1-7 絞殺だと何か問題が?
ルビーニアの街は、歩きでも日没までに辿り着く距離にあるらしい。
その道中、レティシアさんは俺に、この世界の常識や生活様式について色々と教えてくれた。
可愛い女の子と会話ができて、しかも役に立つ知識を得られるんだから、こんなにありがたいことはない。
「……ですから、中央大陸のどこに行っても同じディル貨幣が使えるのも、1000年前に大陸を統一したアレンティウスの功績なんですよ」
ただ、どんな話題からでもごく自然に不死者アレンティウスの武勇伝へと脱線していくのが、ちょっとだけ珠に瑕だ。
いや、でもその気持ちはよく分かるよ。自分の好きなものはついつい語りたくなっちゃうよね。俺も空気を読まずにアニメの話なんかを始めちゃって引かれることがよくあったからさ。……とは言っても、レティシアさんの話は俺も聞いてて楽しいから別にいいんだけど。
ともあれ、俺の中での彼女はアレンティウスファンからアレンティウスマニアへ昇格だ。
そのこと以外で会話の端々からどうにか判明したレティシアさん本人の情報は、年齢がおそらく17か18歳くらい。5年前に田舎からルビーニアへ出てきて一人暮らし中。職業は冒険者。……と、この程度だ。
ちなみに俺の外見だけど、彼女の目からは20代前半に見えるらしい。つまり、この体になって10歳ほど若返ったってことになる。
ただ顔の作りについて聞いてみると、なにやら言いにくそうに視線を逸らして口をモゴモゴさせていたので、前世同様これはあまり期待はできなさそうだな。残念。
◇
話をしながらのんびりと歩いていたせいで、目的地のルビーニアに到着した頃には少し陽が傾き始めていた。
ルビーニアはいわゆる城塞都市で、農地以外の街並みはぐるりと高い防壁に囲まれている。ただ人の出入りはわりと自由なようで、門にはちゃんと門衛が常駐していたのに、身分証の提示も何もなくすんなりと街の中に入ることができた。
「おお。広いな」
「ルビーニアは、この国でも有数の大都市なんですよ」
思わず漏れた俺の感想を聞いて、レティシアさんがちょっと得意げに胸を張って言う。防壁に囲まれてスペースには限りがあるはずなのに、意外にもゆったりとした佇まいの街だ。
建物は概ね3階建以上の高さで、馬車の行き交う大通りは広く、人通りもそれなりにあるのに混雑している感じはしない。
もちろん日本の都市部には比べるべくもないけど、彼女の言う通りここが大きな街であることは確かなようだ。
「それじゃあ、まずは冒険者ギルドへ行ってからアレンさんの泊まる宿を決めて、そのあと晩ご飯ですね。何か食べたいものとかありますか?」
「えっ? あ。いや、俺は……」
宿に泊まるにも食事をするにも、手持ちの金がない。見事に一文無しだ。
だけどそれを知られると、人の良いレティシアさんのことだから宿代を払うとか言い出しかねない。それはさすがに申し訳なさすぎる。
ぶっちゃけ俺には食事は必要ないし、何なら寝なくても大丈夫なので一晩中その辺をうろついていればいいだけの事だ。
「お金の心配なら必要ないですよ。ほら、これがありますから」
俺の心を読んだのか、レティシアさんがそう言って差し出したのは、濃い緑色の宝石だ。
「これって、……地亜龍を入れた収納石?」
「はい。これはアレンさんが倒した地亜龍ですから、当然アレンさんのものです。換金すれば当面の資金になりますよ」
収納魔法にかかった分のお金は後で払ってくれればいいですから、と笑顔で追い打ちをかけられては、さすがに断るわけにもいかない。
確かにお金はあるに越したことはないので、ありがたく受け取っておくことにした。
◇
そこからまた少し歩いて到着した冒険者ギルドは、厳つい荒くれ者どもの屯する下卑た雰囲気の…… なんて事は全然なく、病院の総合受付のような清潔感のあるところだった。
