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 王都の端の端にある、掘っ建て小屋のような粗末な家。

 そこから楽しげな声が漏れ聞こえてきた。


「カンパーイ!! イェイ!!」


 もう何度目になるか分からない音頭をとる。

 頑丈そうな二つのマグカップが音を立てた。

 音頭を取ったのは二十歳程の青年だった。

 乱雑に切られた黒髪、そして真っ黒な目をした、The・平凡を絵に書いたような容姿の青年である。

 対して、テーブルを挟んで同じようにマグカップを持つのは銀色の髪と赤い瞳、褐色肌の少女である。

 こちらの方は、歳の頃十代半ばくらいだろうか。


「ジェシーは、いつでもハイテンションですね」


 冷ややかというよりは、淡々と少女はそう言ってマグカップに口をつける。

 こちらはどちらかと言うと、ローテンションだ。

 少女が口にしたのは、蜂蜜酒(ミード)である。

 一方、青年――ジェシーも一気に酒を煽った。

 こちらの方は、麦酒(ビール)である。

 口の周りにまるで髭のような真っ白な泡がつく。

 それを袖で拭ってから、ニコニコとジェシーは相棒である少女を見た。


「ははは。

 たしかに、毎日楽しいからな!

 けれど、今日は特別だ。

 そうだろ、ハル??」


 快活に笑って、空になったマグカップにビールを注ぐ。

 そして、またグイッと飲み干した。

 それから、テーブルに所狭しと並べられた料理へ手を伸ばす。

 これらはジェシーが作った、ご馳走である。

 少女――ハルの大好物が、これでもかと並んでいる。

 ハルはチビチビと蜂蜜酒(ミード)を口にしながら、頷いた。

 この二人は、冒険者である。

 つい先日、大きな仕事を一つ片付けたのだ。

 今日の祝杯は、その仕事の成功を祝ってのものだった。


「でも、ドラゴンを倒したのはジェシーで。

 私は、なにもしていないですよ」


 高ランク冒険者ですら、倒すのに苦労するドラゴン。

 その討伐依頼を受け、見事達成したのだ。

 しかし、ハル自身はほとんどなにもしていない。

 彼女が行った仕事と言えば、ドラゴンに関する情報を集め、分析し、それらをジェシーに報告しただけだ。

 彼女のステータスに表示される職業は【回復術師(ヒーラー)】と【盗賊(シーフ)】である。

 そのため、回復役としてドラゴン退治の現場にも同行したのだが、怪我を負うこと無くジェシーが件のドラゴンを倒したために、ほとんどやる事が無かったのだ。

 そのため、彼女が口にした『なにもしていない』というのは、謙遜でもなんでもなく事実であった。

 しかし、そんなハルにジェシーはパタパタ手を振って、こう言った。


「情報やらなんやら揃えてくれたじゃん!

 それに、突然変異種で俺の武器が効かないかもって事前に分かってたから対処もできたし」


 なんてことを言って、今度は身振り手振り加え、さらに少し芝居がかった口調で、こう言ってきた。


「俺一人だったら絶対、


 やっべぇぇえええええ??!!

 死ぬ死ぬ死ぬぅうううう?!!

 なんで攻撃通らんの?!


