幼馴染みの恋人に手酷くフラレてパーティーから追放された俺、仮面をつけた謎のヒーロー……え、ヒロインマン!? に助けられ邪神を倒すための旅に出る
連載中の作品が折り返しなので気分転換に短編です。
「リュウ、突然だけど今日を限りに君にはこのパーティーを辞めてもらおうと思う」
「……へ?」
パーティーのリーダーである《剣帝》ギル・バズークからの前触れ無き解雇通告に、《剣士》リュウ・ドライツェンは困惑した。
確かに、他のメンバーがA~SSSランクだったりする中リュウはいまだにCランクだ。はっきり言って他の仲間達より能力的に大分劣っているし、そもそもリーダーのギルが《剣帝》なのにただの《剣士》とか劣化かぶり以外の何ものでもない。
妥当と言えば妥当な追放劇ではあるのだが、しかしリュウが明らかに能力で劣っているにも関わらずこのパーティーの一員となったのにはちゃんとした理由がある。
元々、リュウは幼馴染みで恋人関係にある《拳聖》サヤ・マーメインと二人で組んで冒険者をやっていた。
サヤはリュウより一つ年上の18歳。子供の頃から格闘技の才能に秀で、将来の夢は『いつかはこの拳一つで王都の城をも砕いてみせる。それとリュウのお嫁さんになる』という益荒男と乙女を足して二で割らない少女だ。
そんなサヤはSSSランク冒険者。
単純に強さで言えばリュウが千人いても勝てるかどうかわからないくらい差がある。
それでもサヤはリュウと一緒にいることにこだわった。どんな高名なパーティーからの誘いでも、『リュウと一緒じゃなきゃ絶対に加入しない』と言い張り、相手がほんの僅かにでもリュウに対し侮蔑するような態度を見せたが最後、唐突にその場で突き稽古を始め、拳圧のみで相手を叩きのめしたりした。
サヤのリュウスキスキ度はリュウ本人の目から見ても些か常軌を逸していた。
だいたい、自分が強くなれないのは毎晩毎晩サヤに過剰なくらい搾り取られているせいではなかろうかと童貞喪失以降リュウはわりと真剣に悩んでいる。
それでいてサヤは翌日もスッキリ健やか、疲労など欠片も見せず、あれは多分そう遠くない先祖にサキュバスの血が混じっているに違いない。
要するに。
リュウを追放するというのは、苦労の末ようやくパーティーに加入させたSSSランクの《拳聖》を手放すのに等しい選択であるはずなのだ。
現状を鑑みても、仮にリュウがマイナス百だったとしてサヤはプラス一万くらいの益をパーティーにもたらしている。
なのにリュウを切り捨てるなんて愚の骨頂だ。
だからリュウはギルに「でも、本当にいいのか? オレはまだしも、サヤが抜けると大幅に戦力ダウンだと思うんだが」と確認のつもりで尋ねた。
するとギルは底意地悪そうに笑い、
「ああ、大丈夫。抜けるのは君一人だけだからね」
と言い放つと、その言葉が合図であったかのように部屋に入ってきた少女の腰に手を回して抱き寄せた。
「……え? サ、サヤ?」
艶やかな漆黒の髪をポニーテールに。
ツリ目気味な目はキリリと勇ましく。
女性ながらリュウよりもやや高い長身を真紅の拳法着に包み。
ムッチリと張り出したお尻の上にはアンバランスなくらいキュッとくびれた腰。
拳法をやるのに「ソレ絶対に邪魔ですよね? ハンデ以外の何ものでもありませんよね?」と思わず真顔でツッコミたくなるくらいたわわすぎる胸。
見間違うはずもなく、そこにいるのはリュウの幼馴染みで恋人であるはずのサヤだった。
しかしおかしい。
自分以外の男が触れただけで問答無用で手首を外しかねないあのサヤが、よりにもよって普段から『あいつの視線、発情期の種付けオークおじさんみたいでキモチ悪い』と毛嫌いしていたギルに抱かれてうっとりと微笑んでいるだなんて、リュウには天変地異の前触れとしか思えなかった。
そのくらい信じ難い光景だったのだ。
「フフフ。まぁ、こういうことなんでね。サヤは奥手だから随分と苦労させられたけど、ようやく僕の想いに応えてくれたよ」
「……奥手?」
奥手な少女が果たして『結婚するまでは清いお付き合いをしようね』と言った幼馴染みの童貞を『無理。我慢の限界』と宣って逆レで奪うのだろうか。しかも初めてなのに青姦。夜が明けるまで一晩中盛ったりするものなのだろうか。
……わからない。
リュウの困惑は深まる一方だった。
だが事実として、サヤはギルの胸に頭を擦りつけ愛おしそうにしなを作っている。
