周りの水が一斉に身体の中に入っていくような感じがする。

 死に戻りから目覚める時の感覚。

 

 私はまた繰り返す。


 確信を持って、意識が覚醒する。

 私は今、目をつむったまま立っている。

 周囲から賑やかな音が聞こえる。

 場所はパーティー会場、目を開ければ正面に――


「セレネ」


 私の婚約者、エトワール・ウエルデン卿が立っている。

 普段はニコニコしている癖に、この時に限って神妙な表情で私を見ている。

 見飽きた顔だ。

 この後、彼が何を言うかも私にはわかっている。

 ループの始まりはいつだってここだ。


「大切な話があるんだ。聞いてくれるかい?」

「……」

「実は――」

「ソレイユと婚約したいから、私との婚約を破棄したいのでしょう?」

「なっ……」


 私に先を越された彼は酷く驚いている。

 事情を知っているギャラリーたちも、つい先ほどまでニヤニヤしていた癖に、一瞬で空気が変わる。


「どうしてそれを……」

「なぜでしょうね? ご自慢の【星読み】で見ればよろしいではありませんか」

「っ……それは……」

「冗談です。貴方にそれができないことを私は知っていますから」


 嫌味を含んだ言い方で、エトワールを責める。

 どうして知っているのか?

 そんなの、何度も同じセリフを聞いていれば嫌でも覚えるでしょう。

 もっとも彼らには理解できないでしょうけど。


「話は以上ですね? それは失礼いたします」

「ま、待つんだセレネ! どこへ行くつもりなんだ?」

「どこへでもいいではありませんか。私はもう、貴方の婚約者ではないのでしょう?」

「……」


 彼は言いよどんで下を向く。

 その通りだから言い返すこともできないのだろう。

 呼び止めて何をするつもりだったのかは気になるけど、どうせ大したことじゃない。

 私は小さくため息をこぼし、彼に背を向ける。

 

