②スピーカー令嬢と、婚約者
そもそもの話、どうしてランセットとトモンが婚約を結ぶことになったかといえば、ランセットのスキルが大きな理由である。
この世界の人々は、神からスキルを賜る。五歳になった年にスキル顕現の儀式を行い、そこで初めて自分のスキルが分かるものである。そしてスキルというのは、その後の人生に大きく影響するものである。
身分が平民であろうとも、下級貴族であろうとも、そのスキルが有能なものであれば成り上がることが可能である。そのスキルが判明する儀式では、人によって希望を感じ、人によって絶望を感じるものである。
ランセットの場合は、初めてそのスキル名を聞いた時に感じたのは希望でも絶望でもなかった。
ランセットのスキル――『スピーカー』は、今まで顕現したものがなかったスキルであった。
スキルは神殿の神官の手によって調べられ、そのスキルの情報は神殿に蓄積されている。分かりやすいものだと所謂魔法と呼ばれるようなスキル。火の玉を出現させたり、風の刃を出現させたりといった分かりやすい攻撃魔法のスキルだ。あとは所謂結界と呼ばれるものを出現させるものだったり、身体の傷をいやすような癒しのスキルだったり。
そういうスキルが一番分かりやすいものだろうか。
本を素早く読むための速読スキルだったり、人の心が読めるスキルだったり――多様多種なスキルを人は持つ。
稀にスキルを授からない者もいるが、それも本当に百年に一人いるかどうかである。
昔はスキルがないと神々からの祝福がない子だと迫害されていたらしいが、今では逆に吉兆の証とされている。それはスキルのない身で偉業を成し遂げた偉人がいるからであった。
さて、ランセットのスキル。『スピーカー』は、当初は何の役にも立たないものとされていた。いや、今でもそのスキルは活用出来ないものと決めつけている者もいる。
しかし国王夫妻はそのランセットのスキルが有効活用できるものだと知った。それでいてランセットが聡明で、王妃になるのにふさわしい公爵令嬢だとして王太子との婚約を結んだわけだ。
ランセットはその『スピーカー』スキルを使って、この国のために貢献してきた。
少し調べればわかるそのことを、幼いころからの婚約者であるトモンは理解していないのである。
――最初からこの『スピーカー』スキルを気に食わないとしていたトモンとは仲良くなれることはなかった。寧ろ出来の良いランセットのことをトモンは「可愛くない」と嫌っていた。
そして此処にきての婚約破棄発言である。
「――なっ、何をしている!? 貴様、急に意味の分からないスピーカースキルを行使するなど!」
「おほほほ、わたくしは早速貴方様の馬鹿にしてくれたわたくしのスキルを使っているだけですわ。それにしても私が婚約者に相応しくないですって。国王陛下と王妃陛下がお決めになったことをトモン様の言葉一つでそのように決めていいのかしら? その言い方だと国王陛下方の決定が間違っているように思えますわよ? どうせ、許可もとっていないのでしょう?」
ランセットは不敵に笑いながら、挑むような目でトモンとエイネスを見ている。
この場はトモンの整えたランセットに対する婚約破棄と、断罪の場である。反対するであろう国王夫妻や、ランセットの家族がいないパーティーの場を敢えて選んだ。この場はランセットにとってアウェーな場である。
だというのにランセットは顔色一つ変えない。
その様子にトモンはカチンときてしまう。
「父上と母上のことは説得する。エイネスを見たら納得してくれるはずだ。エイネスは『癒し』のスキルを持っているんだ。心優しく、まるで過去にいた聖女のようだ! エイネスは俺の側で優しく微笑んでくれる聖女なのだ! 貴様の『スピーカー』スキルなんて役に立たないだろう」
「あらあら、酷い言い草ね。そもそも後から説得するだなんて馬鹿にしていらっしゃるわ。そういうのは先に根回しをしたほうがスマートですわよ? それにわたくしのスキルが役に立たないなんて、それはトモン様が決めることではないでしょう? そもそも婚約者がいる身で浮気をして、それで婚約破棄を言い放つなんて――トモン様の非は明らかですわよ?」
そう言いながらその緑色の瞳をエイネスへと向ける。エイネスが怯えたようにひっと声をあげる。
「貴様!! 俺に非があるわけがないだろう! 貴様が俺の婚約者であることを笠に着て好き勝手しているのだろう。エイネスのことも虐めていたのだろう!! 謝罪をしろ!!」
「――わたくしはそのようなことしてません。そもそもわたくしが王太子の婚約者として忙しくしていたことはご存じでしょう?」
本人がいう通り、ランセットは基本的に忙しく動いている。そのため、王太子であり婚約者であるトモンの元にも顔を出せないことも多かった。――その隙にエイネスがトモンに近づいたわけだが。
「謝らないとは貴様!! おい、この悪女を捕らえろ!」
トモンは騎士に命じる。その騎士は王太子付きの騎士である。その騎士は王太子の命令に従ってパーティーの場というのに、抜刀しようとする。
周りからひっという悲鳴が聞こえる。青ざめている者もいる。そんな中でもランセットは一切顔色を変えない。
そして複数名の騎士がトモンの命令に従ってランセットに向かっていったが、その上にいきなりスピーカーが落ちてきた。
「いっ……」
それなりの重量のある黒い色のスピーカー、それがドンッと頭に命中する。そのスピーカーは人が持ち運びできる程度のサイズであるが、それでもぶつかれば大の男でも足止めされるぐらいにはなる。しかも次々と落ちてくる。いや、ランセットが落としている。
「なっ、何をしている! 貴様っ!」
「何をって、正当防衛ですわ。だってか弱い乙女に騎士を向けるなんて怖いですわ」
「ぜ、絶対怖いなんて思ってないだろう! 貴様!!」
「おほほほっ、ものすごい顔をしてますわよ? 美形が台無しですわ」
そう言って笑っているランセットは、スピーカーを落とすことをやめずに、そのまま騎士を気絶させてしまった。
「謝罪をすれば許してやるとエイネスが――」
「私、謝罪するようなことはしてませんもの」
そう言いながら今度は躊躇いもせずにランセットは、スピーカーを王太子の上にまで落とそうとする。
「なっ、あ、危ないだろう!」
「狙ってますもの。危なくて当然ですわ。正当防衛ですわ!」
すました顔をしてそんなことを言うランセット。スピーカーを避けたものの、青ざめているトモン。
そんな二人の間に割って入ったのは、トモンの後ろに隠れていたエイネスであった。
「――ラ、ランセット様!!」
そして割って入ってきたエイネスに、ランセットは視線を向けた。