「ごめんね、リュウ。でもわたし、気付いてしまったの。剣の腕だけじゃなく他の何もかもが、男性としてだってギルの方が貴方より遙かに勝っているってことに。……当然、コッチの方もね♥」
そう言ってギルの股間に淫靡な手つきで指を這わせるサヤの姿に、リュウは絶望的な衝撃を受けた。
故郷の男友達からは畏敬の念を込めて『オーガ……ッッ!!!!』だの『巨凶ッッ!!!!』だのと呼ばれ、当のサヤからも『多分リュウのソレって内気功を極めたわたしじゃないとお腹突き破られて死んじゃいかねないから間違ってもわたし以外の女に手を出しちゃ駄目なんだからね?』と厳命されていたため、密かに『オレって冒険者としてはまだまだだけど男としてはかなりイケてるんじゃね?』と自信を持っていたのに……
どうやら《剣帝》様には男としても敗北していたらしいとわかり、リュウはがっくりと肩を落とした。
でも、それでもサヤが心変わりしただなんて思いたくはない。
サヤを信じたい。
きっと何か理由が、事情があるのだと、信じたかったのに……
「ン……っ♥ はむ、……チュッ♥ ちゅぷ……んむぅ、……はぁ……ん♥ ……もう、ギルったら。こんなところで……やぁん♥」
「クックク。仕方ないだろ? サヤだって、やっとのことリュウに別れを切り出せたからか? こんなに興奮して。我慢なんて出来そうにないじゃないか」
真っ昼間っから、人目も憚らずなに考えてんだこいつら。ナニか。と言いたくなる発情期のゴブリン並の所業を見せつけられ、リュウは叫んだ。
「もういい! 抜けゆ! こんなパーティー抜けゆぅうううッ!!」
涙が溢れて止まらない。
これまでのサヤとの記憶が次々と脳裏を流れていく。
好きなのに。
大好きなのに。
こんなにも愛しているのに。
でも、だからこそ。
戦士としても男としても完敗した自分は潔く彼女の幸福を祝うべきではないのかと。
リュウはなけなしの誠意でもってギルに激励を送った。
「サヤは多い時は一晩に二十戦くらいは平気でやらかすから、亜鉛いっぱい摂るようにしろよコンチクショーーーーーーーッ!!」
「えっ、にじゅっ!? ……あ、い、いや……わかった。き、気をつけるよ。うん。……ありがとう、リュウ」
面食らった感じのギルの感謝を背に、リュウは宿を飛び出していったのだった。
■■■
パーティーを追放されてしまった激情に身を任せて二つ隣の街まで休まず駆け抜けたリュウは、『この先どうしたものか』と立ち尽くしていた。
しかしどれだけ考えても答えは一つで……
「……結局、冒険者以外にオレに出来る事って何も無いんだよなぁ」
そもそも、ギルやサヤ、比べる相手が悪いだけでCランクだっていっぱしの冒険者ではあるのだ。
普通に冒険者ギルドでクエストを受けて生活するだけなら何も問題はない。
リュウは社交性もごく当たり前には持ち合わせているので、身の丈に合ったパーティーならば快く迎えてくれるだろう。
「けどまぁ、暫くはソロで頑張ってみるか……」
すぐに誰かと組むには心の傷が大きすぎた。
だいたいサヤのことを忘れるだなんて……いつかは忘れられる日も来るのだろうか。
物心つく前からずっと一緒だった幼馴染み。
彼女はもうリュウの人生の一部……否、人生そのものにも等しい。
彼女無しで生きていくなんてとてもじゃないが考えられなかった。
「……うぅ、サヤ」
もう一度、サヤが本当に自分を捨ててギルを選んだのか、リュウは一心に考えてみた。
人間なのだから心変わりが絶対に無いだとは言えない。
でもおかしいのだ。他の人間なら兎も角、サヤに限って言えば絶対におかしい。
ただ、理由がわからない。
もっともありえそうなのは何かしらの外的要因だが、サヤは内気功によってデタラメな自己回復能力を有しているため、どんな状態異常もかかった瞬間自動で回復してしまう。
魅了や洗脳、薬物といったものは彼女には一切通用しないのだ。
邪神や魔王が扱う伝説級の禁呪でもない限りサヤをどうにかするなんておそらくは不可能だった。
「つまり……ギルは邪神に魂でも売ったんだろうか?」
リュウの知るギルという男は、外面は良く腕は立つけれど内面は軽薄な女好きで、てっきりサヤに対する気持ちも『SSSランクの美少女を自分のハーレムに加えることで箔を付けたい』程度のモノだろうと考えていた。
サヤは聡い少女だ。そんな底の浅い男になびくわけもない、とある意味安心していたのだが……
でも実はもっと真剣に思い詰めていたのだとしたら?
