⑥スピーカー令嬢と、空の上
ランセットとルジャックを乗せたスピーカーは、床から離れて浮かんだ。
「えぇえ? スピーカーが浮いた!?」「あれ、飛ぶの?」「……意味が分からない」とパーティーに参加していた者たちは驚愕の視線をそのスピーカーに向けている。
「ほう。これは飛ぶのか! 面白いな!」
「楽しんでくださっているようで良かったですわ。では、動かしますわよ! 落ちないようにしてくださいませ!」
「ふはは、もちろんだとも。まぁ、落ちたとしても俺には問題がないが」
「そういえば、辺境伯様のスキルは『頑丈』でしたっけ? 落ちても大丈夫なのですか?」
「ああ。三階から飛び降りても怪我一つなかった」
「それは素晴らしい!」
白いスピーカーの上にいるランセットと、黒いスピーカーの上にいるルジャック。その二人がにこやかに微笑みながら、会話を交わしている。
そしてそのスピーカーは、周りが止める暇も与えずに窓から外へと飛び出す。空の上に浮かび上がる二つのスピーカー。その上には人が乗っている。なんともシュールな光景である。しかも一人は美しいドレス姿で、一人は半裸。謎なコンビである。
真っ黒な暗闇の中で、星々が煌めいている。美しい夜空の下に浮かぶ二つのスピーカー。
「おお! なんともまぁ、面白い! しかも結構スピードも速い! 素晴らしいな!」
「おーほほほほ。でしょう? 辺境伯様は本当に見る目がありますわ! わたくしの『スピーカー』は使い勝手がよくて、最強なのですわ」
白いスピーカーに座り込み、高笑いをしているランセット。黒いスピーカーの上にいるルジャックは楽しそうにははははっと笑っている。落ちたら大変なことになるが、ルジャックはとても楽しそうである。
「これからどうするのだ? ベーデー嬢よ。それに幾ら『スピーカー』スキルが使い勝手がよいとはいえ、長時間飛べるものなのか?」
「そうですわねぇ。わたくし、今日は普段よりも沢山『スピーカー』スキルを使いましたわ。国民たちや隣国にいる国王夫妻に婚約破棄のことを伝えるために大量に出現させましたもの。幾ら動かさなかったとはいえ、結構疲れてますのよ! でもわたくしは『スピーカー』スキルを磨き続けましたから、王都のベーデー公爵家の別邸までは持つと思いますわ。ただ念のためうちの御者たちには伝えていきたいので、ちょっと寄りますわよ」
「そうなのか。分かった」
「ではいきますわよ」
ランセットはそう言ったかと思うと、スピーカーを下降させていく。そして一つの馬車の前にたどり着く。
「お嬢様! 婚約破棄されたのは先ほど聞きましたが、これからどうなさいますか?」
「このまま別邸に向かいますわよ! お父様とお母様も数日以内にはこちらに来るでしょうし、陛下たちもそのうち帰ってきますもの。その時に慰謝料をがっぽりもらいますわよ!」
「了解です! では私どもは、お嬢様の『スピーカー』を追いますわ。辺境伯も別邸にお迎えする形でいいのでしょうか?」
「わたくしはお客様として迎えて構いませんわ。辺境伯様、どうしますか?」
「いいならいかせてもらおう!」
「まぁ、ではお迎えしますわ。ところで辺境伯はわたくしの『スピーカー』の声を聞いて此処に来たのでしょう? お家の方には言ってあるのですか?」
「言ってないな!」
「何を自信満々に言っているのですか? 別邸に着いたら連絡を付けた方がいいでしょう」
「そうさせてもらおう!」
「よろしかったらわたくしのスピーカーを貸しますわよ」
そんな会話をしながら、ランセットとルジャックを乗せたスピーカーは上昇していく。
ちなみにその後ろからベーデー家の馬車も別邸に向けて走り出している。
「では、借りようか。それにしても『スピーカー』スキルは本当に面白いな。もっと上昇出来るのか?」
「そうですわね。試したことはありませんが、もっと上にも行けますわよ!」
「こんな風にスピーカーを飛ばせるとは思わなかったぞ」
「わたくしも最初はこの『スピーカー』スキルにこういう使い方があるとは思っていませんでしたわ。わたくしの『スピーカー』スキルは音を響かせるスピーカーを出現させ、そして操るものですわ。操れるというのならば、空も飛ばせるのでは? と思ったのが始まりですわね」
ふふふ、と楽しそうに笑いながら、ランセットは語る。
ランセットは『スピーカー』スキルを誇りに思っているので、こうして『スピーカー』スキルについて語ることが楽しいのだろう。そうして語る様子は、年相応の愛らしい少女に見える。
「だからといってこういう風な使い方を出来るのは、ベーデー嬢の発想力が凄いのだな。普通はそういう発想にはならないだろう。どんな使い方があるのかとワクワクするものだな」
「ふふ、でしょう? わたくしの『スピーカー』スキルは沢山の可能性がありますもの。まだまだ、わたくしの知らない可能性に溢れているのですわ」
空の上で自分の乗っているスピーカーを、撫でるように見る。その優しい表情は、よっぽど『スピーカー』スキルを気に入っている証だろう。
というか、先ほど長年の婚約者に婚約破棄されたばかりとは思えないほどに楽しそうにしている。本当に王太子と婚約破棄したことを何とも思っていないのだろう。
「そういえば先ほどベーデー嬢は、王太子に婚約破棄されたのだったな」
「ええ。そうですわよ。すがすがしいですわ。トモン様はわたくしの『スピーカー』スキルのことを馬鹿にしておりましたもの。わたくしはわたくしの『スピーカー』スキルが輝く未来が欲しいので、トモン様と結婚したらお先真っ暗になっていた気もしますしね」
はっきりとランセットはそう言ってのける。
「それは良かったな! ところで今後はどうするつもりなんだ?」
「結婚相手のことですか? これからのことはこれから考えますわ! わたくしの『スピーカー』スキルを馬鹿にするものじゃなければいいのですけど」
そう言ったランセットに、ルジャックがふと思いついたように突然言う。
「では、俺の嫁になるというのは?」
「はい?」
ランセットは突然の言葉に驚き、思わずスピーカーの制御を誤る。思わずといったように黒いスピーカーからルジャックを落としてしまう。だけれど慌てて、黒いスピーカーをルジャックの真下に送る。なんとか黒いスピーカーの上にルジャックは立った。それを見てランセットはほっとしたように息を吐いた。