第29話 未知なるもの
是川の攻撃は執拗を極めた。新たな力を手にした奴は遠慮のかけらも無く思う存分にその刃を振るい続ける。
魔法攻撃を目くらましにして、本命のレールガンを打ち込んだかと思えば、接近戦を挑みに飛び込んでくる。
あの時の鬱憤を晴らすように、俺は奴にもてあそばれていた。
「ははは! 良いざまじゃないか! 工藤!」
既に体は満身創痍。一方的な戦況の中、俺はひたすら逃げ続ける。
だが、そのおかげで見えて来るものもあった。
(やはり奴は戦闘の素人だ)
いや、奴とて異世界では幾つもの戦闘を繰り広げて来た猛者であるのだろう。
だが、それはチートじみた魔法攻撃によるものだったはずだ。
そして、そのスキルは俺には通用しない。
恐るべきは、奴の右腕だが、小回りや連射の効かないその特性は掴むことが出来た。
そして、最大の好機は、力任せの白兵戦だ!
足元をふら付かせる俺に向かって、奴が大振りの左拳を打ち込んでくる。
俺は、右手でそれに軽く触れると、そのまま奴の懐に入り、奴の勢いを利用しながら思い切り腰をはね上げた!
一本背負い。俺だってここに来てからただ単に惰眠をむさぼっていた訳じゃない。
受け身を取ること無く床にたたきつけられた奴にできた隙を見逃さず。俺はそのまま奴の左腕の下に潜り込み、全力で奴の肘をそり上げた。
「がああああああ!」
奴は苦悶の叫びを上げる。
だが、俺と奴の筋力差は、あの時の俺と明日香ほどに差がある訳では無い。
俺は肘を千切らんばかりの勢いでのけぞった。
ぶちぶちと嫌な音が奴の左腕から聞こえて来る。
奴は何とか逆十字をほどこうとするが、俺と密着している以上、魔法系のスキルは使えないし、小回りの利かないレールガンではなお意味がない。
ブチリという音がベキリという音に代わり、奴の肘はへし折れた。
★
「慌てずに! ですが急いでください!」
綾辻は、まだ満足に動けない霞を背負いながら脱出経路を走っていた。
(彼らにとって、人の命など虫けらも同然)
その事実は、彼女にとっての辛い記憶と共にあった。
彼女の娘が帰還者として協議会に処理された時の二次災害は筆舌に尽くしがたいものであった。
職員たちを誘導しつつ経路を急ぐ彼女の耳に、か細い声が届いて来た。
「……来る」
「ええ、そうですね霞さん。ですが大丈夫、貴方は私が守ります」
彼女の娘と霞はほぼ同年代の少女だった。面影を重ねるなというのが無理な事だろう。
彼女は決意を込めてそう言った。
「……違うの」
「え? 何が違うというのですか?」
息も絶え絶えな少女の一言に、彼女の足が止まる。
その時だ、彼女の脳裏にとあるビジョンが浮かんできた。
「くっ、駄目です霞さん。今力を使って……は?」
彼女の脳裏に浮かんだビジョン、それは今まで見たことも聞いたことも無い生物だった。
それは、ワニとサソリを掛け合わし、ウミウシやタコで味付けしたような何かであり、 極彩色のぬらぬらとした光を点滅させながら、せわしなく触手を振り回し周囲を探っていた。
「いや……これは……」
彼女は吐き気をもよおしそうな奇怪な生物を見せつけられながら、必死に記憶の糸を手繰る。
「見た事はない。だが、聞いたことは――」
彼女がとある少年からの話を思い出しかけたその時だった。
大きな音と共に、地下基地が激しく揺れた。
★
「うおっ!」
俺は突然の振動に、奴を手放し壁まで転がり込んだ。
「畜生……。 畜生! 畜生! 畜生! 殺して、殺してやる!