邪神に魂を売ってでもサヤを手に入れたかったのだとしたら?
「もしそうなら……オ、オレは、なんてことを……! 逃げ出すべきじゃなかった、あの二人を何としても助けるべきだったんだ!!」
喩えようのない後悔に苛まれ、リュウは打ち震えた。
戻らなければ。
今すぐギルとサヤのもとへ戻り、ギルを邪神から解き放ってサヤを救わなければならない。
自分ではきっと力不足だろう。
だが、それでも。
愛する女のために命ぐらい懸けられなくてどうするのだ。
踵を返し、来た道を引き返そうとするリュウの耳に、
「キャーーーーーーーーッ!!」
「モンスターだぁあっ!!」
そんな悲鳴が、飛び込んできた。
街の外壁近く、悲鳴が聞こえた方角へ急いでみると、そこには通常のものより一回り大柄で肌の黒いオークが群れをなしていた。
「あっ、あれは……エビルオーク! 邪神の尖兵とも言われるオークの上位種じゃないか! やっぱり邪神が動き出していたのか!!」
もはやリュウの中でギルのこともサヤのことも街を襲撃したエビルオークも全て邪神の仕業ということで確定していた。
となれば、Cランクの《剣士》とは言え戦わなければならない。
愛のために。
全てはサヤのために。
「うぉおおおおおッ!! 死ね、エビルオーク!!」
街の自警団や、偶然居合わせた冒険者、傭兵達がが果敢に立ち向かうのに混ざり、リュウも必死に剣を振るった。
しかしエビルオークは強力な魔物だ。
通常のオークならDランク冒険者でもソロで充分勝てるくらいだが、エビルオークは最低でもBランクはないと厳しい。しかもそれが群れを組み、さらに後方には一際大きな体躯に頑丈そうな鎧を身に纏った――
「あ、あの威圧感はまさか! ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーッ!? 全てのオーク種の頂点に立つとまで言われるオークの皇帝、ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーじゃないか!!」
途轍もない強敵を前に、リュウだけでなくその場に集った全ての人間が恐怖に身を竦めた。
勝てない。
エビルオークだけならどうにかなったかも知れないが、ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーだけは無理だ。ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーに勝つにはそれこそSSSランク級の実力者が必要になる。
それでも、リュウは諦めるわけにはいかなかった。
サヤのために。
(多分)邪神に魂を捧げたギルによって(おそらく)囚われた愛する幼馴染みのために、リュウはネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーに向かって特攻した。
「うぉおおおおっ! ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザー、死ねぇええええいッ!!」
Cランクとは思えない程の、流星のような一撃だった。
数多のエビルオークが反応出来ない、命の輝きそのものをぶつける、煌星の斬撃。
けれどその、リュウの渾身でさえも……
「グブブ……何かしたか? ニンゲンよ」
「あ……あ、ああ」
ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーの屈強な肉体の前には通用しなかった。
へし折れた鋼鉄の剣が、カランと寂しげな音を立て地面に転がる。
もはやリュウの命は風前の灯火だった。
エビルオーク達が哄笑する。
死の喝采だ。
ゆっくりと、ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーの手がリュウへと伸ばされた。
(……サヤ……!!)
もはやここまでか、と。
エビルオークに立ち向かう誰もが一人の勇気ある《剣士》の死を覚悟した。
その時。
「待てぇい!!」
――奇蹟が、起こった――!!
