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 祝杯を上げた翌日。

 早速、件の依頼を出した商会へ足を運んだ。

【アドヴェンス商会】の建物は、中央広場のすぐ近くにあった。

 冒険者ギルドから、事前にジェシーとハルの訪問の連絡がされていたので、すぐに担当者と話すことができた。

 案内された応接室。

 そこで、書類を渡され説明を受ける。

 担当者はキツネのような顔をした男性だった。


「採取してもらう植物というのは、この書類にも記載されているように『花』なのです。

 イラストがあるでしょう??

 これは、買い取った島に派遣した我が商会の職員の一人が描いたものです。

 生憎色は付いていないですが、赤と黒の毒々しい色だった、との事です

 この『花』の採取をお願いしたいのです」


「……花弁の部分は百合に似てますね。

 これは、上を向いてるから【スカシユリ】かな??」


 スカシユリというのは、ユリの一種で育てやすい品種だ。

 目を丸くして、ハルと担当者はジェシーを見た。


「わかるんですか??」


 ハルが訊いた。


「実家で、母さんが色んな花を育ててるんだ。

 世話の手伝いさせられてたから、覚えた。

 つーても、うろ覚えだけどな」


 もしかしたら違うかもしれない。

 なにより、ジェシーが父親の横暴に耐えかねて家を出たのは、今から10年前のことだ。

 12歳の頃である。


「失礼ですが、ご実家は花屋かなにかで??」


 担当者の疑問に、ジェシーはニヤリと笑ってこう答えた。


「花を専門に育てて出荷する農家もあるんですよ」


 ジェシーの実家は、米と芋とその他諸々育てているので花専門ではない。

 担当者はなんとも言えない顔になった。


「まぁ、俺の実家の話は置いておくとして。

 何なんです?

 この花は??

 まさかただのユリじゃないでしょう??」


 わざわざ冒険者ギルドに依頼を出してまで採取する花。

 それも、商会が買い取った島に自生しているだろう花。

 これが買い取った島の調査なら、まだわかる。

 買い取る時にある程度の事前調査を済ませているはずだから、依頼を出して調査させる場合は、なんらかのトラブルが起きた時と相場が決まっている。


「……それが、わからないんです」


「わからない??

 いやいや、そんなわけないでしょう。

【アドヴェンス商会】は王国で一、二を争う大商会じゃないですか。

 お抱えの鑑定士に鑑定させれば一発のはずだ。

 まさか、それを怠った、などとは言わないでしょう??

 それにそもそも、そんな依頼がCランクなんておかしいし、金貨50枚を出すのもおかしい。

 この依頼はおかしいことだらけだ。

 その辺のことも説明してくれませんかね?

