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1-5 アレンティウスって、誰?

 巨大なバケモノ、地亜龍(ランドドラゴン)を剣で斬り倒した少女が、じっとこっちを見ている。

 見た感じ、高校生くらいだろうか。ショートボブにした金髪と大きな空色の瞳が綺麗な、快活そうな美少女だ。


 この子がこんなに強いのなら、俺が出しゃばるまでもなかったかな。もしかしたら余計なことをしただろうか? ここに来てようやく出会えた人間なんだから色々と教えてもらいたいこともあるし、機嫌を損ねてなければいいけど。

 あー。でも考えてみるとずいぶん長い間、女の子と会話する機会なんかなかったから、すっごく緊張するな。どう声を掛ければいいんだろう。


 ……とりあえず、無難に挨拶から入ってみるか。


「あのー。こんにちは」


「あ、はいっ。こんにちは」


 ぺこりと頭を下げてくれた。おっ、いい感じ。


「えーっと。……君、強いんだね?」


「…………」


 首なし死体の地亜龍(ランドドラゴン)を指差しながらそう言ってみると、彼女はガクッと肩を落としてしまった。

 あれっ、褒めたつもりだったんだけど失言だったか?

 少女の態度の急変に少し慌てると、彼女は徐に顔を上げて一気に捲し立ててきた。


「それは私が言いたいことですっ! 見てましたからね私、ずっと、一部始終っ! 地亜龍(ランドドラゴン)を素手で倒すなんて、強いとかどうとか言うレベルじゃなくてもう、尋常じゃないですよっ!? 本当にそんな事ができる人がいるなんて私、思いもしませんでした! それからさっき、鋼のフルプレートだって簡単に切り裂く爪の一撃、絶対にもらってましたよね!? あれ普通ならもう命がないと思いますけど、怪我とか大丈夫なんですか? あっ。それよりもまず、人がいるとは気付かずに地亜龍(ランドドラゴン)をこちらへ誘導しちゃってすみませんでした。それにあなたが1匹引き受けてくれたおかげで、こうして無事に倒すことができました。ありがとうございます」


 口を挟む隙を見つけられずに黙って聞いていると、なんだか途中から落ち着いてきたらしい。

 命がないと……のあたりから急に口調が柔らかくなり、俺の体の心配、謝罪と続いて最後はまたぺこりと頭を下げてお礼まで言ってくれた。


「いや、こっちが勝手にしたことだから。役に立てたなら嬉しいよ」


「はいっ。それはもう、すっごく助かりました。討伐依頼では1匹のはずだったんですけどいざ来てみたら3匹もいて、どうにか1匹は倒したんですけど、そのあとなかなか仕留める隙を見つけられなくて困ってたんですよ。……あ。私、レティシアって言います。あなたのお名前は?」


「俺? 俺の名前は…… あれっ? えーっと……」


「どうしたんですか?」


 おかしいぞ。自分の名前が思い出せない。

 ちょっと落ち着いて考えよう。ここに来る前は日本にいた。日本の……どこだっけ。確か俺は仕事の帰りに…… 何をしてた?

 ヤバい。なんか考えれば考えるほど記憶が抜け落ちていくような気がする。頭が痛い。


「大丈夫ですか、顔色が悪いですよ? やっぱり、さっきのでどこか怪我をしたんじゃないですか?」


 金髪の少女、レティシアさんが心配そうに近付いてきて、ぺたぺたと俺の背中や頭に手を当ててくる。

 だけど、どこにも怪我はないはずだ。痛むところもない。もしも頭を打って記憶をなくしたとするなら、それは今日じゃなくてむしろ赤眼の鱗猪と戦った時じゃないだろうか?

 それならそれで、人の良さそうなこの少女に責任を感じさせるのは忍びないし、いっそ最初から記憶がないことにした方が色々と都合がいいだろう。


 そんな事を自分でも驚くくらい短時間で冷静に考えて、俺はレティシアさんに、一昨日より前の記憶がないと説明した。

 ふと気付くとこの森の中にいて、自分自身のことやこの世界の常識なんかもほとんど思い出せない、と。……まるっきり嘘ってわけでもないし、まあいいだろう。


「そうなんですか…… それはお気の毒です……」


 うおっ。さっそく罪悪感に駆られてしまった。

 レティシアさんが目を伏せ、自分の事のように、……って言うか明らかに俺自身よりも心配してくれている。やっぱり人が良いな、この子。


「気遣ってくれてありがとう。でも幸いこの通り体は丈夫だし、言葉もわかる。それ以外の記憶なんかなくてもどうとでもなるよ」


「力だけじゃなくて、心も強いんですね。でも、せめて名前はないと不便だと思いますよ」


「それはそうだな。じゃあ、君が名付けてくれないか?」


「えっ。私がですか!?」


「うん。頼むよ」


 どうせならこの世界風の名前にしてもらおうと、レティシアさんに名付けを頼むことにした。

 彼女は唇に指をちょんと当てる可愛らしいポーズで少しだけ思案すると、すぐに何か思いついたらしく、大きく頷く。


「アレン、って名前はどうですか?」


「アレン…… アレンか、いいね。何か謂れがあるのかな?」


「それはもちろん、不死者アレンティウスですよ! 武器を持たずに地亜龍(ランドドラゴン)を倒す黒髪黒瞳の青年、まさにぴったりです!」


 彼女は興奮したようにそう言って、少し頬を染めながらにこっと微笑む。

 その笑顔があまりに素敵すぎたために俺は呆然としてしまい、それでまた彼女に心配されることになった。


 ……で、不死者アレンティウスって、誰?



 ◇



「まさか不死者アレンティウスの事を知らない人がいるとは思いませんでした。……あっ。アレンさんは記憶をなくしてるんでしたね。すみません」


 このアレンティウスという人物は余程の有名人らしく、軽い気持ちで「それは何をした人?」と尋ねてみると、えらく驚かれた。

 あと、俺の名前はアレンで決定だ。この世界ではアレンにアル、アレスなど、この人物にあやかった名前は多いそうだ。


「君が謝ることはないよ。忘れたこっちが悪いんだから」


「いえ。私の配慮が足りませんでした。……それはそうとアレンさん。私はちゃんと名乗りましたよ?」


 レティシアさんがジト目で見上げてきた。


 ううっ。言ってることは分かるけど、「レティシア」ってつまりファーストネームだろ。苗字ならともかく、名前で呼ぶのは恥ずかしいって言うかなんて言うか……

 それに考えてみれば、こんな若い女の子と親しげに話をするなんて、自分自身が現役中高生の頃にだってほとんどなかった経験だ。そのうえレティシアさんは抜群に可愛いし、おまけにさっきは俺の怪我の心配って理由はあったにせよ間近で体に触れてきたりもしたし。

 うわぁ、思い出したら今更ながらにドキドキしてきたぞ。


 いやいや、それじゃいかんな。せっかく向こうが気を遣って話しかけてくれているんだ。こういう事には慣れていかなきゃ。


「ごめん。えーっと、……レティシアさん」


「レティシア、でいいですよ」


「……善処します」


 緊張と恥ずかしさが頂点に達した俺が頬を掻きながらそう言うと、レティシアさんが楽しそうにあははっ、と笑った。

 またその仕草がとても可愛くて、余計に照れた。

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