「ゲブッボァアアアアアッ!?」
リュウの渾身を弾き返したネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーの巨体が、吹き飛ばされた。
ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーはそのまま建物を五つほど破壊して、ようやく止まる。
「……グッブハァアアアアッ!! な、何者だぁ!?」
さすがのタフネス。
全身傷だらけ、頭からピューピュー血の噴水をあげながらも怒鳴り散らすネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーが睨めつける先で、一人の女がリュウを助け起こしていた。
陽の光を反射する荘厳な金髪をおさげに編み込んだその女は、漆黒の拳法着を纏っていた。
深く入ったスリットから覗く脚はしなやかな筋肉に覆われ、肉付きのいい臀部をしっかと支えている。
豊満な胸部は今にも溢れ落ちそうなくらい艶熟に実り、女としての魅力をこれでもかと見せつけ振り撒いてくる。
では……では肝心の顔はどうなのか。
どれだけカラダが完璧でも顔が不味ければ竜頭蛇尾……いやさ蛇頭龍尾だ。
街の自警団、冒険者、傭兵、エビルオーク達。
そしてリュウも。
謎の女の美貌へと期待に胸膨らませ――
「……仮面?」
彼女は、仮面をかぶっていた。
鼻から額までをすっぽりと覆うこれまた黒い仮面。
露わになっている部分だけでも『多分、おそらく、きっと、メイビー美人なんじゃないか?』とは思えるのだが、真相はどこまでも謎に包まれていた。
「あー、あー……えーと、……うん。……キミッ、もう大丈夫ヨ!」
ちょっと裏声っぽく、甲高い声で仮面の女はリュウに話しかけた。
「あ、はい。……助けてくれて、ありがとうございます。でも、あなたはいったい……」
リュウの問いに、仮面の女はどこか気まずそうな、微妙に困った様子で、けれど高々と答えた。
「ワタシの名は、正義を愛する孤高のヒーロー! 謎多き仮面の美少女格闘家……ヒロインマンッ!!」
瞬間、その場の空気は完全に凍り付いていた。
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「ハッハッハ! やっとリュウの奴を追放してやったぞ!」
リュウが飛び出していった直後。
ギルは自身の計画がまんまと成功したことに高笑いしていた。
「あーあ、リュウくんも可哀想に。ほーんと、ヒドい人ねぇ」
その隣で、サヤが呆れたように苦笑している。
しかして直後、彼女の姿は蜃気楼のように歪み、やがてサヤより幾分か背の低い、まるで異なる風体の美女が姿を顕した。
「ククク。レアアーティファクト《幻魔鏡》……見事な変身だったな、アーメス」
「ええ。我ながらビックリするほどの精度だったわ。完璧にサヤだったでしょ?」
美女の名はアーメス・アマゾニア。
パーティーに所属するSランクの《魔導師》で、ギルの恋人その1。彼女が手にしているのは数日前、リュウとサヤを除くメンバーで潜ったダンジョンにて入手した古代の魔道具だった。
レアアーティファクト、《幻魔鏡》。
使用者をあらゆる姿に変身させると同時に、その姿を目にしている者に本物との違和感を感じさせなくする催眠効果まで発生させる恐るべきアイテムだ。
サヤを何としても手に入れたい。そのためにはリュウがどうしても邪魔だったギルは、このアイテムの噂を聞いてすぐさま『こいつは使える!』と計画を思いついた。
結果、リュウはなにやら不吉なことも述べていたが無様に追放。
もう少ししたらギルの恋人その2、《治癒術士》のシーマ・アンガムが買い物に連れ出していた本物のサヤと一緒に帰ってくるので、その時に今度はアーメスをリュウに変身させ、別れの言葉を述べさせれば万事終了だ。
サヤには状態異常が通じないため催眠の方は効果が期待出来そうにないものの、あまり余計なことは話させずスパッと関係を終わらせる一言を吐かせればまぁ何とかなるだろう、とギルは楽観していた。
……楽観が、過ぎた。
■■■
「で。アーメスはリュウのコスプレなんかして、どういうつもりなの?」
戻ってきた途端、サヤは躊躇すらなく開口一番に眉を顰めてそう尋ねた。
「え? えっ、あ……ちょっ、えっ!?」
まさかこんなあっさり看破されるとは予想もしておらず、『どうすんのよコレ!?』とばかりにギルに助けを求めるアーメスだったがどうもこうもない。
ギルだって『疑われたりもあるかもしれないがまぁ押し通せるだろう』くらいにしか考えていなかったのだ。《幻魔鏡》の性能はそれ程までに驚異的だったから。
「ふむ。そこにある鏡で幻影を投射してるのね。……ていッ」
