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1-3 よく頑張ったよ、俺。

 短い洞窟のような穴から外に出ると、そこは小高い丘の上だった。

 目の前には、見渡す限りの広大な森が広がっている。どの方角を向いても見える光景はほぼ同じだ。


 その風景を眺めながら、思わず大きく深呼吸をした。

 やっぱり暗い石室のこもった空気とは違って、清々しくて気持ちがいい。


 さて。ここまでくると、俺の身にいったい何が起きたのか、否応でも理解できてくる。

 俺はあの夜、大男の通り魔に刺されて死んだ。そして別の身体になって蘇ったかあるいは転生した。さらにさっきまでいた石室の不可解な仕掛け、そしてそこに出現するバケモノのことを考え合わせると、ここは慣れ親しんだ俺の世界ではありえない。


 ……異世界転移、もしくは転生。

 そうでもなければ説明のつけようがない。


 だけど小説なんかじゃ、異世界に送られる前には神様に出会って一通りの説明とかを受けるもんだよな?

 それがいきなりあの無限ループの石室で、おまけに問答無用でバケモノたちと戦わされるとか、不親切にも程がある。途中で心が折れてても仕方ない状況だぞ。よく頑張ったよ、俺。

 ……でもまあ、現実なんてそんなもんか。強い身体に生まれ変わらせて貰えただけでも感謝しなきゃな。




 俺は丘を下り、とりあえずそのまま真っ直ぐ進む。

 延々歩き続ければ、そのうちいつかは森を抜けるだろう。なにしろこっちは飢えないし疲れないわけだから、焦る必要なんかない。


 そう思って歩き始めると、いきなり風景に変化があった。巨木の生い茂る森の中に、建物の残骸が見える。

 それも一つや二つの話じゃない。かなり広範囲の大きな街が、丸ごと森に飲み込まれたって感じだ。転がっている瓦礫を見ると、材質は石か煉瓦。コンクリートやアスファルトのようなものは見当たらない。

 元は立派な建物だっただろう瓦礫の山を迂回しながら、俺はできるだけ進む方角を変えないよう気をつけて歩いて行った。



 ◇



 そうしてしばらく進むと、前方に生き物の気配を感じた。


 その足音の癖や息の漏れる音には聞き覚えがある。馬鹿デカい猪っぽいバケモノだ。そのうえ獣毛じゃなくて鱗で覆われてるヤツ。数は10から15匹ってところか。

 ならば先手必勝、とダッシュで一気に距離を詰めて襲いかかる。接近すると、木々に隠れていたその姿が見えた。やっぱり鱗猪だ。


 コイツも正面にさえ立たなければ危険はない相手なんだけど、残念ながら一撃で倒せる急所は正面にしかない。

 なるべく複数を同時に相手取らなくてもいいように誘導しつつ、突進してくる鱗猪の眉間を殴り、あるいは横に躱して眼の後ろあたりに拳を突き入れる。

 どちらにせよ俺の攻撃は一発で硬そうな鱗を貫き、その下の分厚い頭蓋骨をも砕く。それで脳にダメージを与えて終了だ。




 それで何匹かを倒した時、一際大きな鱗猪が俺に突進してきた。普通でも軽自動車くらいのサイズがあるのに、そいつはさらに二回りくらい大きい。もう見上げる大きさだ。

 おまけにその一体だけ、両眼が不気味な赤い色に光っている。それも陽光を反射しているとかじゃなくて、明らかに自分で発光している。なんか気味が悪い。


 ただその赤眼鱗猪は、鋭い牙で俺を引っ掛けるつもりで頭を低くして突っ込んでくるため、俺にとってはちょうど殴りやすい高さに急所の眉間がある。

 それなら、することは同じだ。俺は半身になって腰溜めに右拳を構え、猛進してくる赤眼鱗猪の眉間にカウンターで正拳突きを叩き込んだ。


 ……ゴキッ!!


「ゴふぅっ!?」


 痛てぇ! めっちゃ拳が痛てぇっ!

 あとお腹っ! ちょっぴり牙刺さってるっ!?


 鋭い牙ですくい上げられた俺は宙を舞い、背中から地面に落ちたが、すぐに立ち上がって傷を確認する。

 右拳は痺れているけど、動く。大丈夫そうだ。牙に刺された腹からは血が滲んでいる。……っと、傷はもう塞がってるな。だけどこれは、この身体としては初の負傷だ。さすがに何があっても傷付かないってわけじゃないんだな。軽傷で済んでよかったよ。


 赤眼鱗猪はどうなったかと見ると、健在だった。

 ただし全くのノーダメージというわけでもないようで、少しふらついている。

 なんてこった。まさか地上にはこんな強敵がゴロゴロしてるんじゃないだろうな?


 そうしているうちに赤眼鱗猪はダメージから復活し、再度突進を掛けてきた。

 俺は今度はそれを躱し、第二の急所である眼の後ろを殴りつける。すると再び物凄い手応えが返ってきて、拳がビリビリと痺れた。

 またしても赤眼鱗猪を仕留め損ない、振り向きざまの牙の一撃をくらって吹っ飛ぶ。でも大丈夫、今度はちゃんとガードしてる。


 着地後一回転して素早く立ち上がると、そこへ別の鱗猪が攻撃を仕掛けてきた。

 それを軽く躱して眼の後ろへ一撃入れると、そいつは突っ込んできた勢いのまま10メートルほど進んでドサリと倒れた。

 やっぱり他のは普通に倒せるな。あの赤眼だけが異常なのか。


 その間に体勢を立て直した赤眼鱗猪の、三度目の突進が迫る。

 ……どう対処する?


 正直、さっきの横からの攻撃はほとんど効果がなさそうだったけど、正面から眉間を殴った時には少しだけふらついていた。

 そうするとやっぱり正面からカウンターを狙うべきか。それも、どうせやるならさっき以上の力で。


「うっりゃあああああぁぁぁあっ!!」


 意を決した俺は雄叫びを上げて赤眼鱗猪に飛びかかる。今度はこっちからの運動エネルギーも追加だ。

 十数メートルの距離がほぼ一瞬でゼロになり、右拳にありったけの力を乗せて敵の眉間に叩きつける。

 インパクトの瞬間、グシャッと身の毛のよだつ感触が骨を伝い、俺は赤眼鱗猪に撥ね飛ばされた。


 砕けたのは、どっちだ?


 立ち上がって右手を見ると、指が何本か変な方向を向いている。それを確認した途端、刺すような激痛に襲われた。くそっ、ダメだったか!

 それでもどうにか追撃に備えて身構えようとすると、ズゥンッ、と重い音を立てて赤眼鱗猪が横倒しに倒れた。おおっ、助かった、ちゃんと効いていたみたいだ。


 まだ息があり、立ち上がろうともがく赤眼鱗猪の眉間に止めの蹴りをお見舞いし、その勢いで他の鱗猪たちを屠っていく。

 ボスの赤眼を倒したせいか、3匹ほどが戦意を失って逃げて行き、それでようやく戦闘終了だ。

 一時はどうなることかと思ったけど、何とか勝てたな。よし、先に進もう。




 ……あれっ、さっきまでどっち向きに歩いてたんだっけ?

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