「ではさようなら。ソレイユとお幸せに」


 こうして私にとって、十回目のループは始まった。


  ◇◇◇


 ループの原因は未だわからない。

 ただ、仕組みは大体把握できている。

 まずループの開始地点は固定化されていて、必ずあの場所に戻ってくる。

 エトワールに十回も婚約破棄を言い渡され、おかげさまで彼のことがとても嫌いになれた。

 昔の私ならショックを受けていたけど、今は逆に清々しい気分でいられる。

 慣れというのは恐ろしい。

 こんな風に、ループ前の記憶はしっかり引き継がれている。

 そして最も重要なことは……。


 死がループの終わりにはならないということ。


 形や経緯は関係ない。

 殺されようが、事故死しようが、自殺しても結果は変わらない。

 場所や時間、タイミングがバラバラでも同じ結果を生む。

 これまでのループで、すでに色々と試している。

 自死を選んでもループから抜け出せなかった時は、さすがに心が折れかけた。

 その直後は投げやりになって、ループ一回分を無駄にしてしまった。


「今から思えば勿体なかったわね」


 投げやりにならず、試せることを試せばよかったと思う。

 その時は冷静にはなれなかったし、我ながら仕方がなかったと諦めている。


「さて……」


 そうこうしている内に、私は屋敷へと帰ってきていた。

 王都にある屋敷の中で二番目に大きな建物。

 自分の家のはずなのに、どこか他人の家にあがるような感覚がある。

 私はこの屋敷で歓迎されていない。

 貴族の娘が帰ってきたなら、普通は出迎えの一つもあるだろう。

 そもそも自力で帰ってきている時点で普通じゃない。

 ループ以前に、もう慣れてしまったことだけど……。


「なぜお前がここにいる?」

「……お父様」


 屋敷の玄関を潜り中へ入ると、偶然にもお父様と遭遇した。

 この時間に屋敷にいるなんて珍しい。

 今までのループではなかった展開だ。


「パーティーはどうした?」

「つまらないので帰ってきました」

「なんだと?」


 お父様の表情が強張る。

 元から苛立っている様子だったけど、私が生意気な口を利いたから余計に。


「聞き間違いか? つまらないと聞こえたが」

「合っていますよ。とてもつまらないパーティーでした。私にとっては……」

「お前……」

「お父様だって知っていたのではありませんか? 全て」


 エトワールが私との婚約を破棄する話も、ソレイユと婚約をし直すことも、お父様は全て知っている。

 当然だろう。

 曲がりなりにも私の父親で、ヴィクセント家の現当主様なのだから。


「なんの話だ?」

「惚けるのですね。別にどうでもいいことでしょうけど……お互いに」

「セレネ、頭でも打ったか? 先ほどから調子に乗り過ぎだぞ」

「いいえ、もっとひどくて痛いことをたくさん経験してきました。おかげで目が覚めましたわ」


 お父様にとって、私の変化は予想外のものだったのだろう。

 少なくともお父様に反抗的な態度をとることなんてなかったから。

 ちょうど気分も悪かったからか、私が態度を改めない様子を見て、お父様はさらに苛立ちを見せる。

 

「はぁ、どうやら本当に頭でも打ったようだな。また躾が必要か」

「必要ないわ。お父様から受け取る物なんて何一つありません。私はもうお父様の言いなりになるつもりはないの」

「その生意気な口、二度と利けないようにしてやろう」


 お父様が【太陽】の力を発動させる。

 かざした右手の上に、まばゆく輝く光球が浮かぶ。

 

「怪我ではすまんぞ? 謝罪するなら今のうちだ」

「ふっ、それはこちらのセリフです。怪我をしたくなければやめなさい」

「そうか。ならば痛い目をみてもらうしかないな」


 お父様は光球を放つ。

 自分の娘に向って躊躇なく攻撃する。

 そういうところが嫌いで、だからこそ後腐れなく対処できる。


「弱い光ですね」

「なっ、馬鹿な!」


 お父様の放った光球を、私の影が呑み込む。

 まばゆい光は一瞬にして消え去った。

 その光景にお父様が驚愕する。


「なぜお前が守護者の力を! しかも……その力は【影】か!」

「お父様の【太陽】と対になる力です」

「あ、ありえん……ソレイユではなくお前に覚醒したというのか? それも……よりによって【影】の力を」

「ええ、そのようですよ? お父様の思い通りにいかず残念ですね」


 この国で王族に次ぐ権力を持つ六つの家。

 彼らに共通しているのは、『守護の力』という異能を有していること。

 そのうちの一つが、私のヴィクセント家。

 ヴィクセント家が受け継ぐ異能は【太陽】と【影】。

 他の家が一種類に対して、なぜか私の家は二つの異能のどちらかを受け継ぐ。

 と言っても、【影】の異能が受け継がれた例は過去一回しかない。

 その一回が悲劇を生んだことで、【影】の異能は不吉の象徴とされている。


「なんということだ……お前に異能が宿ったことだけでも不運だというのに……」

「世間に知られれば大変なことになりますね? お父様」

「貴様、なぜ笑っている? 何がおかしい!」

「ふふっ、どうしてでしょうね?」


 私に異能が宿っていることを知ったお父様は、そのことを世間から隠した。

 影の異能は不吉の象徴として忌み嫌われている。

 当代に受け継がれたのが太陽ではなく影の異能だと知られれば、周囲の反応は冷ややかなものになるだろう。

 異能によって優遇された地位が揺らぐ。

 だからお父様は私を屋敷に隔離して、外に出さないようにした。

 あわよくば、妹のソレイユが異能を覚醒させることを信じて。

 

「セレネ、その力……いつから使えたんだ? 誰が知っている?」

「まだお父様しか知りませんけど?」

「そうか……それは好都合だ。セレネ、お前は金輪際、この屋敷から出さん!」

「嫌です」


 冷たく否定する私に、お父様は両目を見開いて驚く。

 さっきから驚いてばかりいる。

 そんなに私の豹変が信じられないのでしょうか?