言いつけなんか構うものか! お前は一度ならず二度までも!」
奴はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がって来た。
早打ち勝負に持ち込むのは自殺行為。代わりに、レールガンの癖は掴んである。
奴に無駄撃ちさせた隙に、奴の懐へと潜り込む。
俺がそんな算段をたてている時だった。
「なっ……」
俺は大きく目を見開いて奴の背後へ視線を向けた。
「……なんだ? この臭いは?」
是川は、鼻をひくつかせながら、ちらりと横目で背後を確認する。
「あ?」
それが、奴の残した最後の言葉だった。
奴は、俺が異世界で散々世話になった例の化け物に頭から丸ごとかじられた。
★
「はっ、はっ、はっ……私はか弱い美少女なのよ? ちょっとは手加減しなさいよ」
傷痕が無い場所を探す方が難しい程にボロボロの状態になった明日香は、遮蔽物の陰に隠れ、息を整えていた。
「それにしても、さっきの振動はなにかしら。まさか奴らバンカーバスターでも使ったんじゃないでしょうね」
彼女はそう言って力ない笑みを浮かべる。
「もう、あまり力が入らないや……私はここまでなのかなぁ」
弱さを見せる事を極端に恐れ、強がってばかりの人生だった。
その事で生意気だとイジメられ、それが原因で暴力沙汰になった事は数知れず。
ついには両親からも見放され、行き着いた先が異世界だった。
「まぁ、私らしいといえば私らしいか」
彼女はそう言って自虐的に笑う。
「こっちだ! 血の跡が続いている! 小娘だからと言って油断するな!」
バタバタと足音が聞こえて来る。
折れたレイピアを鏡代わりに見てみると、通路の先から何度目かもわからない増員がやってきていた。
「……最後まで……抗ってやる」
彼女がそう言い、半ばから折れたレイピアの柄を握りしめたその時だった。
血の匂いとは別の、不快な悪臭が漂ってきた。
★
「なん……だ? これは」
指令室のふたりはモニターに映された多数の化け物たちに釘づけになった。
「敵帰還者の召喚獣、あるいは式神なのか?」
「いや違うねボス、こいつ等は敵味方の区別なく、手当たり次第に襲い掛かってる」
乾は未知のモンスターについての分析を開始する。
「表皮は、とんでもなく硬いな。耐久性はB以上だろう。おまけに敏捷性や、筋力も最低でもBクラスはある」
「ウチの基準じゃエースクラスの逸材だな。もっとも、とてもじゃないが人語が伝わるとは思えないが」
モンスターは協議会、解放戦線の区別なく、人間という人間を手当たり次第に襲っていく。
「いや待てよ……そうだ! これは工藤の調書にあったモンスターだ!」
モニターの一部に、隆一の調書が映し出される。そこに書かれていたイラストは、正しく今暴れ回っているものと酷似していた。
「そんな奴がなぜ? いつの間にかアイツの世界と繋がってしまったのか?」
「さてね、それは現段階では不明。とにかく、協議会の連中にくわえて、このモンスターたちにも対応しなきゃいけなくなったって事が現実だ」
乾はそう言い、タイピング速度を一回転上げた。
「って、ヤバいぜボスッ!」
乾はそう叫び、源十郎へと振り向いた。
「奴らこの基地だけじゃない! 地上にも溢れかえってる!」
「なんだとッ!」
★
「なっ何なんだよこいつ等!」
多数の式神と一般職員を目くらましに、何とか活路を見いだせたと思った信二だったが、突如目の前の空間に亀裂が生じて、そこから悪臭と共に、奇怪な生物が現れた。
「くそっ! どいつの使い魔だ! まったくセンスを疑うよ!」
極力目立つマネはしたくなかったが、こうなっては仕方がない、彼はそう言って、懐から呪符を取り出す。
「燃えてなくなれ!」
彼が取り出した呪符は火炎符、Cクラスの攻撃力しか無いモノだが、数を頼りにばらまかれたソレは――
その化け物に届く前にへなへなと失速し。公園の草むらへと落ちていった。
「なっ!?」
彼が驚き、その動きを止めた時だ、化け物は一気に加速して、丸太のような腕を振るったのだった。




