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 幸いと言うべきか、ブリッジとは反対方向に食堂は位置していた。

 副船長が通信魔法でナビをして、ジェシーとハルを除く全員をそちらに避難させることとなった。

 しかし、ジェシーは重要なことに気づいた。


「武器を取りに行く暇はないか」


 彼が実家にいた頃から愛用している、(まさかり)

 それを取りに行きたいところだが、生憎そんな時間は無かった。


「……私が取ってきましょうか?」


 ハルがそう申し出た。

 ジェシーは少し考え、


「頼めるか?」


「お安い御用ですよ。

 まぁ、戻るまでなるべく死なないでください」


「誰にもの言ってんだ」


 そんな軽口を叩いて、ジェシーはハルを見送る。

 独りになったところで、ずるずる、と這いずるような音が聞こえてきた。

 ハルを見送ったのとは反対側から、その音は聞こえてきた。

 そちらを振り向く。


【花】が居た。

 心なしか、あの口がニタァっと笑ったかのように弧を描く。

 ジェシーは気配を探る。

 他に、【花】の気配は無い。


「あー、ブリッジ、聞こえてるか?

 たった今【花】と遭遇した。

 他に【花】の気配はない。

 貨物室の様子はどうだ?」


【花】から視線は外さず、ジリジリとゆっくり後ずさりする。

 それに合わせるように、【花】が蔦や根を使って移動しくる。

 ゆっくりと、ジェシーに近づいてくる。

 ブリッジにいる、船長から返答がきた。


 ――反応があるのは、その【花】だけだ――


「了解。

 んじゃ、これから甲板に向かう」


 言いつつ、ジェシーは【花】に背を向け、駆け出した。

 それを感じ取って、【花】もジェシーを追いかける。


(目があるわけじゃなさそうだよなぁ。

 つーことは)


 考えつつ、ジェシーは足元を見た。

 振動を察知しているのか。

 それとも音を察知しているのか。

 聞いた話では、音も振動に入るとかなんとか。

 学のない農家の七男坊にはわからない。

 いずれにしても、【花】がジェシーのことを認識しているのは確かなようだ。

 ジェシーへ、【花】の蔦が勢いよく伸びる。

 ジェシーを絡め取ろうとするが、それを彼はひょいひょいと避ける。

 狭い通路内ではあるが、彼は通路をあるいは通路の壁や天井を蹴って走り抜ける。


 まるで、重力を操っているかのようだ。


 長い長い通路の先にある、外へと続く扉が視界に入った。

 そこまで一気に駆け抜けようとした、瞬間。

 ジェシーの足を【花】の蔦が捕らえる。


「いでっ!?」


 顔面からジェシーはすっ転んでしまう。


「え、うそ、まじまじまじ??!!」


 ズルズルと【花】の方へ引きずられる。

 待つのは、あの口だ。


「ちょちょちょ、タンマたんま!!」


 ジェシーは急いで足に絡んでいる蔦を引きちぎろうとする。

 その間にも【花】との距離は縮まる。


「ふんっぬ!!」


 踏ん張れないからか、それとも引き摺らているからか上手く力が入らない。

 不気味な【花】の口が、もうすぐそこまで迫っている。

 ジェシーを飲み込もうと口を開いて、【花】は待ち構えている。


「だぁぁあ!!

 もうめんどくせぇな、どちくしょー!!!!」


 ジェシーはヤケクソで、【花】の蔦を片方の手で掴む。

 同時にすぐそこまで迫っていた【花】の花弁をもう片方の手で掴んだ。

 それを勢いのまま投げ飛ばす。

【花】は天井にぶち当たり、ジェシーから見て頭部より少し先で落ちた。

 蔦もこの時に力を失って解けた。

 ジェシーはこの期を逃さず、【花】を飛び越えて入口へ走った。

 開け放った扉。

 まず視界に入ったのは、どこまで続く空と海の青。

 そこから甲板へと走る。

 甲板はすぐそこだった。

【花】も、追いかけてきた。

 広々とした甲板に出る。

 船が勢いよく波に乗り、海水が舞う。

 それを受けて、【花】が苦しそうに身もだえたように見えた。

 しかし、ジェシーを食べることを優先させたらしい。

 また蔦を伸ばしてくる。

 今度は、何本も。

 それを避けつつ、ジェシーは花を蹴り飛ばすが、しかし海に落とすには勢いが足りなかった。

なによりも、決定打に欠けた。

せめて、【花】の動きを止めるための一撃がほしいが。

船を破壊する恐れがあるので、攻撃魔法はなるべく使いたくなかった。

そうなると、殴る、蹴る、投げ飛ばすくらいしか方法がないのである。


「こんなことなら除草剤も持ってくりゃよかった」


どーすっかなぁ、と打撃を続けながらジェシーは考えを巡らせる。

その時だった。


「ジェシー!

持ってきましたよ!!」


相棒の声が届いた。

見れば、少し離れた場所にハルがいた。

重そうにジェシーの(まさかり)を引きずっている。

それを、グルグルと体を回して投げて寄越してきた。


「ありがと、ハル!!」


投げられた鉞は、吸い寄せられるかのようにジェシーの手に渡る。

それを握り、ジェシーは【花】を見た。


「んじゃとっとと雑草片付けるか」


ジェシーは【花】へ飛びかかる。

同時に、鉞を振るう。

決着は一瞬でついた。

【花】がざく切りになり、倒れる。


と、そこに波飛沫が飛んで花にかかった。

花が溶けていく。

海へと投棄する手間が省けた。

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