 少しも思わなかったのかしら。

 私がどれだけ耐えているのか……いつか爆発する日が来ることすら考えもしなかったのね。


「くっ、お前……意味をわかって言っているのか?」

「こちらのセリフです。お父様にその権利はありません」

「何を言っている? お前は私の娘で、私はこの家の当主だぞ」

「それは、つい先ほどまでの話でしょう?」


 異能を宿した六つの家柄において、当主になるためには条件がある。

 その条件さえ満たしていれば、性別も、年齢も、出自も、人格すら問わない。

 たった一つ、確固たる条件。


 それは――異能を有していること。


「私はこうして異能を有しています。だから私には当主になる資格がある」

「資格があろうと私が認めることはない。現当主は私なのだ」

「いいえ、お父様の意見なんて関係ありません。だってお父様の異能は、私の異能より弱いじゃありませんか?」

「な、なんだと……」


 異能は受け継がれる。

 親から子に……子供の力が強くなれば、対照的に親の力は弱体化する。

 その後、子供の力が成熟した時、親は力を失う。


「さっきの攻撃も弱々しかったですから。これは力が私に移り、お父様の力が弱くなっている証拠です。弱い異能では、当主を名乗る資格はありませんよ」

「……ふ、ふふっ、そうか。どうやら理解していないようだな!」


 叫んだお父様の身体から、眩い光が放たれる。

 全身から溢れる太陽の力によって、周囲の気温が上昇する。

 

「先ほどの攻撃が全力だとでも思ったのか? 手加減してやったのだ! 娘が相手だからな」

「ふふふっ、面白いことを言いますね? 私のことを娘だと思っていない癖に」

「セレネ! お前は……もういい。お前が異能を開花させた以上手段は選べん! 動けないようにして地下深くに幽閉する」

「残念ですけど、お父様の思い描く未来は訪れませんよ」


 神々しい輝き。

 私も昔は、この輝きを綺麗だと思っていた。

 だけど、今はそう思えない。

 私にとってお父様が放つ光は、目障りでしかなくなっていた。

 

 眩しいだけの光なんていらない。

 消えてしまえばいい。


「光に呑まれろ! セレネ!」

「……いいえ、呑まれるのはお父様です」


 光が強ければ強いほど、私の影は濃くなり強くなる。

 あらゆる光を吸収する漆黒に。

 太陽の輝きだろうと、完全な闇と化した影の前では無力だ。


「光を閉ざせ――影の檻」


 お父様の太陽の力は周囲を熱で溶かす。

 光を高圧縮したエネルギーはすさまじく、強大な力をもつ魔獣ですら一撃で葬る威力がある。

 異能の中でもっとも強く、もっとも他に影響を与える力。

 だけど、その力すら呑み込んでしまう。


 私の足元から伸びる影。

 影は膨れ上がり、光を吸収しながら拡大していく。

 瞬く間に屋敷を包み込んだ影が、お父様の放つ光ごと食らいつくす。


「ば、馬鹿な! 太陽が影に呑まれるなど!」

「だから言ったじゃないですか。お父様の力より、私の力のほうが上です。今の私の前では……お父様の光は淡すぎます」


 影がお父様の身体まで到達し、光ごと覆い隠す。


「く、くそっ!」

「知っていますか、お父様。影の異能には、他の異能を吸収してしまう力があるんですよ」

「や、やめるんだ!」

「お父様の中に残った力も、私がもらってあげますね」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」


 お父様の叫び声も、影に吸収されて消えてしまう。

 辛そうな顔をしている。

 だけどね?

 お父様だって、私に同じことをしたんですよ?