 って、パニクってベソかいてたと思うぞ??」


 そこでようやく、ハルがクスッと笑った。

 今回討伐したのは、ジェシーが言ったように突然変異種のドラゴンで如何なる攻撃も効かず、そのため幾人もの一般人や冒険者が犠牲となっていた。

 さすがに事態を重く見た国が軍隊を派遣してくれたものの、それすらドラゴンは壊滅させてしまったのだ。

 もはや打つ手無し、と思われたのだが。

 それを、ハルが収集した情報をもとに、考察し弱点を見出して呆気なく倒してしまったのが、ジェシーであった。

 そう聞くと、さぞ高名な英雄だろうと思われるが、違った。

 彼の職業は【農民】である。

 そう、最底最弱職業として君臨している【農民】だった。

 ドラゴンを倒した後も、ステータスの彼の職業欄は変化すること無く、【農民】のままだった。

 不正かなにかを疑われるところだが、しかし冒険者ギルドの鑑定水晶にそんなことは通用しない。

 念の為にと、超有名な鑑定士を呼んで鑑定してもらったが、彼の職業は【農民】で間違いなかった。



『ハルの集めてくれた情報のおかげです。

 あとは、強いて言うなら、長らく実家にいて、さらに実家の方ではドラゴンは畑を狙う害獣扱いでもあったため倒すことに慣れていたからかと思います』


 これは、ドラゴン討伐の英雄としてジェシーが王様に呼ばれ、なぜ倒すことが出来たのか問われた時に返した言葉である。

 そう、彼はドラゴンどころか他の国が滅びかねない、【災害級】と呼ばれる魔物退治、というか駆除にとても慣れていたのだ。

 しかし、ステータスに表示される職業のために弱いと思われていた。


「今回の報奨金で、ようやくこの掘っ建て小屋ともおさらば出来るしな!」


 ジェシーは上機嫌である。

 冒険者一本で頑張るんだ、と妙な縛りをしていたため、収入面で、いわく付き格安物件だったこの掘っ建て小屋くらいしか住むところが無かったのである。

 ジェシーの言葉に、ハルは首を傾げた。


「え、引っ越すのが先ですか??」


 ジェシーは首を横に振った。


「いいや。

 この仕事を終えてからだ」


 なんて言って、ジェシーはどこからとも無く依頼書を出てきた。

 ハルはそれを受け取って、目を通す。

 今度は怪訝な顔になった。


「植物の採取??」


 ハルは依頼書を見つめる。

 そこには、


 ■■■


【孤島に植生している指定植物の採取依頼】

 〇難易度ランク

 《Cランク》


 〇依頼内容

 ・アドヴェンス商会が最近買い取った島。そこに生えている指定された植物の採取依頼です。

 ・指定された植物に関しては、発見できなかった際はその旨を報告書にて提出していただきます。

 ・指定植物の詳細情報は、この依頼を受注後、依頼主から説明させて頂くとのことです。


 〇依頼達成条件

 ・指定植物の採取

 ・報告書の提出

 ※発見できなかった場合でも、報告書を提出すること


 〇報酬

 金貨50枚


 〇受付場所

 ・リスティーニ王国 冒険者ギルド

 ・エレミーア皇国 冒険者ギルド

 ・テニヴィス民国 冒険者ギルド


 ■■■



 こう言った内容が記されていた。

 ハルが首を傾げた1番の理由、それは、


「ジェシーらしくないですね」


 というものだった。

 ハルとジェシーの付き合いは、まだそこまで長くない。

 しかし、彼が受ける依頼については知り尽くしていた。

 ジェシーが好んで受けるのは、魔物の討伐依頼が中心なのである。

 それこそ、ドラゴン退治の依頼だって真っ先に受けようとしたのは彼だった。

 しかし、職業を理由に断られ続けたのだ。

 だが、事態が進むにつれ、二進も三進もいかなくなってようやく受注できた経緯がある。

 断られ続けてる間も、彼はスライムだとかゴブリンだとかを討伐していた。


 つまり、彼は、それだけ討伐依頼が好きなのである。

 少なくとも、ハルがジェシーと組んで以来こういった、言ってはなんだが地味な仕事は受けていなかった。

 だからこそ、珍しいと思い、一体全体これは何事だ、と首を傾げたのである。


「おや、俺らしいってのはどんなことを言うんだ?」


 楽しげに返され、ハルは考えた。

 また、チビチビと蜂蜜酒(ミード)を口にし、なんならご馳走をモグモグと食べて、答えた。


「命知らずの愉快犯、みたいな」


「酷い言われようだ!」


 ジェシーは大笑いした。

 しかし、このハルの批評は的をえていた。

 彼は討伐依頼に命を懸け、死ぬかどうかという瞬間(スリル)を楽しむために生きているのだ。

 自分の命をどれだけ危険にさらせるか?

 そんな挑戦をしているようにも、ハルには感じられた。


「でも、ジェシーがこんな依頼を受けるのは不自然というか」


 ハルは、やはり淡々と自分の意見を述べた。

 ニコニコとジェシーが答える。


「不自然、不自然かぁ。

 そっかぁ。

 まぁ、この依頼を選んだのにはいくつか理由がある」


 ジェシーは人差し指を立てて、説明する。


「まず一つは、Cランクにしては報酬がいい」


 報酬は金貨50枚である。

 通常のCランクの報酬は、高くても銀貨10枚くらいだろう。

 銀貨100枚で金貨1枚となる。

 破格と言っていい額だ。

 ちなみに、金貨一枚がだいたい一般家庭の年収に値する。

 ジェシーは、今度は中指を立てた。


「二つ目、指定植物の詳しい記載がない。

 わざわざ、『受注後に』なんて書いてるのも怪しい。

 危険な匂いがプンプンして、楽しそうだ」


 二つ目の理由に、ハルは納得する。

 採取依頼の場合、ほとんどの依頼書にその詳細情報が記載されているのだ。

 それが無い、というのはたしかに変だ。

 そして、ジェシーは薬指を立てた。

 三つ、指が立っている。


「三つ目、この依頼がCランクだから」


 ここで、ハルは再び不思議そうに首を傾げた。


「え??」


 なんなら声にも出てしまう。


「Cランクだから??

 ジェシーの個人的な理由じゃなくて??」


 え、そっちなの? とばかりにハルが問う。

 ジェシーは大仰に頷いてみせた。

 本人がそういうのなら、そうなのだろう。

 ハルはそれ以上は聞かないことにする。

 短い付き合いだが、ジェシーという男はそのおちゃらけた雰囲気からは想像出来ないほど、口が固い。

 なんなら、相棒となったハルにすら自分のことをあまり話さないのだ。

 ドラゴンを害獣として駆除する村が実在するなんて、ハルは信じていなかった。

 あの伝説の勇者のような強さはどこで手に入れたのか。

 そんな疑問を振ると、いつも出てくるのは彼の実家の話だった。

 どうやら、本当のことを話す気はないらしいと分かってからはその話題を振ることは無くなった。

 しかし、まさか王様にまでその話で押し通すとは思っていなかった。

 アレには、さすがのハルも度肝を抜かれた。

 もしかしたら不敬罪とか、偽証罪で捕まって処刑されるかもと心配したほどだった。

 幸い、王様が冗談の通じる人だったので、『そういうことにしておこう』と言われただけだった。

 けれど、時折ジェシーは依頼を選ぶ時に『俺の個人的な理由』をあげることがあった。

 今回もそれかと思ったのだ。

 しかし、どうやら違うらしい。


「前二つの理由と被るんだが、こういった採取依頼は基本的にEランクかDランクが相場だろ??

 Cランクの採取依頼が無いわけじゃないが、やっぱり報酬が釣り合っていない。

 この金額はどう考えてもAランクだ。

 明らかにおかしいだろ。

 元々はAランクで依頼を出していたのに、人が集まらなかったから、Cランクまで落としたのか。

 他に理由があるのか」


「他の理由って??」


「さてね」


 見当はついてるようだが、どうやら言う気はないらしい。


「それは直に会って聞いてみようじゃないか」


 そう続けたジェシーの顔は、とても悪い笑顔だった。

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