即座に手刀。
スパッと。
剣で斬るよりも滑らかに、アーメスが隠し持っていた《幻魔鏡》は真っ二つにされていた。
途端、彼女の姿がリュウから元に戻る。
「いや、いやいやいやいやいや、なんでわかったの!?」
「だってわたし《心眼・極》のスキル持ってるし。仮に神代級のものだろうとありとあらゆる幻術や幻影はわたしには通用しないわよ? ……言ってなかったっけ?」
『聞いてねーよ!!』と全力で言い返したかったギル、アーメス、シーマだが、それは出来なかった。
サヤの全身から、怖気を感じるほどの殺意がダダ漏れになっていたせいだ。
「……なんとなーく、ね。あなた達が何を企んだのか、読めちゃったんだけど……でも、わたしの想像は単なる勘違いで、これは仲間同士のちょっとしたドッキリ企画でした! って可能性もゼロじゃないワケじゃない? だから一応ね、質問してあげるんだけど……」
スッと。
音も立てず、暗殺者の歩法でサヤはギルの目と鼻の先に移動していた。
「わたしのリュウは、どこ? 勿論、本物の」
もはや物理的な衝撃となりつつある殺意に反応し、ギルの《剣帝》としての本能は咄嗟に剣を抜こうとした。
SSランクの《剣帝》の抜剣速度は文字通り目にも止まらない、人の知覚の限界を超えた絶対速度だ。
たとえ相手がSSSランクの《拳聖》であろうともそう簡単にやられたりはしないというギルの自負は、残念ながら刹那に砕け散った。
「――シッ!」
「ぼがギャっべへぷぇええッ!?」
目にも止まらぬどころか、光に影さえ落とさぬ神速。
サヤの右手中指第二関節を立てた一本拳は寸分の狂いなくギルの人中を打ち据え、そのダメージによって生じた隙を逃さず王都の城壁すら粉砕する必殺の聖拳突きを五連、六連、七連、……八連。
両手両足に一発ずつ。
顔面、喉仏、鳩尾、股間にも一発ずつ。
つるべ打ちの後には死神の鎌を想起させる回し蹴り。
全て、一秒にも満たない間の出来事だった。
ボロクズと化したギルが、今さら思い出したかのように床へと崩れ落ちる。
アーメスとシーマは反応すら出来ずその場にへたり込んだ。
二人の股間を温かなものが濡らし、ほんのりと湯気が立ち上る。
「それで、リュウはどこ?」
ギルはもう意識が無い。
股間にぶら下がった“男”を粉砕機にかけられた胡桃並に粉々にされ、口から血泡を吹いている彼に答えろというのはいくらなんでも酷だろう。
なのでアーメスに尋ねてみたのだが、彼女もあわあわと首を横に振るばかりで要領を得ない。
「知らないの?」
二人がコクコクと頷くのを見て、サヤは深く溜息を吐いた。
「……あなた達はどうせこのゴミカスに言われた通り動いただけだろうから、これで勘弁してあげる」
「ほぎゃっ!?」
「ぷぺぇっ!!」
サヤ的には超絶優しいつもりのデコピンにおでこを跳ねられ、二人とも自身が漏らした小水の上でのたうち回る。
「アーメスも、シーマも、二人のことは嫌いじゃなかったけど……男の趣味が悪すぎる。次はもうちょっとマシな男を選びなさいよ。そこのゴミクズボケダボカスは“男”を粉々にしてやったから治療してもどこまで治るかわかんないしね」
サヤの慈悲に、二人は涙を流して感謝した。
ありがとう。殺さないでくれてありがとう。
その上今後の心配までしてくれてと本当にありがとう、と。
「仕方ない。リュウの気配を追うかー。多分大陸の端くらいまでなら感じ取れると思うし。駄目なら匂いを追おう」
滅茶苦茶なことを言っているがサヤならきっと可能なのだろうなと、アーメスは改めて自分達がとんでもない化物を嵌めようとしていたことに慄然とした。
「じゃあさよなら。もう二度と会うこともないだろうけど」
風が吹いた。
サヤの姿は消えていた。
■■■
「むぅ……コッチね」
リュウが駆け抜けた数倍の速度で、サヤは彼を追いかけた。
自分に化けたアーメスがリュウに何を言ったのかまではわからないが、彼はおそらくとても傷ついているはず。
普段はサヤの方からグイグイと押していく二人の関係だけれど、リュウもそれはそれは深く恋人を大切に扱ってくれている。
だからわかるのだ。
今のリュウはきっと世の中全てが信じられず、それでも懸命にサヤのことを信じたいと願っているはず。彼の性格なら絶対にそうだ。
(そんなリュウに、「あれはアーメスが変身していたの!」と説明しても、心の奥底に刻まれてしまった不信感までは取り除けないかもしれない……)
それが怖い。
いつかはその不信も全て取り除かれ元の二人に戻れるかも知れないけれど、もし戻れなかったらと考えると、サヤは泣きたくなった。
(考えよう。どうすればまた、心から信じ合える二人に戻れるのか。愛欲の沼にズッブズブでラッブラブなカップルに戻れるのかを……!)