 嫌がる私を、貴方は無理やり殺したことがあるんですから。


「力……私の力が……」


 私に力を奪われ脱力して、お父様は膝から崩れ落ちた。


「情けない声ね。いいじゃないですか力くらいなくなっても……殺されるよりマシでしょう?」

「き、貴様……正気か? こんなことをして許されるとでも」

「ええ、もちろん。だってこれで当主は私でしょう? お父様の許しを請う必要なんてないわ。今日からはお父様が、私に許しを請う番よ」


 お父様の元に歩み寄り、彼を上から見下ろす。

 慈悲はない。

 親子であることすら、今の私にとってはどうでもいい。

 きっと今日のことを知れば、みんなが私を酷い奴だと罵るだろう。

 別にそれでも構わない。

 理解できるはずはないんだ。

 ただ冷静に考えて、誰も自分を殺した相手と仲良くなんてできるはずないでしょ?

 全ての死因がこの人だったわけじゃない。

 それでも、実の娘を殺した男にかける慈悲なんてない。


「セレネ……」

「なんですか? 元当主のお父様」

「貴様!」


 お父様は咄嗟に腰の剣を抜いた。

 その表情は殺意で溢れている。

 本気で殺そうという気持ちが剣に宿っていた。

 私はそれをあざ笑うように、影を纏わせた右手で払いのける。


「無駄よ。今のお父様には私を傷つけることなんてできないわ」

「く、くそっ!」

「まだ諦めないのね? じゃあ仕方がないわ」


 私の邪魔をするなら、誰であろうと容赦はしない。

 どうせ殺されたらループするんだ。

 だったら、殺されないために殺すのだって普通のことでしょう?


 私は影を操り、お父様の身体を縛り上げる。

 力を失ったお父様なんて簡単に捕らえられる。


「ぐ、あ……」

「弱いわね。お父様」


 ここまで圧倒的だと、いっそ哀れだ。

 ループの記憶が頭に流れる。

 お父様に殺されたのは四回目のループだった。


  ◇◇◇


「や、やめてくださいお父様! どうしてこんなことを……」


 四回目。

 私は屋敷の地下で軟禁されていた。

 異能が私に宿っていると知られてから、お父様が私をここに閉じ込めたのだ。

 そしてある時、急に押しかけてきて私を殺そうとしてきた。


「お前のせいだ。お前がいるから、ソレイユの力が覚醒しない。お前さえいなければ、異能はソレイユに宿っているはずなんだ」

「そ、そんな! 私は何も悪いことなんて!」

「黙れ!」


 お父様の怒声が地下室に響く。

 聞こえているのは私だけ、外に声は届かない。

 お父様の声と怒り、殺気を一身に受ける。


「お前が悪いんだ。お前が生まれたから……」

「お父様……」


 お父様が苛立っている理由は、私に力が宿ったことだけではない。

 すでに他の家は世代交代を始めていて、私たちの家だけが遅れていた。

 王族や他の家からもつつかれていたのだろう。

 異能を絶やすことがあってはならない。

 その苛立ちも相まって、私への当たりはより強くなっていた。


「もういい加減うんざりだ。お前がいるせいで、私の人生はむちゃくちゃだ」


 酷い言いがかりだ。

 嘆いているお父様を見て、悲しいのは私のほうだと心の中で思う。


「さぁ、もう死んでくれ」

「お父様……私はお父様の何なのですか?」

「ただの汚点だ。お前なんて、生まれて来なければよかったんだ」


  ◇◇◇


 あの時だって、抵抗しようと思えばできたんだ。

 私は力に目覚めていたし、お父様の力が弱まっていることも知っていた。

 だけど、私は甘かった。

 お父様が本気で私を殺そうとするはずない。

 怒っているように見えても、その奥には愛情があるはずだと。


「信じた私が馬鹿だったわね」

「や、やめるんだ……セレネ! わ、私はお前の……」

「父親でしょう? 知っているわよそんなこと。嫌というほど知っている……だから何? お父様だからって、止める理由にはならないでしょ」

「な、なんだ……と……ごあ」


 苦しそうな声をあげる。

 あと少し、もう少し強く締めあげたら殺せてしまう。

 今ここで殺しても、私はきっと何も感じない。

 むしろ新しい変化が生まれることに期待すると思う。

 躊躇する理由は、一つもない。


「ま、待ってお姉さま!」


 そんな私の手を、響く綺麗な声が止めた。


「……ソレイユ」

 

