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オンライン会議と吸血鬼

作者: 冷瑞葵
掲載日:2021/11/15

 血浦暁は、一見どこにでもいる会社員である。彼は、昨今の混乱の中で、普通とは少し違う悩みを抱えていた。


 オンライン会議と相性が悪い。


 テレワークが増えるのは仕方がないと、わかってはいた。血浦自身に感染症の恐れはほぼないが、うつしてしまう可能性がないわけじゃない。うつすリスクを背負ってまで出勤したくはないというのが血浦の考えである。

 しかし、オンライン会議だけは毎回苦痛だ。それも、回を重ねるごとに苦しみが大きくなる。


 血浦はカメラに映らない。何十人もの色の中に、一か所、無機質な壁が映し出される。意味がないから、血浦だけはいつもカメラがオフになっている。

 不幸中の幸いと言うべきか、音声はまだらに通るようで、一応の意思疎通はできた。

 それでもみんなと同じように参加することができない。血浦ははっきりと、見えない境界線を感じていた。


 彼は吸血鬼なのである。







 吸血鬼は少数ながら実在する。それも、現代の人間社会の中に存在している。


 彼らは十分な鉄分さえあれば人間を襲うことはない。

 サプリメントを毎日欠かさず摂取し、歯の裏に鉄製の金具を装着して絶えず鉄分を補給する。昼間に外へ出るときは日焼け止めを塗り、日傘と帽子を必ず身につける。十字架やニンニクにはなるべく近づかない。

 それさえ守れば、人間とほぼ同様の生活を送ることができる。鏡やレンズに映らないので困りごとが全くないわけではないが、血浦含め、彼らは人間たちが思っているよりも「普通に」生活している。

 だがそれは通常時の話だ。今は状況が特異すぎる。


 さて、吸血鬼が人間に害をなさないからと言って、吸血鬼が忌み嫌われないわけではない。

 血浦の同僚のうち何人かは、血浦の正体を知っている。皆いい人で、血浦のことを同志として受け入れてくれた。それでも、次に正体を知った人がどんな反応をするかわからない。だから吸血鬼は正体を隠して生活する。


 吸血鬼が正体を隠す理由はそれだけではない。吸血鬼を、その希少性のために狙う者がいるのだ。

 彼らは、吸血鬼をさらっては研究に利用するのだという噂である。「吸」血鬼を「研」究する者という意味で、研”吸”者などと呼ばれている。



 現代における吸血鬼は人間の脅威となる化物どころか、人間をある意味で恐れ、細々と隠れながら生活する弱い存在だ。


 弱い存在だから、吸血鬼を守る組織が存在する。当然血浦も保護されている。

 奇妙であるが、その組織は洒落を込めて「教会」と名乗っている。十字架のない教会である。研吸者から吸血鬼を守る他、サプリメントや鉄の配布等を行って人間社会での生活を支援する。