リュウの体力的に考えて、彼はこの先にある街でいったん止まるだろうと推測したサヤは手前の街の公園のベンチに座り、ひたすら懊悩した。
サヤは決しておバカさんではない。
むしろ頭はかなり良い。
しかしことリュウ絡みとなると途端に恋愛脳がオーバーブーストし動作不良を起こすのだ。
やがて彼女が思いついたのは、『ひとまず別人を装って彼と再会する』というものだった。
偽サヤに酷く傷つけられ、それでもサヤを信じたいと悩むリュウに、まったくの別人として近づく。そうして別人のまま彼の信頼を勝ち得、徐々に『……もしかして、彼女はサヤなのでは? いや、でもまさか……』と正体を小出しにバラしていく。
そうして信頼度と疑念がマックスに達した時、全てを明らかにして『やっぱり君はサヤだったのか! 今までありがとう、サヤはオレが信じた通りのサヤだった! だから今すぐ宿屋に行こう!! いっぱい子供作ろう!!』と完全無欠のハッピーエンドを迎えるのだ。
「フヒ……フヒヒ♥」
パーフェクトすぎる計画にサヤは身震いした。
自分の頭脳が怖い。もしかしたら《拳聖》以外に《軍師》の適性もあったのかも知れない。
ともあれ。
早速サヤは変装用の衣装を買い揃えることにした。
トレードマークの真紅の拳法着ではなく、漆黒の拳法着。
露出はやや高めに、胸もいつもよりさらに強調する。
魔法で髪を金髪に染め、おさげに編み込んで肩から胸に垂らす。
そして……仮面。
鼻から額までを覆う、黒い仮面。
あとは出来るだけ裏声で喋れば完璧だ。普段のサヤはわりと低めの声なのだが、裏声で高めに喋ると故郷の友人達や家族にも『誰よ今の声!?』と驚かれたことがある。
変装は問題なし。
残るは名前だが……
「うーん。謎の美少女仮面格闘家……ビューティー仮面? マスク・ザ・レディ……ワンダーガール……ダイナマイトウーマン……グラップラー美姫……、……まぁ、いいわ。後で考えよう」
出逢いは劇的なものにしたい。
そうして『もしかして彼女の正体は……』とほんのり匂わせる。
重要なのはバランスだ。一発で正体がバレてもダメだし、まるっきり見当もつかないのではそれはそれで問題がある。
このミッションではわかりそうで確証は持てないという微妙なラインをコントロールする必要があるのだ。
「フフ……フヒッ♥ 待っててね、リュウ。全てがつまびらかにされた時、わたし達の愛は前以上に固く確かなものになるはずだから! その時は三日三晩愛し合うの! 徹底的に!! ドロドロに溶け合って一つになるまでッ!!」
**************************
そんな感じに計画を練っていたサヤだったのだが、いざリュウのいる街に追いついてみると凶悪なエビルオーク達の気配を感じ、駆けつけてみればまさかの愛しい人大ピンチなタイミングだった。
(ちょっ、なにこれ!? シチュエーション完璧! 完璧すぎる! ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーありがとう! あなた今度からパーフェクトネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーって名乗っていいわよ! わたしが許す!)