 泣きそうな顔をして、彼女はお父様の元へ駆け寄る。

 そのまま私とお父様の間に立って、両腕を広げて私に言う。


「やめてくださいお姉さま! お父様に酷いことをしないで!」

「……どうして?」

「どうしてって、お父様ですよ! 私たちのお父様です!」

「知っているわ。貴女よりも前から、嫌になるくらい」


 ソレイユ・ヴィクセント。

 私の妹で、私と違って正妻の子供である彼女はお父様にも溺愛されてた。

 何もかも私とは対照的な扱いだった。

 明るく無邪気な性格も相まって、屋敷以外の人たちにも好かれている。

 そんな彼女を、何度羨ましいと思っただろうか。


 私のお母様は、お父様の愛人だった。

 貴族ではなく一般女性だった彼女と、お父様は肉体関係をもっていた。

 子供を作ることなんて頭になかったお父様は、私が生まれたことに酷く動揺したそうだ。

 お父様は自身の失態を隠すために、私を正妻の子供と偽った。

 小さい頃はまだ、私への態度も柔らかかったと思う。

 ただそれも、妹のソレイユが誕生して変わってしまった。

 ソレイユが生まれたことで、お父様にとって私は邪魔な存在でしかなくなったからだ。


 生まれが違う。

 たったそれだけのことでここまで違う。

 どうして私だけ……。

 ソレイユが優遇されていることにも納得はしていない。

 ただ……。


「どうしちゃったんですか! いつもの優しいお姉さまに戻ってください!」

「優しい……ねぇ」


 どうしても、彼女のことは嫌いになれなかった。

 彼女は何も悪いことはしてない。

 意図的に私を陥れようとしているわけでも、私のことを嫌っているわけでもない。

 ただ思った通りに振る舞っているだけだ。

 何より、彼女自身に悪意は一つもない。

 純粋に私のことも慕ってくれている。

 ループ中も彼女の前では優しい姉として振る舞っていたけど、嫌な気分じゃなかった。

 

 ただ、それでも私は……。


「ごめんなさい、ソレイユ。私はもう、今までの私じゃないわ」

「……お姉さま?」

「私ね? お父様に代わってこの家の当主になったのよ」

「お姉さまが当主に?」

「ええ。貴女も見ていたでしょう? 私の異能……この、影の力を」


 今回は自分のために、好きなように生きると決めた。

 ソレイユのことは嫌いじゃないけど、もし邪魔をするなら……。

 だから今のうちから彼女に知ってもらおう。

 私は優しくなんてないことを。

 怖くて恐ろしい悪者になったんだって。

 私は出来るだけ恐ろしさが伝わるように、影を操り大きな魔獣の形を作る。


「お……姉さま……」

「ソレイユ、貴女も怪我をしたくなかったら、私の邪魔をしないことね」

「……」

「セレネ貴様! ソレイユにまで!」


 縛り付けていたお父様が私を睨む。

 私は小さくため息をこぼし、お父様を影から解放した。


「ごほっ、ごっ……」

「命拾いしたわね、お父様。ソレイユに免じて、今回はこのくらいで許してあげるわ」

「くっ、セレネ!」

「でも、次はないわ。今度私の邪魔をしたら、お父様でも手は緩めないから」


 冷たく殺意を込めて言い放つ。

 最初で最後の忠告。

 聞かなければ、その時はさっきの続きをすることになる。


 さてと……。

 ここでやることは終わったし、そろそろ行きましょう。


 私は二人に背を向ける。


「ま、待て! どこへ行くつもりだ?」

「パーティー会場よ。一つやり残したことがあったのを思い出したわ」

「やり残したこと……だと?」

「ええ。せっかく当主になったのだもの! ちゃんと、外の人たちにも伝えなきゃいけないわ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、お父様に言い放つ。