 しかし教会は現在、一切の活動をできていない。

 というのも、吸血鬼が一般にITに弱いこともあって、教会自体も昨今のオンライン化についていけていないのだ。

 以前は吸血鬼たちが各々人ごみに紛れて教会の拠点へ行き、サプリメント等の支援を受けていた。

 今は出歩く人が少なくなっており、いちいち拠点へ赴いていては目立ってしまう。目立ってしまっては、研吸者に見つかる危険性が高まる。

 暗くなってから動こうにも、今は夜出歩くとひんしゅくを買うし、かえって注目を浴びてしまう。

 サプリメントなどは家に届けられたらいいのだが、情報漏洩に注意しないと家の場所がわかってしまうので、最終手段とされていた。


 仕方のない状況ではあるが、吸血鬼からしてみればかなり難しい状況である。

 残りのサプリメント数を数え、必要最低限の粒を喉の奥に流しこむ。フライパンでも釘でも、鉄製の物なら何でも口に含む。オンライン会議では自分だけが画面に映らない。

 そんな生活が続き、さすがに血浦にもストレスも溜まっていた。



 だから、教会名義のメールが携帯に届いたときは、心の底から喜んだのである。







 ある日、血浦にメールが届いた。釘の頭をくわえながら、会議資料のアウトラインを考えていたところだった。

 差出人は、「保護団体『教会』」とある。件名は「ご連絡が遅くなり申し訳ございません」。血浦は、心臓が動きを止めるのを感じた。


 メールの内容は以下の通りである。


―――


 対象者各位


 いかがお過ごしでしょうか。保護団体、「教会」です。

 諸事情によりランダムなメールアドレスを作成・使用しております。ご理解ください。


 本日は、特殊なカメラのご案内のためご連絡を差し上げます。


 昨今、対象者様方からレンズに映らないことに関するご相談が増加いたしました。

 そこで、特殊なウェブカメラを開発いたしました。対象者様方をカメラに映すことが可能です。

 希望者に無料で配布いたします。配布を希望される方は、以下のURLから、必要事項をご記入ください。

(URL)


 以上、よろしくお願いいたします。

 なお、ご返信は不要です。


―――


 思わず血浦の頬が緩む。どんなに意識しても、緩みを止めることができなかった。

 教会からようやく手を差し伸べられたと思ったら、今の自分の最大の悩みをも解決してくれるという。こんなに素晴らしいことがあるものか。



 こんなに素晴らしいことが、あるものだろうか?



 血浦はURLを選択しかけ、一瞬ためらう。


(さすがに怪しくないか?)


 教会から血浦にメールが届くのはこれが初めてだ。ランダムなメールアドレスを使うことについて、理解はできる。足がついてはいけないから。理解はできるが、それは教会以外の者も簡単に教会を名乗ることができるということだ。


 そう、例えば、研吸者とか――。


(いや、それはないか)


 血浦はフルフルと首を振る。研吸者が自分の《《この》》アドレスを知るわけがない。


 メールは、血浦の教会用アドレスに届いていた。これは連絡用として教会に登録した以外、他で用いたことも、誰かに存在を話したこともない。

 だから、このメールは教会からのもの以外にあり得ないのだ。


 血浦はURL先へ飛んだ。なるほど、このウェブカメラ本体や配布に関する詳細な情報が、シンプルに整然と説明されている。


 次のオンライン会議は明後日である。血浦は必要事項を記入し、2日で受け取れるものだろうかと、それだけを心配した。







 その、少し後の話。舞台は血浦の同期の家に移る。


「つまんねぇなぁ」


 そう呟く彼の名は家川桐人。血浦の同期の中で唯一血浦の正体を知る者だ。


「なぁんか暗いし」


 家川は仕事を後回しにして、テレビを見ていた。バラエティ番組の合間のニュースで、世界の気の滅入るような様子が映し出される。


「飲みに行きてぇ!」


 家川は思い切り後ろに伸びをして、存外近くにあった壁に勢いよく両手をぶつけた。


「いったっ」


 手が少し赤く腫れる。あぁこれは、いい加減仕事をしろと先輩たちが怒っているのかもしれない。家川は最大限の面倒臭さを込めてため息をついた。こんなに赤くなってるんで俺休みまーす。などと家川が返して、真面目な血浦の仕事が増えるのがお決まりだ。


 家川は手首をクルクルと回してみる。特に支障ない。家川はまたため息をついて、ようやくパソコンを取り出した。


 まずはメール確認かなぁと見てみると、丸一日近く経っている上司のメールがいくつか溜まっている。やべぇ、これは本当に怒られるぞと冷や汗をかく家川の視線は、2番目に新しいメールに止まる。


「保護団体、『教会』?」


 なんだそれ、新手の迷惑メールか? 件名は謝罪しか書いていないし、内容はよくわからないし、妙なURLも貼ってある。


 訝しむ家川だが、同時に好奇心をそそられる。


「幽霊でも映るのか?」


 吸血鬼が鏡やレンズに映らないことは血浦から昔聞いたはずだが、残念ながらそれとこのメールを関連づけられるほど、家川は頭が良くない。


 何がともあれ、何かが映っても映らなくてもネタにできそうだと、家川はカメラを申し込むことにした。







 さて、血浦が頼んだカメラは、オンライン会議の1時間前に無事届いた。覚束ない手際で急いでカメラの設置を済ませ、会議の開始前ギリギリに参加する。


(どうか映りますように)


