第23話 魔王と呼ばれた男
「……これは……隆一君には見せられないわね」
瓦礫の下にあったのは、炭化した黒い何かだった。
恵美はぽかりと開いた天井に目をやった。
降りしきる雨は、彼女の凍結魔法の影響によって、瞬時に雪となり瓦礫の山へ降り積もって、全てを白いベールの下に覆い隠していく。
「……最悪」
帰還者が巻き起こす事件に、一般人が巻き込まれることは今の世の中珍しくも無い事だ。だが、彼女にしても、彼女の知人の家族が目の前でそうなったのは今回が初めての事だった。
「恵美さん! 大変です! 協議会のオルトロスが!」
「……最っ悪」
上から聞こえる戦闘音に、協議会の奴らが暴れているのは想像できた。だが、それがよりによってあのふたりとは。
ここでとれる選択肢はふたつだった。
一つは、帰還者を保護するため、対象と協力してオルトロスを退ける。
だが、その場合。隆一の家族を殺害した加害者を保護することになる。そんな事をすれば、目も当てられないトラブルとなるだろう。
一つは、帰還者を無視してこの場から撤退する。
だが、その場合。帰還者を保護するという解放戦線の理念に反することになる。
「どちらにしても、デメリットはあるけど……」
恵美はちらりと、スタンガンによって気絶している隆一へと視線をよこした。
「綺麗ごとばかりは言ってられないわね」
彼女はそう言うと、ギリと歯を食いしばった。
「信二君、撤退よ。貴方は彼をお願い。私は宿泊客の避難誘導をするわ」
恵美はそう指示を飛ばす。
隆一のスキル無効化スキルはジョーカーとも言える切り札だ。ここで彼を失う訳にはいかなかった。
屋上での戦闘は激しさを増していき。最上階が戦場になるのは時間の問題だった。
「わっ、分かりました」
信二はそう言うと、懐から護符を取り出した。
そして、彼が呪文を唱えると、それはみるみる形を変えて行き。一羽の巨大なカラスとなる。
「その式神で直接隆一君に触れちゃ駄目よ」
「えっ? あ、ああ、分かってます」
信二はアタフタと、カーテンを引き千切り、それで隆一を縛り付けた。
「これで大丈夫ですかね?」
グルグル巻きにした隆一から伸びたカーテンの端をカラスがきゅっと咥える。
「そうね、ワンクッション置けば大丈夫みたいね」
準備が出来た信二はカラスの上に飛び乗り、先頭の余波で壊れた窓から、雨の中へと飛び出していった。
★
「ははは、そうか、現代社会も中々に複雑だな」
「そーでもないさー! 要はテメェが元居た世界のように好き放題やっていいって事だからなッ!」
「いやまったく、儂らのような人種にとっては生きやすい世の中よ」
ハリネズミのような武装で、花火のように攻撃をまき散らす輝義。
瞬間移動のような歩法を使い、死角から死角へと移動し、的確に打撃を与えようとする市兵衛
1対2の戦いだというのに、安岡はふたりの攻撃を談笑交じりに易々と捌いていく。
「おいおっさん!」
「ああ、そうさな」
不意にふたりは攻撃の手を止める。
「おや? どうしたの、もう終わりかい?」
その様子に、安岡は、唇を尖らせ不満をありありと顔に表した。
「うむ、そう言う事だな」
市兵衛はそう言ってにかりと笑う。
「へっ、だが勘違いすんなよ、テメェが実力を見せてないように、俺たちだってまるっきり本気って訳じゃねぇ」
輝義はそう言ってニヤニヤと笑う。
「なーんだ、残念。それで結局ふたりは僕にどうしてほしいんだい?」
「あ? んなモンさっきバトルの途中に説明しただろ?
今この世界には俺たちみたいに異世界帰りの奴がわんさかいる。それを取り締まる仕事を手伝えって言うんだよ」
輝義は、肩をすくめながらそう言った。
「左様、貴様の腕なら十二分にその役割を果たせるだろう」
市兵衛はそう言って両手を広げる。
「んー、でもそれって、誰かの下について働くって事だよね。僕そう言うの苦手なんだよねー」
安岡年相応のあどけない顔をしてそう笑った。
「は? テメェは俺たちの説明を聞いて無かったのか? 俺たちが異世界から持ち帰った力は有限だ。ウチの組織に加入しなきゃ直ぐにエンストしちまうぞ?」
「魔力消費のことだよね。確かにこっちの世界じゃ著しく消耗が激しいけど――」
そのセリフの途中で、安岡の姿がふたりのまえから忽然と消え去った。
「なッ!」
「チッ!」
ふたりが危険を察知し、反射的に振り返ろうとした時、すでに安岡の姿はふたりの背後に存在し、ふたりの首筋には手甲に覆われた彼の手が添えられていた。
「がぁあッ!」
「くっ!」
軽く手を添えられているだけ、なのにかかわらずふたりは苦悶の声を上げ跪く。
「あはははは。やっぱりだ! その程度の問題、僕のスキル・エナジードレインで何とかなるよ!」
安岡は地に伏したふたりを見下ろしながら、そう言って無邪気に笑う。
「調子乗ってんじゃねぇぞこのビチグソがッ!」
輝義はそう言うなり、安岡の顔面目がけて銃を乱射した。
「あはははは。だから効かないってそんなこうげ――」
「吻ッ!」
そう笑う安岡の背に市兵衛の掌底がめり込んだ。
「破ッ!」
続け様に肘が撃ち込まれたと同時に、衝撃に耐えきれなくなった屋上が崩壊する。
「ええい、この安普請が!」
足場が無くなった市兵衛は落下しながらそう叫ぶ。
「あはははは。全くだよね、この程度の打撃でさッ!」
「なんとッ!」
彼がいた異世界では、見上げるほどの大きさの鬼を一撃で仕留めた必殺の一撃だが、安岡はそれを食らっても、口の端から微かに血を流しているだけだった。
「お返し――だッ!」
安岡は両手を大きく振り上げると、勢いよくそれを振り下ろした。
「くッ!」
市兵衛は咄嗟に頭上で両手を交差させそれを受けるも、弾丸のように下方に弾き飛ばされる。
「クソガキがッ!」
輝義は、2mは優に超える特大の砲を肩に構えると、重力に従い落下する安岡目がけてぶっ放した。
「ははっ! 僕が飛べないって何時言ったよ!」
「何ッ!」
しかし、安岡はその攻撃を空中でひらりと回避する。
爆音が鳴り響く。安岡がかわした攻撃は、半壊状態の屋上を消し飛ばしただけでは飽き足らず、ホテルの背が2段ほど低くなった。
「テメェ、ぶっ殺してやる!」
「あはははは! やれるものならやって見なよ!」
当初の目的など、既に爆炎の向うへと消え去った。
血に飢えた勇者同士の戦いは次のラウンドへと持ちこされた。




