第42話 勝利者
繋がりに導かれるまま、超大型の獣によって崩壊しかけた高層ビルを駆け上る。
そしてようやく最上階へたどり着いた俺を出迎えたのは数発の銃弾だった。
「輝義!」
「けけけ、年上を呼び捨てたぁ、躾のなってねぇガキだな」
そこにいたのは銀のパワードスーツを身にまとったひとりの男、幾度となく俺たちを苦しめたオルトロスの片割れ、佐々木輝義の姿だった。
「ヴィクターは何処にいる!」
「ボス? はてねぇ、この上で奴らとドンパチやってんじゃねぇの?」
奴はまるで興味なさそうにそう言った。
俺はその態度に違和感を覚えつつも、千載一遇の好機に身を震わせた。
「そうか、居ないならそっちの方が好都合だ、霞は返してもらう」
「そうはいかねぇってんだよガキ」
奴はそう言って俺に銃を向けて来る。
へらへらと浮ついた表情はそのままに、その目にはギラギラとした殺気が宿っていた。
「あの小娘は、この世界に害をなす。正義の味方としちゃぁ見逃せねぇな」
「そんな事は知った事か、俺はアイツを救うって決めたんだ」
「けけっ、囚われの姫を救うナイト気取りってか? 笑えねぇんだよ!」
そう言うなり奴の銃が火を噴いた。
俺は咄嗟に横にかわす、瓦礫の山を盾にしたところで、そんなものはスポンジのように通り抜けていく。この威力の銃弾を食らえば、幾ら耐久力が向上したとは言え、戦闘に多大なる支障が出てしまう。
遠距離戦となれば、奴の十八番だ。反面、弾切れを起こしたジャッジメントアイを捨てて来た俺には投擲位しか攻め手がない。
「オラオラどうした! 縮こまってたんじゃ何も出来ねぇぞ!」
「くっ、好き勝手を」
こうしている間にも、ビルの崩壊は進んでいく。
それに霞が巻き込まれでもしたらその時点で終了だ。
「ええい! ままよ!」
俺は目の前の瓦礫を全力で蹴り飛ばした。
それは散弾となり、輝義の目をくらませる。
「ちっ! うざって――っとッ!」
くっ! 外れた! 瓦礫の散弾の裏に、本命の槍を投擲したのだが、奴の野獣じみた感によって、それは首の皮一枚掠めるだけにとどまった。
「だがッ!」
既に十分なほど距離は詰め終わった。
俺は奴のどてっぱら目がけて、全力の足刀を放つ。
「このガキッ!」
それは間一髪受けられてしまったが、その際に奴の銃を破壊することは成功した。
「くらえッ!」
奴の注意が下に行っている隙に、顔面へと拳を放つ。
それはまんまと直撃し、奴はヘルメットの破片を散らばせながら、はるか遠くへ吹っ飛んでいった。
「霞!」
もうビルが崩れ落ちるまで時間が無い。
俺は彼女が閉じ込められている部屋のドアを開け――
熱線がドアを消し飛ばした。
それは室内を灼熱の地獄へと代え、壁面に大穴を開けていった。
「霞?」
「くそが、端からこうしてりゃよかったぜ」
そこには割れたヘルメットの隙間から血走った目を覗かせた輝義の姿があった。
「貴様はぁああああ!」
「ガキがぁああああ!」
奴は超大型の熱線銃を俺に向かって乱射して来る。
左腕は捨てた、奴を殴り殺すには右腕一本あればいい。
肌を焼き、肉を焦がす激しい痛みを無視して、俺は左腕を盾に奴に突貫する。
「うらああああ!」
炭化した左腕をぶら下げながら、奴の顔面に右のこぶしを叩き込む。
奴は熱線銃を盾にそれをギリギリ回避した。
俺たちの中間で、熱線銃が爆発する。
その破片が顔面に突き刺さり左目が潰れたが、そんな事はどうでもいい。
俺は全力のローキックを奴の足に叩き込む。
だが――
既にそこに奴の姿は無かった。
「速いッ!?」
この速度はあの黒騎士以上の速度だ。
奴は壁面を利用した三角飛びで俺の死角から攻め込んできた。
「くたばれ小僧ッ!」
奴の手には、眩い光と熱を放つライトセーバーが握られていた。
俺はその攻撃を間一髪そりかわす。
「しゃッ!」
俺の頭上を黄色い熱線が通る瞬間、奴の腕を蹴り上げる。
それは上手く奴の肘に当り、ゴキリと言う音と共に、奴の右肘は砕け散った。
「くおらああああ!」
だが、奴もそれ位のダメージでは止まらない。