 そんな血浦の不安は杞憂に終わり、血浦のどこか緊張した面持ちが鮮明に画面に映し出される。

 血浦が興奮するのはもちろんだが、同僚たちも平静ではいなかった。特に血浦の正体を知る者は驚きを隠しきれず、喜ぶより前に、前情報との矛盾に怪訝そうな顔をした。


「あれ? 今日は血浦先輩、カメラオンなんですね!」


 初めに血浦に声をかけたのは、雪丑賢也という後輩である。純粋でかわいい後輩だが、血浦は正体を明かすのはまだためらっている。

 雪丑の明るい声で、他の同僚もようやく心からの笑顔を見せた。


「あぁ、……でカメ、……さっき来て」


 マイクは替えていないので音質は変わっていない。血浦の声はうまく届かない。

 しかし何十もの人の中に自分が普通に並んでいることがうれしくて、構わず話に花を咲かせる。雪丑を始めとして皆いつも以上の笑顔で語り合い、会議の開始は結局10分ほど延びた。


「はい、さて! そろそろ会議を始めましょうか」


 司会担当が画面の向こうで手を叩いた。えーっと、と参加者を確認して言葉を続ける。


「皆参加してるかな。家川くんからは遅刻すると連絡を受けています」


 こうして予定よりも遅く始まった会議は、予定よりも早く進んだ。

 しかし順調には終わらなかった。







 順調に進まなかった、というのも、家川がまとめを行うころになってようやく参加したのだ。おいおい、ここまで来たら休めよなどという文句は、家川のカメラがオンになって静まり返った。


 人の形をしていない。


 形だけではない。色もところどころおかしくて、煙のようなヘドロのような、おどろおどろしい姿をしている。目鼻口は何とか判別できるから、それがかえって恐ろしい。


皆の怯えで固まった顔を見て、家川はあぁ……、と頭を掻く。


「……、あ、これウケないっ、すね。すいません」


 家川はカメラをオフにした。

 家川だけが映っていない画面の中で、形式的なまとめだけ行って、誰も退出することも言葉を出すこともできず、気まずい時間が流れた。


「あはは、家川先輩、どうしたんですか」


 いつものように明るい雪丑の声が、若干ぴしゃりとした冷たさを持つ。カメラが合ってないんですかねと笑ってはいるが、ほのかに家川に対する怒りがにじんでいる。家川のごめんという声が小さく聞こえる。


「ね、皆さん帰りましょ! 僕このあと用事あるんですよ!」


 雪丑のあとに俺も、私もと声が続き、お疲れ様の言葉でとうとう会議は終わりになった。


 予定よりも5分遅い終わりだった。







 オンライン会議が終わってすぐ、血浦は家川にメールを送った。よければ2人で通話しないかと。

 家川の様子がおかしかったので心配して、というのが大きな理由だが、もうひとつ、違和感を払拭したいというのも理由だった。

 メールで話し合うことも考えたが、ログが残ってしまうのは避けたい。


(私にカメラが届いたのが今日で、家川のカメラがおかしくなったのも今日)


 果たして無関係だろうか。血浦の心に不安が広がって、一昨日の自分は楽観的過ぎただろうかと自己嫌悪に苛まれる。


(いや、しかし私は確かに映ったから)


 血浦はゆっくりと深呼吸を行う。


(杞憂ならいいが)


