③スピーカー令嬢と、男爵令嬢
さて、エイネス・ホーイというのは庶子として男爵家に引き取られた少女である。それまで平民として生きてきたのもあり、エイネスは貴族社会に足を踏み入れて間もない。
そしてエイネスは元々平民として生きてきたからもあるだろうが、その言動などが貴族社会では目新しいものであった。
そしてその言動が、王太子であるトモンのことを惹きつけたのである。
――ランセットがその唯一無二の『スピーカー』スキルを活用し、忙しくしている間に王太子であるトモンに近づき、その心を奪ってしまったのである。
「あら、何かしら?」
ランセットの言葉に、エイネスはびくっと身体を震わせた。
だけれども気丈にも、ランセットに告げる。
「ランセット様が、私に嫌がらせをしていたのは事実ですよね? 私を囲んだり、私にトモンに近づかないようにと嫌がらせをしてきた人達が貴方の取り巻きだと聞きました!」
「わたくしは嫌がらせなどしてません。する必要もありません。それにわたくしは友人はいても、取り巻きなどというのはいませんわ」
ランセットは器用にもエイネスにそう答えながらも、近づいて来ようとしているトモンに引き続きスピーカーを投げつけている。「うおっ」と声をあげながら、トモンはそれを避けていた。
何だかんだ身体能力の高いトモンなので、何とかよけられているようだ。ちなみにランセットは自分に余計な人が近づかないようにと、スピーカーで警戒もしている。
「そんなっ、嘘を吐かないでください! ランセット様はトモンの事が好きなのでしょう! トモンの事が好きだからこそ、『スピーカー』というスキルでありながら無理やり婚約者になったのでしょう! もうトモンを解放してください!」
「わたくし、トモン様との婚約破棄を了承しないとはいってませんわ。わたくし、そもそもトモン様のこと、好きではありません。別に婚約をなくすことは問題ありません。ただ、わたくしの非があるという風に捏造されるのは嫌なので、『スピーカー』スキルを行使させていただいておりますわ」
「え? ……えっと、『スピーカー』のスキルというのは、ただ音声を届けるためのものですよね? ランセット様がそのスピーカーをまるで武器のように飛ばしているのは驚きましたが、それだけですよね?」
「貴方もわたくしの『スピーカー』スキルを馬鹿にするのですか? スピーカーの可能性は無限ですわ!! 現在もこのスピーカーのマイクは、わたくしたちの会話を拾って、わたくしが出現させたスピーカーで、国内のあらゆるところでこの声を響かせていますわ!! 当然、隣国にいる国王陛下たちにももう伝わっておりますわよ!」
「はい??」
ランセットが堂々と告げた言葉に、エイネスが驚いたように声をあげた。ちなみにその言葉を聞いたトモンには驚きすぎたのか、小型スピーカーが直撃していた。
その『スピーカー』のスキルを正しく理解しておらず、ただ音を発する物だとしか認識していなければ、そんなことを聞いたところで信じられないものなのだろう。
それでもそれは事実である。
というのも確かに『スピーカー』というスキルは、発現してすぐは一つのスピーカーのみを出現させるようなそういうものだった。
だけれども、ランセットはその『スピーカー』スキルを活用し続けた。領地で自分の歌声をスピーカーで響かせたり、何か人に対して伝言がある時にスピーカーを使ったり……、幼いころはそういう小さなことでスキルを使っていた。そしてスキルが徐々に磨かれた後は――、そのスキルを国内での急ぎの告知事項を告げる場合は、戦争においての情報伝達や物理的な攻撃などに用いたりしていた。
そう言う風にスキルを使い続けた結果、スキルの熟練度が上がっていった。今では驚くほどにその『スピーカー』スキルを使いこなしている。
そのスピーカーは、ランセットの行ったことがある場所にならば無限とも言えるほどに出現させることが出来る。そしてそれは隣国に向かっている国王夫妻に対しても情報を伝達することが可能だった。
「き、貴様の『スピーカー』スキルでそのようなことが出来るわけがないだろう!」
「まぁ、なんでそのように決めつけるのですか? わたくしの『スピーカー』スキルを甘く見過ぎですわ。今の会話もすべて国王夫妻や国民たちには届いておりますわよ!!」
「は!?」
「なななっ、なんですって。私はトモンの両親への挨拶はきちんとしたいのに!」
スピーカーに直撃してよろめいていたトモンが驚きの声をあげれば、それにランセットが答え、エイネスが気にするところはそこ!? というような発言をしている。
パーティー会場のど真ん中で、三人はそんな会話を交わしている。