1-6 そりゃあ盛りすぎだろう。
今より1000年以上の昔、中央大陸は突如出現した「魔人」によって征服された。
種族や年齢、性別を問わず人々はみな奴隷のように扱われ、理由もなく殺されていった。
そんな悪夢のような時代が数十年続いたころ、一人の英雄が現れる。
その英雄の名は、アレンティウス。
彼は大陸を巡りながら、人族、獣族、長耳族、古代龍族、巨人族、その他ありとあらゆる国家と種族を束ねる大帝国を築き、その戦力を結集して魔人の率いる魔獣の群れと戦った。
魔人との全面戦争はその後約50年にも及び、各種族に甚大な被害をもたらしたが、最終的に人々は勝利を収めることができた。
その頃には既に救世の英雄と崇められていたアレンティウスは、魔人の脅威が去ったとみると、ある日忽然と消息を絶つ。そしてそれ以後、彼の姿を見た者はない。
アレンティウスが世界各地に遺した英雄譚は、書物として残された有名なものだけでも数十、口伝を含むローカルなものも併せれば数百にも及ぶ。
彼の外見に関しては、歴史に姿を現した当初の古いものから魔人との最終決戦まで、年代にして100年ほどの隔たりがあるにも関わらず、常に「黒髪黒瞳の青年」であったと伝えられている。
さらに彼は戦では必ず先頭に立って自ら魔人と戦い、またどのような激戦の中にあっても一度も大傷を負うことがなかったため、人々はいつしか彼のことを「不死者」あるいは「不死の英雄」と呼ぶようになった。
◇◆◇
「でもアレンティウスがいなくなると、やっぱりまた種族や民族で独立してバラバラになっちゃったんですけどね」
俺は今、自分の名前の由来であるアレンティウスという人物について教えてもらっている。
ざっくり聞くところ、おとぎ話とか神話に出てくる英雄みたいな感じだな。でもここは何せファンタジー世界だから、そんな不死身の超人が実在していても不思議じゃない。
「アレンティウスの興した大帝国は、ここからずっと西にあるフォスパティア帝国として残っていて、今でも中央大陸で一番大きい国なんですよ。そしていま私たちがいるここは、大陸東部エメランディ王国のルビーニアという街の近くです」
レティシアさんが地面に大雑把な地図を書き、その一点をとんとんと指す。
「そのルビーニアにも、不死者アレンティウスの英雄譚が残っています」
彼女が言うには1000年以上の昔、小さな村だったルビーニアが地亜龍の群れに襲われた。
その時そこに、当時まだ名を知られる前のアレンティウスがふらりと現れ、武器も持たずにたった一人で何匹もの地亜龍を倒し、村を救ったそうだ。
「だからアレンさんが素手で地亜龍を倒したのを見て、私、びっくりしちゃいました。そんなことのできる人が本当にいるんだなぁって」
「いやいや。あれはまぐれだよ、運が良かったんだ」
「またまたぁ。まぐれや偶然であんなことできないですよー」
実際、俺も地亜龍の数匹程度なら倒すのは難しくないんだけど、あんまり持ち上げられすぎても落ち着かないので適当に誤魔化しておくことにした。
それにレティシアさんだって素手でさえなければ倒せるわけだから、俺が特別強いってわけでもないだろう。
それはそうと、不死者アレンティウスってのは格闘家なんだろうか。
神話の英雄が殴る蹴るで敵を倒すってのは、ちょっとイメージが違うな。伝説の剣みたいな感じの武器はなかったのかな?
