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Beauty Black

作者: 光太朗
掲載日:2009/01/27

「ね、吉永さんは知ってる? なんでも願いを叶えてくれる、妖精の話。この学校にね──」

「バカじゃないの。なんでアタシがあなたたちと一緒に、仲良くオハナシしなきゃいけないの。価値が下がるでしょ、価値が。他でやってくれない」


 吉永ソニアはいい放った。クラスメイトたちは顔を見合わせて、すごすごと離れていく。美人だけどヤな女──これみよがしな悪態が聞こえてきたが、ソニアはまったく意に介さなかった。美人という言葉が聞こえてきたからだ。わかっているなら、それでいい。

 吉永ソニア。純日本人だが、カタカナでソニアだ。ソニアはこの名前が気に入っていた。美人の自分によく似合う。両親は並の容姿だが、自分を絶世の美女に生んでくれたことには感謝している。

 ソニアは自分が世界一かわいいと本気で思っていた。中学も高校も、制服のかわいらしさで選んだ。大学は、品性を高められる淑女学校へ進むつもりだ。大学生活のうちに将来有望なジュニアをつかまえて、未来は社長夫人。彼女のプランは完璧だ。事実、十七年間、思い描いた通りの生き方をしてきた。


「ほう、おぬし、美しいのう」


 不意に、声が聞こえた。

 ソニアは眉をひそめ、周りを見た。いつのまにか、教室には自分ひとりになっていた。さっきまでたくさんのクラスメイトがいたはずなのに。

 声など、気のせいだったのだろうか。なんだか気味が悪くなって、急いでスクールバッグを肩に引っかける。長い髪を後ろに払うと、さっさと歩きだそうとした。

 しかし、できなかった。

 長い髪の端を、誰かに捕まれていた。くん、と頭が後ろに引かれる。

「待て待て。せっかく褒めているのに、礼もいわず去るやつがおるか」

 今度ははっきりと、聞こえた。ソニアはほとんど反射だけで振り返った。

 そこには、小さな人間がいた。

 幼いころ、絵本で読んだこびとを思い出した。ソニアの机の上に、十センチあるかないかの、小さな小さなひとの姿。

 しかし、絵本のそれとはひどくイメージが異なっていた。

 マゲを結っている。何やら重そうな、仰々しい着物を着ている。


「……妖怪?」

「失礼な。妖精じゃ」

「マジで」


 ソニアは鼻を鳴らした。クラスメイトの話が頭をよぎる。これが見間違いにしろ夢にしろ、たとえ現実であったにしろ、とりあえず怖くはなかった。身をかがめて、自称「妖精」のマゲをつまむ。


「へえ、ちゃんと触れる。気持ち悪い」

「貴様、ほんに失礼じゃな。せっかくそれほどの美を持っておるのに。なんと惜しい逸材よ」


 妖精は嘆いた。悪い気はせず、ソニアはにっこりと微笑んでやる。ソニアにとっては、内面の美しさなどどうでもよかった。そんなものはいくらでも取り繕うことができるのだと、経験から知っていた。