あ、でも受付のお姉さんはみんな揃って胸が大きいぞ。
カウンターに並んだり、紙片の貼り付けられた掲示板を覗いたりしている人の数が少ないのは、たぶん時間が遅いせいだろう。
横並びに衝立で仕切られた幾つかの受付のうち、一番左側だけにはなぜか人が並んでいない。その空いた受付に、レティシアさんは迷わず歩いて行った。
「お帰りなさい、レティシアさん。依頼完了報告ですね?」
「はい。これがそうです」
簡単に挨拶をかわすと、レティシアさんはカウンターの上に3つの収納石を並べる。
それを見た受付嬢さんの目が丸く見開かれた。
「ええっ? もしかして、3体もいたんですか!?」
「はい。でも何とか無事に倒せました」
「申し訳ありません、こちらの確認不足で…… レティシアさんに依頼を受けて貰って良かったです。これは他の人だとちょっと危なかったかも知れませんね。それでは確認してきますので、少しお待ちください」
受付嬢さんは恐縮した様子で、収納石を持って奥へ下がって行った。
そう言えばレティシアさんが、地亜龍は1匹のはずだったのに3匹もいた、みたいな事を言ってたな。それは依頼をかけた冒険者ギルドのミスだったわけだ。いざ現地に行ってみれば聞いていた話の3倍も敵がいた、なんて事になったらそりゃあ驚くよな。
まあそれでもレティシアさんなら、俺がいなくたって3匹くらい倒すのは余裕だっただろうけど。
そうしてしばらく待っていると、さっきの受付嬢さんが今度は慌てた様子でバタバタとカウンターへ戻ってきた。
「レティシアさん、地亜龍の1体にはほとんど外傷が見当たらないんですけど、どうやって倒されたんでしょう!?」
「あっ。それなら、あちらのアレンさんがこう、ぎゅっと首を絞めて」
「ら、地亜龍を絞殺っ!? どれだけ腕力があればそんな事ができるんですか!?」
「私も驚きましたけど、アレンさんにはそれができるんですよ」
少しカウンターから離れた場所で手続きが済むのを待っていた俺を、受付嬢さんが驚愕の眼差しで見つめてきた。
レティシアさんもこっちを見ているが、彼女はなぜかちょっと得意げな表情だ。
それだけならまだしも、受付嬢さんの声を聞きつけた他のカウンターの冒険者たちからも、興味津々といった様子の視線を集めてしまっている。これはかなり居心地が悪い。
「確かに倒したのは俺だけど…… それで、絞殺だと何か問題が?」
「いえ、問題は全然ありません! むしろ、ほとんど傷がなく素材としての状態が良すぎるもので、ここで買い取らせていただくよりオークションにかけるべきだと担当者が申しておりますが、いかがでしょう?」
受付嬢さんが言うには、地亜龍のような強敵は一撃で倒すことが難しいため、どうしても体に幾つかの傷がついてしまい、その分素材としての価値が下がる。
ところが俺の倒した地亜龍は、喉の鱗が数枚剥がれているだけで、あとは完全な無傷だ。こんなに状態の良いものが市場に出回ることはまずないので、一部の好事家や研究者なら相当な高値を付けるだろう、とのことだった。
「いいじゃないですかアレンさん! どうせなら、高く売れるに越したことはないですよ」
「その通りです。冒険者ギルドとしても、それをお勧めします」
「そうかな。それじゃあ、それで頼みます」
レティシアさんと受付嬢さんが熱心に勧めてくるので、この件はお任せすることにした。
俺一人だったら迷ったかも知れないけど、レティシアさんがそれが良いと言うのなら間違いはないだろう。
「承知しました。それでは、こちらの地亜龍は王都のオークション送りとなりますので、換金には10日から15日ほどお待ちください」
「……へっ?」
そんなわけでとりあえず今夜、俺の無一文は確定した。