「不死者アレンティウスがここに現れたのは、彼の伝説の初期ですから。この後の冒険で『最強の刃』や『絶対の盾』と出会うんです。でも実は、彼の本領は魔法使いなんですよ。『大陸最強の大魔導』なんて呼ばれることもあるくらいです」
おおっと。ちょっと情報量が増えてきたぞ。
最強の魔法使いで素手でも強くて、なんだか凄そうな武器と防具も装備してるのか。そりゃあ盛りすぎだろう。
それにしても、アレンティウスの話をするレティシアさんの表情はとっても楽しそうだ。いや、幸せそうだと言ってもいい。
きっと、よっぽどのファンなんだな。
ところで、「魔法使い」なんて言葉がさらっと出てきたけど、やっぱりあるんだな魔法。さすが西洋ファンタジー世界。
俺にも使えたりするんだろうか?
「その魔法ってのは、誰でも使えるものなのかな?」
「魔法使いの資質を持っている人は稀ですね。私の友達に魔法使いがいますけど、私はさっぱりです。でも、魔力自体は誰にでもありますから、簡単な魔法ならスクロールがあれば使えますよ」
「スクロール?」
「はい。魔法使いが描いた魔法陣のことです。ちょうどその地亜龍を始末しないといけませんから、やってみますね」
始末って何だろう? 死体を放置できないから燃やすって事だろうか。いやいや、あれを燃やせる魔法があるんなら最初から使ってるよな。
不思議に思いながら見ていると、レティシアさんはウェストポーチから1冊の紙束を取り出した。それは15センチ四方くらいの紙を30枚ほど重ねたもので、ひとつの角をクリップで留めて束ねてある。
その紙束をぱらぱらと捲っていくと、どの紙にも複雑で規則的な模様が描かれているのが見えた。うん、いかにも魔法陣って感じだ。
レティシアさんはその中の1枚を抜き取ると、さっき倒した首なし地亜龍の死体に近付いて手を触れた。
「この一塊を我が手の中に。圧縮」
短い呪文を唱えると、全長8メートルの巨大なバケモノが一瞬だけ白く発光して、跡形もなく消え失せた。
レティシアさんは俺の驚いた顔を見て得意そうに微笑むと、手のひらを差し出す。そこには濃い緑色をした、直径3センチほどの宝石のようなものが乗っていた。
おおそして見ろ、レティシアさんはドヤ顔も可愛いぞ。
「収納の魔法です。どんなに大きな魔獣でも、こうすれば簡単に運べますよ」
「驚いたよ、凄いな! でもそれって、重くないの?」
「もちろん、見た目通りの重さです」
試しに持たせてもらうと、確かに小石くらいの重さだった。どういう仕組みなのかは分からないけど、この魔法が有用なのはすぐに理解できる。
収納の魔法は「圧縮」と「展開」がワンセットで、この宝石……収納石を目的地まで運んでから、もう一度呪文を唱えて元の姿に戻すんだそうだ。
一塊になっているものなら何でも一つの収納石に圧縮できるけど、生きているものや地面に固定されているものはダメだとか、収納できるものには色々と制約があるらしい。
そして今実演してもらったように、スクロール1枚が魔法の1回で消費されて消える。ただし、スクロールさえあれば何回でも魔法が使えるというわけではなく、スクロールを持って呪文を唱える者が相応の魔力を消費しなければならない。
だから当然魔力が少なくなれば、たとえスクロールがあっても魔法を発動させられない。
でもってこのスクロールを作成できるのは、生まれながらの資質を持ち、かつ修行を積んだ魔法使いだけという事なんだそうだ。
ちなみに、今回は俺に説明するためにわざわざ紙束から収納魔法のスクロールを抜き出して使ってくれたけど、本来はウェストポーチに入れたままでも問題なく魔法が使える。
そうでなきゃ、戦闘中にいちいち紙束の中から攻撃魔法のスクロールを探してなんかいられないもんな。
そのあと、俺が倒した地亜龍と、少し離れたところに転がっていたもう1匹の死体も同じように「圧縮」して、レティシアさんはルビーニアの街への帰途についた。
そして俺も、彼女が「一緒に行きませんか?」と誘ってくれたので、喜んでついて行くことにした。他に行くアテもないしね。
……すみません嘘です。レティシアさんともっと話がしたいからです。