さざなみ
「今日うちこれる?」
送られてきたメッセージは簡素だった。
求められてるのは、はいかいいえ。
いつも聞くのはこちらからばかりで、相手から尋ねられたのは初めてだった。
彼の世界にわたしは必要ないのかもしれないと感じていた矢先、まだ必要とされていたと安堵する。
いつまでだかはわからないけど。
星が満ちる夜に出会った彼とのゆるやかな関係は続いている。
体を重ねることもなく、ただの友達にしては距離がある、ただの暇を潰すだけの時間。
なんて、贅沢なんだろう、と思う。
少し焼けた肌と、肉体労働で引き締まった体、幅の広い二重に長くて柔らかなまつ毛、年齢より童顔で白い歯を見せて笑うとまるで高校生みたいだ。
なんでこんな人が、わたしと時間を潰してくれてるのかよくわからない。
優しくてよく気が利いて、わたしのがりがり尖った部分を綺麗に整えてくれる。
一緒にいると、まるで自分がぷかぷか水に浮かんでるような言い知れない気持ちになった。
ただ手を繋いでベッドに寝て、キンキンに冷えた部屋でわたしが先に目を覚ます。
付き合っていないわたしたちに名前をつけられるのだろうか。
友達とも違うわたしたちは、ただ時間を共有して居場所を求めてるだけ。
そんなことで時間を潰してていいような余裕はないはずなのに。
新たな出会いは、ふとした瞬間にこぼれてくる。
「あゆみちゃん、彼氏いないんだよね?
いい人がいるんだけど」
馴染みのお客さんにそう言われたのは、梅雨も明けて本格的な暑さで眩暈がしそうな昼間だった。
わたしは自分の携帯番号を走り書きして、お客さんに渡す。
「じゃあ連絡させるから」
足早に去る姿を見ながら、大手企業で働く知らない誰かを想像した。
彼より収入は良さそう、彼より年上、彼より…
その基準は、いつ生まれてしまったんだろう。
甘ったるい時間を過ごすうちに麻痺した感覚を取り戻さなければならない。
淡い期待なんてこの世界のどこにも落ちていない。
安定した仕事につく、堅実な誰かとすごす現実的な未来を想像しなければならないリミットがそこにある。
柔らかな時間が溶けてしまわないように。
投石された波紋を打ち消すように。
わたしが返すメッセージはただ、行くね、それだけだ。