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①スピーカー令嬢と、婚約破棄

「……迎えも来ないとはなめられたものだわ。ふふ、わたくしをたった一人でパーティーに参加させるつもりだなんて、恥をかかせようと必死なのねぇ」




 パーティー会場の控室。

 本来ならば、婚約者である王太子が迎えに来なければいけない場に、婚約者は来る気配がない。



 だというのに、その令嬢――ベーデー公爵令嬢、ランセット・ベーデーは呆れたような笑みを浮かべている。

 婚約者が自分の元にやってこなくてもどうでもいいと言った様子を浮かべている。




 ランセットは美しい令嬢である。

 銀色の美しい髪には、赤い宝石のついた髪飾りを身に着けている。その目は、深い緑。その釣り目の瞳は不安を欠片も映していない。その瞳は自信に満ちている。

 黒と赤の織り交ぜられたマーメイドラインのドレスは、その女性らしい身体付きを強調している。



 ランセットは、一人でパーティーに参加することにする。婚約者がいる身で、一人でパーティーに参加するのは、貴族令嬢としては屈辱的なことである。とはいえ、ランセットはパーティーに参加するために歩き出した。

 その様子は堂々とした様子である。





(さて、パーティーに参列したとして嫌な思いはするだろうけど、まぁ、なんとかなるでしょう)




 婚約者にエスコートされずにパーティーに参加することも、参加した先でおそらく不愉快な思いはするだろう。だけれども公爵令嬢としてこのまま逃げ帰るつもりもない。

 ランセットは一人でパーティー会場の中へと足を踏み入れた。




 中にいた人々がざわめく。

 そしてその中には嘲りの視線もある。その視線を受けながらも、ランセットは前だけを見据えている。何処までも自信に満ち溢れている彼女は迷いもせずに向かう先は――二人の男女がいる場所である。




 ランセットの視線の先にいるのは、美しい茶色の髪の男性と、明るい桃色の髪の女性である。その男性はランセットの婚約者である王太子、トモン・ヴィーダレンである。女性の方はエイネス・ホーイ。最近男爵家の庶子として引き取られた愛らしい女性である。

 トモンはランセットという婚約者がいる身であるにも関わらず、その手をエイネスの腰に回している。これではどちらが婚約者なのか全く分からない。

 エイネスの身にまとうドレスやアクセサリーなどは全てトモンがプレゼントしたもののようだ。

 エイネスの衣装を目に留め、ランセットは目を細めている。





「トモン様、ごきげんよう」




 美しいカーテシーを見せるランセットの姿に社交界に参加している者たちは、感嘆したように息を吐く。

 そんなランセットを見ても、トモンは忌々しいものを見るような目でランセットを見ている。




「――ランセットか」



 幾らトモンが美形だとはいえ、これだけ冷たい目を向けられれば百年の恋も冷めるというものである。ランセットもトモンと負けず劣らずな冷めた瞳をトモンに向けている。

 ――しかしその冷たさに気づいていないのか、トモンは「ちょうどいい」と口にしてランセットを見つめる。




「ランセット・ベーデー! 貴様は俺の婚約者に相応しくない! 貴様のような訳の分からないスキルを持つ者が俺の婚約者であるなど、俺は認めない!!」

「認めないとは?」




 元々ランセットのことをトモンが気に入っていないことは、最初から分かっていたことだった。

 トモンはランセットのスキルや、普段からランセットが国王陛下たちからも可愛がられて連れ回されていることなどが気に食わないと思っているのだ。

 ランセットは婚約者に相応しくないと言われても顔色一つ変わらない。そのすました顔を見て、益々トモンは忌々しそうにランセットを見ている。




「貴様とは婚約破棄だ! 俺の新しい婚約者はエイネスとする! 貴様のようなエイネスに嫌がらせをするような者を婚約者には出来ないからな!」




 ――そして、国王夫妻が他国に外交に向かっている隙に、堂々とトモンはそう言い切った。




 そんな宣告を聞いたランセットは、即座にスキルを行使した。

 それと同時にランセットの前には、マイクの繋がれたスピーカーが出現する。




「わたくし、ランセット・ベーデーは婚約破棄されましたの」




 そしていきなりスキルを行使したランセットに周りが唖然としている。その間に、ランセットはマイクに向かって告げた。





 ――そのマイクが拾った言葉がランセットのスキルによって、国中に響き渡っていることをまだパーティー会場の者達は知らない。



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