④その頃、隣国にいる国王夫妻
さて、ヴィーダレン王国の国王夫妻は現在隣国へと顔を出していた。どうしても外せない用事――大国である隣国の国王の結婚のお祝いのために国を出ていたのだ。これも王太子であるトモンを信頼し、有能な文官たちがいるからというのが理由であった。
王太子であるトモンは、現在盛大にやらかしているものの、ランセットへの態度以外はそれなりに優秀であるのだ。
さて隣国に顔を出している国王夫妻は、隣国の王族たちと雑談を交わしている。ヴィーダレン王国とこの隣国は、昔から国交を結んでいる仲である。昔からの付き合いであるのもあり、その雑談の様子はとても穏やかなものである。
「次代の王であるトモン殿の噂は私も聞いている。それにトモン殿の婚約者はあのランセット嬢だからな」
「ははは、ランセット嬢の事を他の家に取られなかったことは僥倖なことだった」
隣国の王族の言葉に、ヴィーダレン王国の王は機嫌よさそうに笑っている。
ランセット・ベーデーは、国内のみならず国外にも名を馳せている令嬢である。それは王太子の婚約者であるという肩書だからではなく、その偉業のためである。
「ランセット嬢は、その『スピーカー』スキルで災害時に避難勧告を出したり、他国との戦争においての情報操作を行ったり、敵兵に『スピーカー』を落としたりしているとこちらにも噂が聞こえて来ている。敵国からは『スピーカーの悪魔』と呼ばれていると聞いた時には驚いたが」
「ランセット嬢は敵に回したら恐ろしいが、味方である限りは心強いからな」
機嫌よさそうな国王。国王はランセットのことを高く評価している。その『スピーカー』のスキルは変幻自在である。緊急時に避難勧告を素早く出したり、戦争に於いての情報操作や情報伝達、加えては本人が望んだため実際の戦争でも大活躍である。
国王としてみればその『スピーカー』という伝達スキルを使って、国のために動いて欲しいと思っていたわけだが、まさかの物理的な戦闘能力にも生かしていた。そういう発想力も王妃になるにふさわしいと国王は考えている。
そうやって機嫌よく話していた国王の耳に、突如として信じられない言葉が聞こえてきた。
『わたくし、ランセット・ベーデーは婚約破棄されましたの』
思わず飲んでいたワインを噴出さなかった自分を国王は褒めたかった。
――突然聞こえてきた声は他でもない今話の話題に上がっていたランセットの声であるというのが国王には分かった。国王の視界の端にいる王妃も同じように固まっていたので、おそらくそこにも聞こえていたのだろう。
ランセットの『スピーカー』スキルは、基本的には音を増幅させるものである。だけれどもスキルを磨き続けた結果、小型化した『スピーカー』を出現され、特定の対象にのみ響かせることが可能だった。
そしてそのスキル活用により、国王夫妻にも声が響いている。
まだ隣国の王族たちにまで婚約破棄された事実を広めないのは、ランセットの温情と言えるだろう。ただしどこまで『スピーカー』スキルを活用してその事実を広めているのかはランセット次第だろう。
国王は、正直言ってトモンが婚約破棄などすると思っていなかったので、混乱している。
そして次々と聞こえてくる婚約破棄の状況を聞いて頭が痛くなっていた。今にもすぐに国に帰りたくなっている。しかしここで他国の者たちに弱みを見せるわけにはいかないので、なんとか平常心を保っていた。
パーティーを終え、城内の来賓室へと戻ると国王夫妻は話を始める。
「ど、どうする、妃よ!」
「ど、どうもできませんわ!! ランセットさんはトモンを切り捨てる気満々ですわ! それにランセットさんに冤罪を着せて、抜刀した騎士を向けるなんてトモンは王太子失格ですもの……。ああ、こんなに馬鹿な子だとは思ってなかったわ。ランセットさんがどれだけ我が国のために活躍しているかなんて、すぐにわかるでしょうに。私たちもランセットさんがどんなふうに活躍しているか言い聞かせていましたのに! ランセットさんは機密事項も知っていますわ。そしてそれを幾らでも広める手段がランセットさんにはありますもの……」
「……それにランセット嬢は並の王国騎士ぐらいならすぐに倒すだろう。寧ろこちらは勝てない」
「でしょうね……。それに戦争で散々活躍しているランセットさんの恐ろしさも騎士たちは知っているでしょうし、それにランセットさんを現場の騎士たちは特に慕ってますし」
――ランセット・ベーデーは災害時に避難勧告や緊急時の伝達をよく行っている。ランセットに救われた国民は多い。そして戦争でもランセットは情報操作や伝達、あとは『スピーカー』スキルで敵を倒したりしていて、騎士たちにも慕われている。
そういうランセットを敵に回そうとするものはあまりいない。
そんなこんな話している国王夫妻の耳に、一人の男の声が響いた。
『ははははっ、面白そうなことをしているな! 王太子よ!』
突然の声。その声の主を国王夫妻は知っていた。
「……何故、辺境伯の声が聞こえてくる?」
「わかりませんわ。あのパーティーには参加予定はなかったはずです。でも王都には来ているはずですから、『スピーカー』で話を聞いて飛び込んだのかもしれません」
神妙な顔をして国王夫妻は会話を交わしている。
この婚約破棄騒動がどんな風に終着するのか、国王夫妻には想像もつかなかった。