だが、あまりに完璧なシチュエーション過ぎたため、咄嗟に頭が回らなかった。
(名前どうしよう?)
思いつかない。
全然。
カッコイイのが。
まるっきり。
ダメだ。
それでもリュウに『あなたはいったい』と問われた以上、名乗らないわけにはいかない。
この上もなく最高の大見得を切りながら、サヤは『ええい、ままよ!』と流れに身を任せ叫んだ。
「ワタシの名は、正義を愛する孤高のヒーロー! 謎多き仮面の美少女格闘家……ヒロインマンッ!!」
――と。
■■■
一方的な戦いだった。
戦いというか、蹂躙劇にしかなっていなかった。
「なっ、なんなんだ……なんなんだぁテメェはよぉ!?」
「ヒロインマンよ!! テリャッ! ヒロインマンパンチ!!」
パンチと言いつつ鋭い手刀がエビルオークの首を鮮やかに刈り取った。
いつの間にか避難していたはずの街の人々もヒロインマンによる圧倒的なエビルオーク蹂躙ショーを見物に集まり、子供達は「ヒロインマーン! がんばえぇーーーっ!!」と応援してくれている。
サヤは子供が好きだ。
リュウとの間には二桁は子供をこさえたいと考えている。
いっぱいの子供と孫とひ孫に囲まれ、夫婦揃って大往生するつもりでいるのだ。
なので子供達の応援の声が、ヒロインマンにさらなる力を与えた。
「ヒロインマン烈風聖拳突きッ!!」
「アジャパッポペパッ!?」
「ヒロインマン六波返し!!」
「ホンギョブヒィイイイッ!?」
「ヒロインマン天将奔烈ッ!!」
「ブビピッピドゥ!!」
もはや蹂躙すら超えた虐殺。
エビルオーク達は「今からハンバーグでも作るの?」と思わず訊きたくなるくらい見事な挽肉と化していた。
配下を全員餃子の具にされて、ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーは怒り狂っていた。
許せない。
なんて非道な女なのだ。
こうなっては殺された配下の数だけ孕ませてやらなければ腹の虫が治まらない。
「ブォオオオオオッ!! 許せぬ! たかが人間の、雌の分際でぇえっ!! 散々叩きのめしてゴメンナサイさせた後はママにしてやる! エビルオークのママにしてやるからなぁあっ!!」
「――残念ながら、アナタには無理ネ」
「ブヒ?」
ママにしてやる宣言の直後、竜の首すら一撃で斬り飛ばせそうな巨大な戦斧を構えたネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーの懐へとヒロインマンがいつの間にか入り込んでいた。
「……あの」
「なに?」
「今からゴメンナサイって土下座したら許していただけますか?」
「逆に訊くケド、いただけると思うノ?」
ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーは悲痛な顔で首を横に振った。
「ですよねー……」
「ーーーーーーーー覇ッッ!!!!」
サヤの子供の頃からの夢。
王都の城を一撃で粉砕するのはまだ無理だが、城門と離宮くらいなら消し飛ばせる破壊力を秘めた拳がネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーの股間に触れる直前で、寸止めされていた。
寸止めで充分だった。
拳に纏わせた闘気は破滅の暴風と化してネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーの股間に炸裂し、この先もたくさんの捕らえた人間の女をママにするはずだったそこを完全に消滅させていた。
「……ふぅ。一丁上がり、っと」
「あっ、あの! 先程はありがとうございました!」
ネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザー率いるエビルオーク軍団を壊滅させたヒロインマンことサヤが一息ついていると、案の定リュウが歩み寄ってきて礼を言うと深々と頭を下げた。
命の恩人に対し礼も述べずに済ませる彼ではない。予想通りの展開なので、サヤは努めて平静を装うと、リュウが正面に立った途端もう我慢の限界だったので抱き締めて頬擦りした。
平静なんてクソ喰らえだ。
「はっ!? えっ、ちょ、なに!?」