 それが出来ないなら交渉決裂ということで、こちらは別にかまわないんですよ?」


 担当者は、苦々しく瞼を閉じた。

 なにか、言おうかどうしようか迷っているようだ。

 やがて、決心が着いたのか長い長い息を吐き出して、担当者は口を開いた。


「花を描いたのは、我が商会の職員だと説明しましたよね。

 その職員は、その島の調査に派遣されました。

 なんの調査かは、すみませんがお話できません。

 ただ、この島にはモンスターはいない、比較的安全な島なのです。

 その島の調査には、その職員を含め二十人ほどで向かい、そして戻ってきました。

 この二十人の中には、船員も含まれます。

 船で往復二週間ほど、滞在に十日。

 合わせて、1ヶ月強の旅程でした」


 そこで神に祈るかのように、担当者は手を組んだ。


「異変は、帰路に起きたと聞きました」


「異変、ですか??」


 聞き返したのは、ハルだ。

 声音はいつも通り淡々としていた。

 担当者は頷いた。


「えぇ、そうです。

 島に派遣された二十人のうち、五人が船の中で変死したのです」


「変死とは、穏やかじゃないですね」


 ジェシーが返す。

 ワクワクが止まらないが、顔に出すことは無かった。

 ジェシーはポーカーフェイスも上手いのである。


「えぇ、その死に様はとかく異常だったとのことです。

 どう異常だったのかと言えば、首が切れ、まさに薄皮1枚で繋がっている状態で発見されたとのことです。

 そして振り分けられた部屋の窓が割られていたという事でした。

 自殺の可能性は低く、しかし第三者――殺人犯が船にいた痕跡も見つかっていないらしいのです。

 五人、全員が全員そのような状態で発見されたのです」


「部屋の状態も、全員同じだったと?」


「えぇ、そうです。

 ただ、これはあとになって別の職員が思い出したことなのですが。

 亡くなった五人の部屋にはこの花の花弁が落ちていたらしいのです」


「なるほど。

 ちなみに、その花弁はありますか?」


「それが、船員がゴミだと思い、海へ捨ててしまったらしいのです」


「ありゃま」


 担当者の説明に、そんな声が漏れてしまう。

 しかし、担当者は気分を害した風もなく、続けた。


「そして、この王都に戻ってきた者たちの中にも死者が出ました。

 えぇ、そうです。

 それが、この花の絵を描いた職員だったのです。

 その職員は自室のベッドで寝たままの姿で、しかしほかの五人と同じ状態で亡くなっていたとのことでした。

 六人に言えるのは、苦しんだように胸元を抑え、のたうち回った痕跡こそあったものの、殺人犯と争った形跡は見つからなかったらしいです。

 部屋のキッチン部分が荒らされた形跡があり、当初は物取りの犯行として捜査がされたのですが、残念ながら犯人に繋がる手がかりはなく、代わりにあの花の花弁が落ちていたとの事でした」


「なんだ、あるんじゃないですか、花弁」


「……それが捜査に来た役人が、事件に関わりのありそうなものとして全て持っていかれてしまったのです。

 聞いたところによると、その部屋は職員が実家から送ってもらった漬物が容器ごとひっくり返って散乱していたとか。

 その中に件の花弁が、溶けかけた状態で落ちていたらしいのです。

 ちなみに、盗まれたものは無かったらしいです。

 ……あの花にはなにかある、そう考えるのが普通でしょう。

 商会としても、それはその通りなのです。

 けれど役人に押収された以上は、報告を待つよりほかはありません。

 そして、その報告は未だ届いていないのです。

 そんなわけで採取依頼を出したのです」


「なるほど。

 しかし、何故Cランクだったのですが?

