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防具屋と白魔術師はどっちが幸せ? 前編

「ラジオの前の皆さーん!こんばんは!みなみでーす。今日も始まりました『人生攻略相談室』。この番組では、毎回異世界から届いたお悩みをバッサバッサと解決していきます」


 コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた殺風景なラジオブースで、今日も番組が始まる。

がらんとした部屋に唯一置いてあるテーブルの前に座り、卓上のマイクで異世界に向けて喋っている。

 もう何回目の放送になるのか、数えるのはとっくに止めた。

 この2年間毎日23時から生放送を続けている。


「早速、今日の相談にいってみよー!ローゼンちゃん今日は何の相談?」


 目の前に座っている構成作家兼ADのローゼンちゃんは、いつもアニメのヒロインみたいなかわいい服を着ている(語彙力)。

 声しか放送されないのをいいことに、部屋着でブースに来ている私とは大違い。


 ローゼンちゃんは頭の上の耳をピクピクと動かした。

 これが獣人の緊張を表す動作だと知ったのは最近だ。

 そもそも獣人に会うのなんて彼女が初めてなわけだが。


「今日は女性の方からのご相談です。イーストランドにお住いのアリッサさん。」

「イーストランド?」

「魔法とドラゴンが支配する世界です」

「さすが、物知りー!今日も電話が繋がっているので、直接お悩み聞いちゃいましょう。アリッサさん?」


 なぜ異世界から電話が繋がるのか?

 なぜ異世界人と言葉が通じるのか?

 この疑問には誰も答えてくれない。


「ど、どうも」

「こんばんは、みなみです」

「すごい!本当にみなみさんだ!」

「本物ですよー、それで今日はどうしたの?」

「実は仕事のことで相談が」

「どんな仕事?」

「防具屋です」

「防具って、鎧とか盾とか?」

「はい、自家製の防具を売っています」

「どう、儲かっている?」

「おかげさまで、最近出したドラゴンのウロコを使ったシリーズが大ヒットして、3年先のお渡しまで予約が埋まってます」

「やり手だねー、じゃあ悩みなんてないんじゃない?」

「実は今の仕事を辞めたいと思っていまして」

「なんで?もったいない」

「他にやりたいことが……」

「儲かってるんだから続けるべきだよ、そんな悩み贅沢だって。はい、この相談終了」


 ブースに唯一ある窓の向こうから青い肌のディレクター、エミリオが物すごい形相で私をにらんでいる。

 エミリオはネクタイをしつかりと絞め、某有名な大泥棒みたいにカラフルなスーツを着こなしている。

 ロジタニア人はただでさえ目つきが悪いから怒ると怖いんだよな……

 はいはい、分かりましたよ、もっと話広げますよ。


「うそうそ冗談、で、何がしたいの?」

「私……白魔道士になりたいんです!」

「白魔道?」

「回復系の魔法を使う魔術師です。要はヒーラーですね」


 ローゼンちゃんがドヤ顔で教えてくれた。


「それはまた……アリッサは魔法使えるの?」

「実は以前に魔法学園に通ってまして」

「へー、クラスはスリザリン?」

「スリザ?」

「ごめん……忘れて」

「子供のころから回復魔法が得意で、物心ついた時には虫や動物のケガを治したりしていました」

「それがなんで防具屋やってるの?」

「もともと父がやっていた店なんです。でも突然死んでしまって、店を継がなきゃいけなくなり、学園をやめました」


 よくある話ね……夢をあきらめられないってとこか。


「それで今の仕事は好きじゃないの?」

「嫌いではないです。お客さんも喜んでくれますし」

「儲かってるしね」

「それも……あります」

「じゃあなんで今さら」

「私もうすぐ20歳になるんです」

「え、そんな若いの?」

「ドラゴン狩りのパーティに入るには年齢ギリギリなんです」

「年齢制限厳しいなあ、オバさんへこむよ……そこまで切羽詰まっているなら転職すればいいじゃん」

「でも、親から継いだ大事な店なので」

「じゃあ、あきらめなよ」

「あきらめきれません……」

「欲張りだなあ」

「私、どうすれば良いですか?」


 勝手にしろと言いたいところだけど、またエミリオに怒られるからなあ……


「そうだな……幸せに働ける仕事にはざっくり2種類あるんだけど、知りたい?」

「はい、もちろん」

「1つは、自分のやりたいことを仕事にすること」

「やりたいこと?」

「アリッサの場合は白魔導士ね、やりたいことをすると楽しいから、結果が出ても出なくても幸せを感じることが出来る」

「分かります!」


 アリッサは興味津々で話を聞いている。


「2つ目は、自分の得意なことを仕事にすること」

「得意なこと?」

「得意なことを仕事にすると成果を出しやすい。上手くいくからカタルシスを得ることが出来る。しかも周りからも評価されやすいので、承認欲求も満たされる」

「なるほど!」

「今の防具屋の仕事がこれにあたるんじゃない、防具作り得意でしょ?」

「はい」

「お店も繁盛して周りの評価も高い、あんた今すごくイイ仕事をしてるの、だから辞める踏ん切りがつかない」

「確かに……そうかもしれません」


 スタジオがしばしの沈黙に包まれる。


「正直私は今の仕事辞めるのには反対!こんな幸せな生活を手放すなんてもったいないよ」

「でも、小さいころからの夢なんで」

「こんなに上手くいくことなんて人生そうそう無いよ、それに白魔導士になれるかどうかもわからないんだし」

「……ですよね」

「悩んでる時点で今の仕事を捨てるほどやりたいことじゃないんじゃない?」

「……そうかもしれません」

「もう一度よく自分の気持ちを聞いてごらん。今の幸せを手放してもよいのか」


 アリッサはまたしばらく黙り込んでいる。

 空調の音だけがスタジオに流れている。


「分かりました、私……」

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