 お父様は焦った顔をして右手を伸ばす。


「なっ、待つんだ!」

「じゃあ行ってくるわ」


 お父様の制止を無視して、私は影の中に潜る。


  ◇◇◇


 会場ではパーティーが続いている。

 私が去った後も、多少のざわめきを残して。


「なぁエトワール、あの反応はなんだったんだ?」

「わからない。あんな彼女は初めて見る」


 エトワールから事情を聞いていた周囲の貴族たちも首を傾げていた。

 彼らが期待していたのは、悲しむ姿か、慌てふためく姿だったのだろう。

 実際にはそんな素振りは一切見せず、堂々とこの場を去って行った。

 

 そして――


「こんばんは、皆さん」

「セレネ?」


 私は再び、会場へと戻ってきた。

 エトワールを含めて、会場にいた人たちは全員驚いている。

 当然の反応だろう。

 あれだけ堂々と去っておいて、また戻ってくるなんて予想していなかっただろうから。


「どうしたんだい? まさか、さっきの発言を撤回しにきたのかな?」

「ふふっ、そんなはずないでしょう? 貴方との婚約なんて、今の私にはどうでもいいことだわ」

「っ……だったら何をしに来たんだい?」

「挨拶をしに来たのよ」

「挨拶?」

「ええ。ヴィクセント家の当主として」


 言い放つと同時に、私は異能を解放する。

 足元の影を広げ、会場を包み込む。


「こ、これは異能? しかも【影】の……」

「そうよ。これが私の力」

「セレネ……き、君が異能を受け継いで……当主になったというのか?」

「ええ、その通りよ。前当主のお父様の力は失われたわ。今日からは私が当主よ」


 その意味がわからないほど、エトワールも馬鹿じゃない。

 彼はとっくに気付いているはずだ。

 私が当主になったということは、今までお父様にあった権力の全てが私に移ったということ。

 家のことはもちろん、家同士で結んだ約束事にも私の意思が介入してくる。


「安心して、貴方とソレイユの婚約は勝手にすればいいわ」

「な、なんだと……」

「好きにすればいいと言ったのよ。ソレイユと婚約したところで、私にもヴィクセント家にとってもなんの影響もないわ。したいなら勝手にすればいいのよ。好きなら関係ないでしょう?」

「くっ……」


 二人の間に恋愛感情がないことくらい、私は当然知っている。

 エトワールはお父様から事情を聞いていた。

 いずれ当主は私ではなく、ソレイユになることも。

 だから彼も、私ではなくソレイユを新しい婚約者に選んだ。

 この男が見ているのは権力だけだ。

 当主になる人物と婚姻を結び、自分の権力を強めたかったにすぎない。

 そんな男を少しでも信じていた昔の自分が馬鹿みたいね。


「皆も覚えておきなさい。私がヴィクセント家の当主セレネ・ヴィクセントよ!」

「ほ、本当なのか……」

「この力は紛れもなく異能だ」

「影の力……なんと不気味な力なの」


 会場中から不安そうな声があふれ出す。

 ここには名のある貴族たちも大勢参加している。

 噂はすぐに広まるだろう。


「……」


 さぁ、これで後戻りはできない。

 するつもりなんてなかったけど、改めて覚悟が決まった。

 私はもう、誰も信じない。

 信じるのは自分だけで十分だ。

 誰の目も、他人の気持ちも気にしたりなんてしない。

 私は、私のために生きる。

 今回こそ必ずこのループを抜けてみせる。


 そのためなら、私はなんだってやれる。

 悪役にでもなってやる。

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