 家川の返信まで、そう時間はかからなかった。カメラを付け替え終わるまで待ってくれと、家川にしては簡素な内容だった。







 ほんの数分待って、テレビ通話が始まった。

 家川はカメラを付け替えて、無事人間の姿で画面に映る。血浦は一瞬悩んだが、結局カメラはオフにした。


 先に口を開いたのは家川だった。


「カメラ、さ、どうしたの」


 歯切れの悪い質問だ。


「映ってたじゃん。今日。ずっとカメラオフだったのにさ」


 何に気を使っているのか、言葉を選びながらぽつぽつと文を羅列する。深刻そうな表情に、黒い画面の中で血浦の表情も思わず硬くなる。


「……そっちこそ、今日どうしたんだ」


 血浦は質問に質問を返す。ひとつ大きく深呼吸をして、言葉を続ける。


「メールが届いたのか」


 自分の声は、はっきりとは相手に届かない。なるべく大きな声で、震える声を抑えながら本題を切り出した。


 気まずい沈黙が続く。家川はしばらくフリーズして、通信環境が悪いのかと血浦が心配したころ、あぁあと天を仰いだ。


「やっぱそーいう感じ?」


 絶望交じりのその声に、血浦は目の前が暗くなる思いがした。家川はなるべく暗くなり過ぎないようにと、言葉を続ける。


「いやぁ、俺もさ、アホなりに考えてみたのよ。映らないものが映るカメラを使ったら俺は映らなくてさ、代わりに映らないはずのお前が映っててさ」


 いや、俺マジでバカだわ。対象者ってそういうね。あぁ、なんで気づかないかなぁ俺。

 次々と並べられる言葉は、特に血浦に向けてのものではないのだろう。天井を睨みながら発せられる独り言を、血浦はしばらく黙って聞いていた。


「本当にその、教会っていうの? が、助けてくれたんならいいけど。いいニュース――って感じじゃあ、ないよな」


 俺にもメール届いてるしなぁ。本当に保護団体なら部外者に情報送らないよなぁと、家川の嘆きは止まらない。


「どうしたらいいと思う」


 頃合いを見て、血浦はようやく口を開いた。家川は窮地に陥ったときに血浦では思いつかないことをやってのける。いざと言うときには頼りになるのだ。


 うん、そうだな、ちゃんとしなきゃな。

 そう言ってようやくカメラに顔を向けた家川は、頼りになるときの顔をしていた。







「メールの送り主はわかってるん?」


 家川は頭を掻きながら尋ねた。頭を掻くのは、彼が思考を巡らせるときの癖である。

 血浦はわずかに身を乗り出した。そんな様子も、画面に映ってはいないのだが。


「心当たりがあるとすれば、研吸者と呼ばれる人たちだ。吸血鬼を研究するという噂は聞いたことがある」


「おっかねぇなぁ」


 血浦の返答に家川は一層強く頭を掻いた。血浦は次の言葉を待つ。

 家川は数秒ほどでぴたりと動きを止める。


「その人らは、カメラを送りつけてなんかいいことあるの?」


 血浦はハッと息をのんだ。

 そんなの、特にメリットなど、あるはずがない。


 だがほのかな希望は、家川の待て待てという声にかき消される。


「本当に教会とやらなら、俺にメールは届いてないだろ。俺が言いたいのは、研吸者ってやつらはカメラで何をしたいのかなってこと」


 そうか、そういうことか。血浦は落胆したが、同時にはてと首を傾げた。

 吸血鬼が映るカメラを作成して、それを配布して、研吸者は何がしたいのだろうか。いや、そもそも。


「研吸者だって、広く知られちゃ困るはずだ」


 吸血鬼に正体が悟られれば逃げられてしまうし、非人道的なこともしているのだろうから世間一般にも知られたくないはずだ。そもそも吸血鬼なんて世間から見たらおとぎ話のような存在を研究する機関など、どんな目で見られるかわからない。

 不特定多数にメールなど送るだろうか。


「メールの送り先は、厳選されてたのかもな」


「つまり?」


 血浦に聞き返されて、家川はまたポリポリと頭を掻く。


「吸血鬼かもなぁってやつに、メールを送るんだよ。俺もお前も、目をつけられてたのかもしれねぇ。メアドがどこで漏れたのかはわかんないけどさ」


「とすると、何のためにカメラを?」


 血浦自身も頭を働かせようとはするが、こういうときの家川には及ばない。


「誰が本当の吸血鬼か、確かめるため?」


 家川は自身の言葉に、「そっかそういうことか!」と大きく手を打った。血浦は何が何だか理解できていない。


「カメラ自体には何も意味はないんだ! 単なる手段なんだよ」


「手段?」


「そ。カメラに映ったら吸血鬼、映らなかったら人間ってこと」


 やっと理解できた血浦の背筋が凍る。恐ろしい話だが、ありえなくはない。喉に何か詰まって言葉が出ない。


「待てよ」


 家川の一人語りは続く。



「どうやって俺たちの画面を確認するんだ?」



 家川の言葉と同時に、血浦の部屋にインターホンが鳴り響いた。







「出るなよ」


 家川が厳しく、冷静に指示する。


「カメラに盗聴器が入っているのかもしれねぇ。映像はリアルタイムで送ってるか、あるいは――」


 家川は難しい顔をして黙りこくった。頭を掻いて深くため息をつく。


「俺もそっちに向かう。5分もあれば着くと思う。絶対に扉は開けるな」


 ちょっと待て。血浦が引き留める前に、家川との通信が切れた。


 血浦は一人残された部屋で目を覆った。一人になると、今日一日の出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡る。