奴は雄叫びを上げながら、左手にもう一本のライトセーバーを投影すると、俺の胴を狙って薙いで来た。
避けるには近すぎる距離だった。
おまけに奴の方が速いのだ、ならばとれる選択肢は一つだった。
俺は前に踏み込み、奴の顔面に肘を叩き込んだ。
「「がッ!」」
奴は顔面。俺は脇腹に重篤なダメージを負った。
だが、耐久性は俺の方が上回っていた。
俺は脇腹を襲うひきつるような痛みを無視して、さらにもう半歩踏み込み、奴の顔面に頭突きをぶち込んだ。
「くたばれぇえええええ!」
頭突きの衝撃で奴との間に間合いが出来た、俺はそれを十分に利用して、渾身の拳を奴の顔面に叩き込んだ。
奴はその衝撃をまともに食らい、壁をぶち破り夜闇の中へ消えていった。
★
「霞……」
勝負には勝った、だが、結果は俺の負けだ。
俺は彼女を守り切れなかった。
「霞……」
俺はうわ言のようにそう呟きながら、力無く室内へと入る。
彼女の……骸を確かめるために……。
「やあ、中々の熱戦みたいだったようだね」
「!?」
ところが、呼びかけるものなど誰も居ないはずの室内から、俺にかけられる声があった。
「お前は……ヴィクター」
そこにいたのは協議会トップ、屋上にて獣と戦っている筈のヴィクターであった。
だが、よく見ると奴の服には、ちょうど心臓の位置に大きな穴が開いてあり。血の跡がべったりとついていた。
「それは……?」
傷痕の場所と言い、出血量と言い、どう見ても尋常な傷では無い事は確かだ。
だが、奴はこうしてピンピンとしている。
「ははは、ちょっと遊びに夢中になっている所を部下に叱られてね」
奴はなんてことないようにそう言った。
成程、輝義の意味深な物言いに納得がいった。奴はヴィクターを裏切ったのだ。
「だが、私は回復系のスキルも所有している。多少時間はかかったがこの通りだ」
奴はそう言って手を広げる。確かに服には大穴があいているが、奴の胸には傷一つなかった。
「それでなんだ、ここで決着をつける気か」
俺は、右手を握りしめる。
正直な所コンディションは最悪だ。左手と左目を失い、腹には大穴があいている。正直な所立っているのが奇跡みたいなものだ。
「ははは、そんな事より、君は私に礼を言うべきだ」
ヴィクターはそう言うと、瓦礫の山から立ちあがる。
すると、奴の背後にあったのは……。
「霞……」
それは、水晶の様なものに閉じ込められた霞の姿だった。
「時間操作系のスキルでね、凍れる時の結界と言う。この中にいる限り周囲の時間の流れから隔絶された状態となり、何人たりとも彼女を傷つける事は出来ない。
まぁ、永遠にという訳にはいかない。私がつぎ込んだスキルポイントだと、残すところ小一時間と言った所か」
ヴィクターはそう言うと、柔らかな手つきで霞を覆う水晶をなでた。
「何故……」
いや、何故じゃない。こいつは輝義とは違い、最初から霞を殺す気などは無かった。それどころか霞を生きる人柱にしようとしていた人間だ。
「ここが、こうなってしまった以上、彼女に予定したとおりの延命措置を施すのは難しい」
ヴィクターはそう言って、部屋を見渡す。あちらこちらに大穴があき、瓦礫の山が散在している。何とか部屋の恰好を保っているというだけの場所だ。
「他の国の支部に持ち帰って、処置を施すという方法もあるが、彼女はその負荷に耐えきれない」
「え?」
「そう、彼女の状況は私たちが考えているより遥かに重度だ。その止めとなったのが、今回の超大型の獣だろう。正直な所、今晩が山と言った所だね」
「……え?」
握りしめた手から力が抜け、膝がガクガクと震えて来る。
「となると、ここまででゲームセット。地球の運命は守られたという事だ」
奴の浮ついた言葉が耳を滑って行く。霞が今晩までの命? そんな事は聞いていない、そんな事は信じられない。
「となると、この少女はもう用無しだ、後は君の好きにしたまえ。
私もスキルの使い過ぎで、正直な所ギリギリでね」
そう言うと奴の姿は掻き消えた。
残されたのは崩壊を続けるビルと、水晶漬けの霞だけだった。




