⑤スピーカー令嬢と、辺境伯の登場
「ははははっ、面白そうなことをしているな! 王太子よ!」
ランセットの耳に、そんな声が響いた。
ランセットは驚いたような顔をしてその声のしたほうへと視線を向ける。
――パーティー会場の入り口には、なぜか、上半身半裸の状態で、明らかにこのパーティーにそぐわない恰好である、どこかの蛮族か何かかな? といった格好の、赤髪の青年。上半身は筋肉ムキムキである。
「……辺境伯様ですか。どうしてここにいらっしゃるのですか?」
その男の名は、ルジャック・ルンバー。ルンバー辺境伯、張本人である。ランセットも挨拶を交わした程度の仲である。
ルンバー辺境伯は国の防衛の要である。その辺境伯の土地は、王都よりも魔物の溢れる土地であり、そして国境にも隣接している。魔物とも、隣国とも隣接している場所に彼らは居を構えている。
王都からはその土地は遠く、こうして王都にやってきていることはそもそも珍しい。
今回のパーティーのためにというよりも、しばらく後に行われる大きなパーティーへの参加と軍事訓練の打ち合わせのために来たのだろうというのは想像出来る。
「なに、ベーデー嬢よ、面白いことが聞こえてきたから来たまでよ!」
どうやらランセットの『スピーカー』スキルにより、事情を知って乗り込んできたらしい。だからといって上半身半裸でこんなところにやってくるあたり、変な人である。
ちなみにルジャック・ルンバーは若くして辺境伯を継いでおり、まだ二十五歳という若さである。
「あら、わたくしの『スピーカー』に導かれてきたということですわね」
ランセットは面白そうに笑いながら、ルジャックに話しかける。
「その通りだ。ベーデー嬢の『スピーカー』スキルの噂は聞いていたが、これだけ有効活用できるものだとは思っていなかった。なんとも面白いスキルよ!」
「ふふ、わたくしの『スピーカー』スキルを高評価してくださるなんて、見る目がありますわ! トモン様とは大違いですわ!」
ランセットは自分の『スピーカー』スキルを気に入っているので、自分の『スピーカー』スキルを高評価してくれる相手は大歓迎である。
「ルンバー辺境伯! どうしてこのようなところにいる! しかも淑女がいる前で堂々とそんな恰好でやってくるな!」
「ははは、俺は暇つぶしに修行中だったのだ! そんな中でベーデー嬢の面白い言葉が聞こえてきたからな」
「俺のエイネスが恥ずかしがっているだろう!! それに貴様、俺はランセットを断罪している最中なのだ! こいつが、父上と母上にも言葉が届いているなどという与太話を――って、あれ!? 貴様、俺たちの声が聞こえてやってきたと言ったか!? この話が国民達に聞こえているということか!? まさか、そんな……」
トモンはランセットの『スピーカー』スキルを見くびっていたので、まさか本当に国民たちにまで会話が周知されたと思っていなかったらしい。顔色を青ざめさせている。
「だから言いましたでしょう? わたくしの『スピーカー』スキルを甘く見てはいけませんわ! わたくしの『スピーカー』は、幾らでもトモン様の弱味でもなんでも広めること可能ですわよ!!」
「なっ!!」
「わたくしの『スピーカー』スキルの有能性を認めてくださいませ! そして婚約破棄は喜んで了承しますわよ! このパーティー会場の貴族達や、国民、それに国王夫妻も証人ですわよ!! わたくしの非がないことはお聞きになっている皆さまは承認してくださいますわよね? だって国王夫妻に申し出もなくいきなり婚約破棄を申し付けたのはトモン様なのははっきりしていることですもの。ですからがっぽり王家から慰謝料もらいますからね。陛下! くれないなら国内で留めているこの一連のことを、他国にまでもっと広めますからね。幾らでも広めるべきネタはわたくし持っていますもの」
ランセット、有無も言わさぬようにそう言い切る。ちなみに後半は他国にいる国王に向けたものである。
音を届けるだけなので、もちろん、返事は返ってこない。
だけれども隣国の国王はそれを聞いて益々青ざめていた。ランセットは王太子の婚約者という立場で、散々『スピーカー』スキルを国のために使ってきた。幼いころから、王妃になるためにと時間を費やしてきたのだ。それなのに、この婚約破棄である。
慰謝料も相当な額になるだろう。
「慰謝料だと――貴様っ」
「おーほほほっ、これには異論は認めませんわ! それにこれ以上トモン様たちと話す必要性はわたくしにはありませんわ。それにもうトモン様には会うことも少なくなりますわ。トモン様がこのまま王太子であることもきっとないでしょうしね。陛下、わたくしはこんな短慮な方が王になるなんて認めませんからね」
何だかすっかり目の前のトモンのことは、ランセットの眼中にないらしい。さっきから隣国にいる国王夫妻への言葉を向けている。
「ま、待て、それはどういう――」
「では、失礼しますわ」
「ベーデー嬢、俺も同行していいか」
止めようとするトモン、にこやかに笑って去ろうとするランセット、そしてランセットに興味深々といった様子のルジャック。ちなみにエイネスは半裸で現れたルジャックに顔を隠して困惑している。
「あら、わたくしはこのまま『スピーカー』で帰るつもりですわよ。トモン様の指示で素直に帰れないかもしれないでしょう?」
「『スピーカー』で帰るのに是非とも同行したい!」
「ふふ、わたくしの『スピーカー』は人によっては乗り心地が悪いですわよ? それでもいいならどうぞ」
「もちろんだとも!」
ランセットと、ルジャックの会話を聞きながら周りの貴族たちは「『スピーカー』で帰るってなんだろう……?」と困惑している。
「ま、待て!! ランセットよ、このまま帰すと――」
「ララララ、ランセット様! トモンが王になるのを認めないっていうのは――」
「煩いですわ」
ランセットを止めようとするトモン、ようやく復活して顔を赤くしながらランセットを止めようとするエイネス。しかしそれに従う気はランセットにはない。
スピーカーが突然、トモンとエイネスを遮るように落ちてくる。しかもトモンの身長ほどある大きなスピーカーである。「うおっ」と情けない声をあげて、トモンはそれを避ける。ちなみにエイネスのことを守るようにしている。
「では、ついてくるのでしたらこのスピーカーに乗ってくださいませ」
「乗っていいのか?」
「ええ」
そしてランセットはというと、人が乗れるぐらいのスピーカーを二台出現させていた。
ランセットの前には白いスピーカー、ルジャックの前には黒いスピーカーである。
このスピーカーはランセットがスキルにより出現しているものなので、それをどうするのもランセット次第である。しかしルジャックは躊躇いもせずに乗った。
それを見てランセットは笑った。
そして二人を乗せたスピーカーは、飛んだ。