「妖精さん、アタシになにか? あんまり美しいから出て来ちゃったの?」


 妖精を机に戻してやると、床にしゃがんで、あえて上目遣いを披露する。ふむ、と妖精はなにごとかを思案するように、顎に手をあてた。ソニアの顔をまじまじと見る。


「そうじゃな。おぬしの美しさに惹かれ、思わず出て来てしまったのは事実じゃ。だが惜しい。本当に惜しい。完全なる美かと思えば、おされの基本もなっておらんとは」

「──聞き捨てなんないけど」


 ソニアは怒りを露わに目を細めた。内面をどうけなされようとも響かないが、おしゃれというのならば外見のことだろう。

 朝は一時間かけてメイクをして出てくるというのに。学校でも、休み時間ごとにトイレで美のチェックをするというのに。


「何が足りないのよ。いちゃもんつけてると、ひねりつぶすよ」

「いやちょっと! わしは妖精じゃぞ! 妖精ひねりつぶしたら、後味悪いぞ!」

「後味ぐらいなに。いま最高に気分悪いの」

「──待て、話は最後まで聞かぬか!」


 妖精は慌てて両手を突き出した。まさに妖精をひねろうとしていたソニアは、唇を尖らせながらも聞いてやることにする。

 椅子を引き、音をたてて座ると、腕を組んだ。


「手短にね」

「そもそもわしは、人間の願いを叶える妖精なのじゃ。貴様の願いを叶えようと、こうして出て来た。美人なおなごに弱いのでな。ささ、願いごとを申せ」

「特にないわ。すでに世界一美人だし」


 妖精は、大仰な仕草で首を左右に振った。大きくため息を吐き出す。


「確かに、美しい。しかし、おされがなあ……」


 ソニアは眉間に皺を寄せ、妖精を睨みつけた。今度こそひねりつぶそうと、手を伸ばす。


「待て待て、では、こうしよう──貴様に欠落しているおされ、わしが補ってやろう。それさえ加われば、そなたの美は完璧じゃ」

「タダで?」

「タダで」


 ソニアは、足を組んで、数秒の間思案した。どう聞いても胡散臭い。が、やってくれるというのならば、やってもらおうじゃないかという気持ちが勝った。おしゃれが足りないというのならば補ってもらい、気に入らなければせいぜいなじって、それからひねっても遅くはない。


「じゃ、お願い」

「いいじゃろう」


 満足げに笑って、妖精は両手をかかげた。淡い光が、両の手を包む。


「──ほんじゃかまかまかぴたりか、ほあ!」


 冗談みたいな呪文と共に、光が弾けた。

 ソニアは思わず目を閉じて──




 ──次に開けたときには、妖精の姿はなかった。

 代わりに、蘇る喧噪。自分と妖精以外、だれもいなかった教室に、数人のクラスメイト。放課後の、いつもの教室だ。

 ソニアは、ゆっくりをまばたきをした。白昼夢でも見たのだろうか。

 妖精とのやりとりを思い出し、慌ててスクールバッグを下ろすと、サイドポケットからハンドミラーを取り出した。おしゃれがどうの、といっていたはずだ。何が変わったというのだろう。

 小さな鏡で、注意深く全身を見る。いつもの制服、自慢の長い髪。すました唇、大きな目。さすがに後ろ姿までは確認できないが、こうして見る限りでは、いつもの自分そのままだ。

 やはり、夢でも見たのだろうか。ばかばかしい、と首を振り、もう一度バッグを持つ。


「あ、吉永さん。さよなら」


 クラスメイトの男子が、そう声をかけてきた。医者の息子。笑顔を振る舞うべきだと瞬時に判断し、ソニアは最上級の笑みを見せる。


「ええ、さよなら」

「────うわ!」


 顔を赤らめて照れるはずの男子が、目を見開いてのけぞった。ソニアを指さして、叫ぶ。


「吉永さん、は、歯が……!」

「……は? ──!」


 二度まばたきをして、ソニアは気づいた。もう一度、ハンドミラーを取り出す。

 口を開けて、歯を、映した。

 ソニアは、声にならない悲鳴をあげた。

 白く美しいはずの彼女の歯は、すべて、黒々と鈍く輝いていた。




「なんと見事なお歯黒。女性のおされは、こうでなくてはのう」


 遠のく意識の片隅に、妖精の誇らしげな声が響いた。


 




読んでいただき、ありがとうございました。


青蛙さま宅、black one festival の応援用SSです。

黒いものに関するイラスト&SSで盛り上がろうというお祭り。


黒いもの=お歯黒というオチでした。



精進します。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読みやすいお話でした。 妖精って可愛らしいイメージがあったんですけど、こんな妖精さんも斬新で良いですねー。
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