 しかし物思いにふける余裕はない。突如、窓に取り付けた防犯ブザーがけたたましく鳴り響く。次の瞬間には、窓ガラスが割られて2人の見知らぬ人が侵入してきた。


「――は!?」


 馬鹿な。血浦の部屋は高層マンションの5階にある。窓から入るとは。たまらず叫び声をあげた血浦に、2人の侵入者が襲い掛かった。

 しかし、血浦は曲がりなりにも吸血鬼。2人の人間から逃げるくらいは造作ない。本来であれば。

 血浦の二の腕に、火傷のような痛みが走る。


――十字架か


 この状況ではいつまで逃げ切れるかわからない。やむを得ず、血浦はドアから部屋の外に出た。


「血浦!? 外に出るなっつたろうが!」


 家川の声だ。ちょうど到着したらしい。


「窓から入ってきた!」


「はぁ!?」


 2人の侵入者はなおも血浦を狙い続ける。家川が後ろを振り返ると、5人ほどの人間が彼を追いかけている。


 退路を断たれた。そう判断すると同時に、家川は、血浦の袖を無理やり掴んで床のない所へ投げ出した。次いで自身も身を投げる。


「やばいって! 羽とか出ねぇの!?」


 理不尽に叫ぶ家川の横で、血浦は無謀と思いながらひたすらに念じた。


(羽、出ろ! 羽出ろ!)


 血浦は願い続けた。グワンと体が天に引っ張られる。いや、落下の速度が落ちた。黒い羽根が天を舞う。



 血浦の背に、羽が生えた。




 血浦は騒ぐ家川をなんとか引き上げ、ゆっくりと着地する。


「うおぉー! お前すごいな! 生きてる! よし、この調子で――」


一人盛り上がる家川に対して、血浦は着地するなりしゃがみ込んだ。


「――血浦?」


 血浦は苦しそうにあえぎ、ついには倒れた。自我をほとんど失った血浦は、これまでに感じたことのない空腹を感じていた。


「彼らを捕らえてください」


 聞き覚えのある声がする。声のする方には、雪丑が立っていた。


 血浦と家川はなすすべなく彼らに捕らえられた。







「俺たちの監視のために入社したのか」


 捕らえられて数日経ち、家川は雪丑と話す機会を得た。やはり彼らは研吸者で、雪丑はその一員らしい。


「そうですね。特に血浦先輩は、教会にアドレスを登録されていましたので」


「なんでそんなことお前が知ってるんだよ」


「情報管理がずさんなので」


 想像以上に簡単にハッキングできましたと言って、雪丑はあははと笑った。


「血浦をどこにやった!」


「聞きたいんですか?」


 押し黙った家川に、雪丑はまた笑う。


「あぁそう、実は誰かさんのせいで経営難だったんですけど、今回のことを近所の人が見ていまして。家川先輩が落ちる動画が出回ってるんですよ」


 雪丑は動画を見せた。途中から不自然に落下速度が低下している。


「吸血鬼が今の世界混乱の原因だとか世論が高まっていて。経営に光が差すかも」


 雪丑はフフフとうれしそうに笑って、さて、と家川を見下ろす。


「ひとつ交渉をしましょう。僕らはあなたを匿い続けるほど余裕がないんです。でも、僕らの目的は人間を守ることなんで、あなたを始末できません」


「何が言いたい」


「あなたは外じゃもう有名人です。外に出れば無事じゃ済まないでしょう。それでよければ、解放しますよ」


 雪丑が嘘をついているようには見えない。

 家川は自身の頭に手を伸ばした。そして、途中で止めた。


「そっか。俺はもう外に居場所がないのか」


「はい」


「教会とやらも、ダメだな」


「はい?」


「お前らは俺には手を出せないんだろ」


「だったら何です」


 家川はしっかりと雪丑の目を見つめ返す。


「俺とは違う」







 後日、ある研究所で大火事が起こったとニュースになった。しかしそれも1週間もすると語られなくなり、吸血鬼の噂だけが巷で語り草となっている。

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