 そのような曰くが付いているのなら、最初から難易度が高めのAランクにするべきだったのでは?」


「……っそれは、私にもわからないのです。

 ただ上からの指示で、そうするようにと」


 そこで、担当者は一度言葉を切る。

 また大きく息を吐き出した。


「あぁ、そうだ島へはこちらで船を手配します。

 それと、案内役も兼ねて商会の職員を数名同行させます」


 それ以上の説明は出来ないのだろう。

 それが勤め人というものだ。

 ジェシーはポーカーフェイスを続けたまま、


「なるほどなるほど。

 事情はよくわかりました。

 それで構いません。

 この依頼を受けましょう」


 そう言って、手を担当者に差し出した。

 担当者は、ホッとした表情で同じように手を出してきた。

 交渉成立の握手を交わしたのだった。


 そして、一つ気になったことをジェシーは訊ねた。


「あぁ、そうだ。

 そう言えば、花の絵を書いた職員さんですが。

 その職員さんの部屋の窓は割られていたんですか??」


 担当者は答えた。


「そうそう、そのことを話忘れていました。

 実は、その職員の部屋の窓は無事だったんですよ」


 つまり、完全な密室だったわけである。

 その直後、出発は五日後と言われた。

 それまでに、ジェシーとハルは旅立ちの準備をしなければならない。



 ――――――――――……


 貨物船に揺られること三日が経過していた。

【アドヴェンス商会】の用意した船である。

 今から三日前、改めて【アドヴェンス商会】前の広場にて同行する職員と顔を合わせ、挨拶を交わした。

 その後、商会が用意した馬車に乗り込み港へ向かい、この貨物船へと乗船した。

 どうやら、往復二週間の道すがらあちこちで積荷を降ろし、又は乗せて行くようだ。

 その貨物船は最新式の船で、魔道技術がこれでもかと使用されていた。

 海賊と遭遇しても、圧勝できるほどの火力を備えているらしい。


「こんな船が出てくれば、護衛クエストがなくなっちゃうな」


 とは、他ならぬジェシーの言葉である。

 貨物船に使われている技術は、それまで人力で行われていた砲撃を操舵室ですべて操作出来るようになっているらしい。

 そのため、船員も最小限以下で済んでいるとか。

 事実として、これだけ大きな船だと言うのに船員はたったの六人である。

 船長、副船長、航海士、砲撃手、船医、料理人だ。

 他の船であったなら、船の大きさにもよるが大体二十人前後、三交替でシフトを組んで回しているらしい。

 けれど、この船が通る航路は海賊やモンスターの出現する心配がほとんど無い、比較的安全な海域であった。

 また、それらに遭遇したとしても最大火力の魔法攻撃でどうにでもなってきた実績があった。

 船員たちもベテラン揃いだ。


「冒険者、それもあの竜殺しの英雄殿達には些か退屈な旅となるでしょうな」


 初日、これからよろしくお願いします、とジェシーとハルは船長へ挨拶に行った。

 その際、カカカと盛大に笑いながら船長が口にした言葉である。

 事実、二人は暇を持て余した。

 この三日、それぞれに与えられた部屋で思い思いに過ごすか、なんなら部屋を出て船の中を散策するくらいしかやる事が無かった。

 立ち入り禁止区域もそれなりにあったが、散策はそこそこ楽しめた。

 そして、料理もまた美味しかった。

 さらに、同行する商会の五人。

 彼らの話も、なかなか良い退屈しのぎになった。


「海の向こうの他の大陸では、このような技術がふんだんに使われた道具が多種多様にあるのですよ」


 言いつつ、同行者の一人が見せてきたのは手のひらサイズの小さな金属の板だった。


「今は使えませんが、特定の区域に行くとこれが使えます。

 通信魔法が誰でも手軽に使える機械ですね。

 しかし、便利なのは魔力が無くても使える点です」


 つらつらとそんな説明を受ける。

 興味をしめしていたのはハルだった。

 というのも、


「人によっては、これで音楽を聴いたり、文学を楽しんだりします」


 そんな説明を受けたためだった。

 ハルは物語を読むのが好きなのである。

 ハルの反応に気を良くした同行者は、さらに饒舌にこう続けた。


「区域関係なく、こんなことも出来るんですよ。

 そこに二人並んで立ってください。

 はい、笑顔!」


 パシャっという軽快な音が響いた。

 そして、その板の表面を見せてくる。

 そこには、少し赤らめた顔のハルと、ぎこちない笑顔を浮かべるジェシーがいた。


「すごいな、こんなに薄いのにカメラとしても使えるのか」


「えぇ、そうです。

 光やピントの調整も自動でやってくれるので、こうした室内でも明るく写真が取れるのです」


 一人がそう説明すれば、ほかの四人も海の向こうにある様々な国の話を持ち出してきて、大いに盛り上がった。

 とくに、こういったことで話題を積極的に盛り上げるのは女性であった。

 同行者には二名、女性がいた。

 その二名とハルはとても楽しげに会話を交わしていた。

 名物料理、お茶、お菓子、なんなら恋バナなど話題は尽きず、むしろ男性達が無口に見えるほどであった。


 そんなこんなで、行きはあっという間だった。

 途中途中、寄った港も中々に楽しめた。

 そして、乗船から七日後。

 ジェシー達は、目的の島へと降り立ったのだった。

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