1-9 あんなのは無視だ、無視。
翌朝。よく寝たなぁ、と思って目を覚ましたんだけど、まだ夜明け前だった。
やっぱりこの身体にはあんまり睡眠は必要ないらしい。
特にすることもないのでボーッとして朝が来るのを待ち、朝食をもらってから冒険者ギルドへ歩いて行った。
まだ相当に早い時間のはずなのに、冒険者ギルドはそこそこ賑わっていた。少なくとも、昨日の夕方より冒険者の数が多い。
様子を見ていると、まずは壁一面を占める掲示板に貼り出された紙片の中から受ける依頼を選び、それを持って向かいのカウンターで手続きをするという流れのようだ。
受付ブースは全部で6つあるんだけど、昨日と同じでなぜか左端の一つだけが空いている。受付嬢さんも昨日と同じ人だ。
少し奇妙に思いながらも、どうせなら顔見知りの人がいいのでその左端の受付に向かった。その受付ブースに並んでいるのは、20代前半ほどの茶髪のイケメンと30歳過ぎくらいの厳つい金髪大男の二人だけだ。
俺が茶髪イケメンの後ろに並ぶと、他の5つのブースに並んでいる冒険者たちが一斉に注目してきた。なんかざわついてるな。
何となく居心地の悪さを感じていると、今度は前に並んでいる茶髪イケメンが警戒するように俺をジロジロ見てきた。
「見かけない顔だな。あんた、流れの冒険者か?」
「いや。まだ冒険者じゃなくて、今から登録をしようかと……」
「はぁっ?」
茶髪イケメンの質問に答えると、そいつの態度が一変して俺を見下すような表情と声色に変わる。
「あのな、ここは高位ランク冒険者専用の受付なんだよ。俺はA、そっちのゲオルグさんはSランクだ。知らなくたって雰囲気で場違いだって分かんだろ、なぁ?」
うわ。なんだコイツ、感じ悪いな。
冒険者ランクのことなんか知ったことじゃないけど、まあ確かに間違った列に並んでいたのは俺が悪かった。
素直に謝って列を移動しようかと思った時、カウンターで受付嬢さんと話していたゲオルグさんとやらが振り向いた。
「その程度の事でイチイチ騒ぐんじゃねぇよ、みっともねぇ。誰にだって間違いはあるし、知らなきゃ尚更だ。お前にだって新人の頃はあっただろう。大目に見てやれよ、ケンツ」
「いやだってゲオルグさん、そもそもこの歳で新人ってのが終わってますよ。おおかた他で食い詰めて仕方なしに冒険者にでもなろうかって輩でしょう? この稼業を舐めてるとしか思えない。魔獣に食われて早死にする前に俺がその思い違いを……」
「力で思い知らせてやろうってか? 言っとくが、お前じゃその男には勝てねぇかも知れんぞ」
「……へ? でも俺はAランクの……」
「冒険者ランクだけで強さが決まるわけじゃねぇよ。大恥をかく前にもうその辺で黙っとけ。……兄ちゃん、ウチの若いのが失礼したな。コイツも冒険者って稼業に誇りを持っているからこその言い分だ。どうか気分を悪くしねぇでくれよ」
ゲオルグさんが睨んで一喝すると、ケンツはぐっと声を飲み込んで大人しくなった。
正直このケンツって男は気に食わないけど、せっかくゲオルグさんが俺を立てる形で仲裁しようとしてくれているんだから、ここは従っておこう。そもそも俺には喧嘩するつもりもないし。
「いえ。並ぶ列を間違えたのは確かに俺が悪いし、そのケンツさんの言う通り、他に稼ぎ口が思いつかないから冒険者になろうって考えたのも事実です。忠告はありがたく頂いておきますよ」
「そう言ってくれると助かるよ、兄ちゃん。さっきコイツが言っちまったが、俺はゲオルグだ」
「俺は、アレンです」
「ハハハッ。黒髪黒瞳のアレンか、そりゃ覚えやすくっていいやな! ここで冒険者になろうってんなら俺たちは仲間だ。よろしくな、アレン」
「よろしく、ゲオルグさん」
ゲオルグさんが笑顔で握手を求めてきたのでそれに応じると、彼は俺の肩をバシバシ叩いてから、じゃあまたな、と言ってギルドを出て行った。
そのあと俺は、ケンツに睨まれながら他の受付の列に並び直して順番を待つ事になった。あんなのは無視だ、無視。
◇
「はい、次の方ー。ご用件は…… 新規登録ですね?」
「お願いします」
俺の番が回ってきて受付嬢さんの前に立つと、さっきの騒ぎを聞かれていたようで、俺が何か言う前にもう手続きが進んでいた。
まあ手続きつっても、用紙に名前を書いていくつかの質問に答え、金属製のカードを貰って、注意事項を説明されるだけだったけど。
その注意事項の中に、俺がケンツに絡まれた原因の冒険者ランクの話もあった。
冒険者ランクはまず最低のFから始まって、実力や貢献度に応じてE、D、Cと上がっていく。そしてAランク以上は高位ランク冒険者と呼ばれ、ギルドから幾つかの便宜を図って貰えると同時に、危険度の高い魔獣が現れた時などに緊急出動するなどの義務も負う事になる。
現在、Aより上のランクはAA、S、SSまでだ。さっきのゲオルグさんはSランクだから、上から2番目。相当な実力者ってことだ。
そう言えばレティシアさんも左端の高位ランク冒険者専用受付を使ってたんだから、当然Aランク以上ってことになるな。
その冒険者ランクと同様に、魔獣にも危険度に応じてランクが付けられている。これもFから始まって最高がSSだ。
ランク付けの基準としては、その魔獣と一対一で戦うなら最低でもこれ以上のランクでなければ勝ち目はない、という目安が元になっている。そして魔獣の討伐に関しては、その魔獣を無理なく倒せる実力があると認められなければ引き受ける事ができない。
つまり、仮にCランクの魔獣が1匹いたとして、この魔獣の討伐依頼を受けられるのは、Bランク以上の冒険者もしくは複数のCランク冒険者、という事になる。
ただし、このルールはあくまで魔獣の討伐依頼に関してのことであって、遭遇戦には適用されない。
例えば、Cランク冒険者が依頼の遂行中にBランク魔獣に出会ってしまった場合、これと戦うかどうかの判断は冒険者自身に委ねられる。まあ当たり前といえば当たり前の事なんだけど。
もう一つ重要な情報として、この世界にはいわゆるダンジョンが存在するらしい。ここルビーニアの近郊にも幾つかのダンジョンがあって、冒険者たちの収入源かつ街の経済の下支えとなっている。
ただ、ダンジョンは中に入ると当然ながら魔獣との連戦になるので、単独ではCランク以上の冒険者でなければ入ることができない。
さてここで問題。俺は今なりたてのFランク冒険者。ルール的にはFランク魔獣すら単独で討伐できない。もちろんダンジョンも不可。
そうすると、俺はどうやって金を稼げばいいのか?
「初心者の方にお勧めなのは、こちらの依頼になりますねー」
受付嬢さんが笑顔で差し出した紙片に書かれていたのは、もう定番中の定番と言うべき、薬草採取の依頼だった。