「クンカクンカスーハスーハーッ♥ ……はっ! ごっ、ごめんなサイ! 持病の……ええ、これは持病ナノ。戦いを終えると特定の条件に符合する男性の汗の匂いを嗅ぎたくなって、もし嗅がないと三秒後に肉体が爆裂四散する持病ナノ」
無茶苦茶にも程がある言い訳だった。
「そ、そうだったんですか。オレがその条件とやらに符合するならいくらでも嗅いでください」
命の恩人に対しリュウは疑うということを知らなかった。
基本的に彼は善良で、思い込みが激しい上に騙されやすいのだ。やはりリュウには自分がついていてあげないと絶対に駄目だな、と決意も新たにしつつ、許可が下りたのでサヤは思う存分愛しい人の匂いを嗅ぎまくった。
「あ、でも……匂いを嗅ぐのはいいですけど、急に抱きついたりはやめてくださいね? ……オレ、その……恋人が、いるんで」
ちょっと照れたように呟かれた台詞に、サヤは五回くらい意識を失いかけた。
臍下辺りがむず痒い。
端的に言って非常にヤバイ状態だった。
「そ、そう。恋人サンがいるのネ。ご、ごめんなサイ」
「はい。……幼馴染みで、物心つく前からずっと一緒だった、この世界で一番大切な女の子なんです」
クリティカルヒット。
確実に致命傷。十回は死んでる。
もういっそこの場で正体を明かしてしまいたいという誘惑にサヤは懸命に抗った。
リュウにバレないようこっそりと自ら激痛を生じさせるツボを突いてなんとかお腹の奥の疼きを散らそうと踏ん張る。
リュウの告げてくる言の葉の一つ一つと比べたらネオグランドエビルエンペラーオークデスグレートオブジインペリアルカイザーなんてクソ雑魚もいいところだ。
ギルのことなんて本気で記憶の片隅からさえも消え去っていた。
だが。
だがそれでも。
(今は血涙を流してでも耐えて耐えて耐え抜いて、ここぞっていう超神タイミングで正体を明かした方が天地開闢級のカタルシスを得られるはず!! だから我慢、我慢よサヤ! わたし我慢出来る子! 偉いぞわたし! ファイト、ファイトよ……わたし……)
食事の際に真っ先に一番の好物へと箸を伸ばすサヤにしては、本当によく頑張ったと言えよう。
これ以上匂いを嗅ぎ続けると折角の我慢も無駄になりそうだったので、欲望を理性の鎖で雁字搦めにするとサヤは名残惜しそうにリュウから離れた。
「そ、それジャア、ワタシはもう行くワ。縁があったならまた逢いまショウ、少年」
「はい。今日は本当に、ありがとうございました。……これで、サヤ――恋人を邪神の呪いから解放するために旅立つことが出来ます」
「……ほえ?」
決意も固く拳を握るリュウの姿に、邪神に呪われたとかさっぱり身に覚えのないサヤは小首を傾げたがあまり気にしないことにした。
邪神に呪われた記憶は一切無いがリュウがそこから自分を解き放つために頑張るというなら呪われたということにしておこう、とサヤは呪いに関して適当な設定をでっち上げておくことに決めた。
「恋人サンのために、頑張ってネ、少年」
「はいっ!」
かくして、邪神に魂を売った(ことになってしまった)元仲間のギルを倒し、愛するサヤを解放するための《剣士》リュウの旅と、その後ろをストーキングしてことある毎に助けに入る仮面の美少女ヒーロー、ヒロインマンの旅が始まった。
やがて二人がいつの間にか本当に復活していた邪神を倒し伝説に名を刻むことになるなど、今はまだ誰も知る由も無かった……
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――ちなみに。
《治癒術士》のシーマがショックで使い物にならなかったため回復魔法を受けられず、病院に担ぎ込まれるのも遅れたギルの傷は、男性機能以外はなんとか完治した。
男性機能だけはどうにも無理だった。
砕けた胡桃は元には戻らなかったのだ。
仕方がないのでTS魔法で性別を転換したギルは、サヤに植え付けられたトラウマのせいで冒険者は廃業せざるを得なかったので普通の女の子として生きていくことにした。
それまで女の子をプレステしてきた因果応報なのか、何人もの男に騙されたギルだったが、最終的に地方都市で小さな花屋を営む男性と結婚してそこそこの幸せを手に入れた。
やがては人類最強になれたかも知れなかったSSランク《剣帝》の、あまりにも数奇な生涯であった。
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