第19話 血に飢えた獣たち
「是川が……生きてる?」
源十郎さんからその報告を聞いた時、俺は自分の耳を疑った。
「けど、アイツは俺が確かにこの手で……」
俺は自分の拳をじっと見つめる。
校庭でのあの一撃、俺の拳は確かに奴の体を貫いた。
「だが、確かな筋からの情報だ」
そう言って源十郎さんは一枚の写真を見せてくれた。
「これは……」
確かに、そこにはベッドに横たわる是川の姿が映っていた。
「でも、右手が?」
奴の体にはあちこちとチューブが繋がっている。それは俺が破壊したはずの右腕にもだ。
「そこら辺は、治癒系のスキルを持った何某がどうにかしたに違いない」
「治癒系スキル? という事は」
「ああ、奴は協議会と行動を共にしている」
源十郎さんは、難しい顔をしてそう言った。
「協議会が……」
俺は、是川が生きていることに安堵するも、一抹の不安を覚える。
奴はまごう事なき大量殺人者だ。
そんな奴を引き込んで、協議会はいったい何をしようというのか?
俺の不安を感じ取ったのか、源十郎さんはこう言った。
「奴ら協議会が何を企んでいるのか、俺にも分からん。だが、奴らが殺人者を手駒として引き入れるのはこれが初めてでは無い」
「それって……」
「お前を襲ったふたり、刺青と坊主の二人組がいたな?」
「ええ」
奴らには手も足も出ず弄ばれた。
恵美さんが来てくれなかったら、どうなっていたか分からない。
「あのふたりもまごうこと無き犯罪者だ、それも筋金入りのな」
まぁ、聞いて納得である。
あんな狂暴な人種、堅気の世界ではやっていけないだろう。
そうして、源十郎さんは、奴らについてのレクチャーをしてくれた。
刺青の男の名は佐々木輝義。
奴は準暴力団、いわゆる半グレという奴で、およそ手に染めたことのない犯罪は無いといっても過言では無い男だったそうだ。
だが、そんな奴にも最後の時はやってくる。
やり過ぎた彼は、大陸マフィアに目を付けられ抗争の果てに処刑された。
坊主の男の名は市ヶ谷壱兵衛。
奴は元総合格闘家だったそうだ。だが、表の試合だけでは飽き足らず、地下の賭け試合を荒し回った後、最終的に某国の傭兵となり、血を求めて世界中の危険地域を渡り歩いたという話だ。
だが、そんな奴にも最後の時は訪れる。
アフリカの某国で、政府軍側として戦っていた奴は、国連軍の圧倒的な物量の前に敗走し、体中を穴だらけにされながら、未開のジャングルへと消えていった。
一度はこの世界から消え去ったふたり。
だが、彼らはこの世界に帰って来た。
凶暴さはそのままに、新たな力と、殺人許可証を手に持って。
★
薄暗い室内で、大小様々なモニターの灯りに囲まれて作業をしている白衣の男がいた。
男の前には、大きな窓ガラスが設置されてあり、その向うにはベッドに横たわる1人の少年がいた。
「拒絶反応は無し、実験は順調だ」
男はそう言って笑みを浮かべる。
「なぁせんせーよぉ、そんなヒョロガキが一体何の役に立つんだ?」
作業に没頭する彼にかけられた声があった。
輝義だ。彼は、部屋の壁にもたれかかり、さも退屈そうにそう尋ねた。
「うるさいな、実験の邪魔だから出てってくれないか」
「まぁ、そう言うなよ」
男の神経質そうな物言いを無視して、輝義はへらへらとそう笑う。
「俺も悪巧みは嫌いな性質じゃない。少しぐらい何をやってるのか教えてくれてもいいんじゃないか?」
ニヤリと笑う輝義に、男はため息を吐きながらこう答えた。
「これは、最重要機密の実験だ、おいそれと口外することは禁止されている」
いつも通りの返事に、輝義は皮肉げな笑みを浮かべてこう言った。
「まぁ、いいさ。俺も好き好んでボスに逆らう気はない」
輝義はそう言いながら、窓の方へと近づいた。
「しっかし、なんでこんな奴をモルモットにしてんだ? もっとましな材料は無かったのか?」
「うるさいな。君たちが好き勝手に検体を殺して回るからこんな事になってるんだろ」
「ははっ、ボスからは『好きに遊んでいい』って言われてるんでね、逆らう気はないさ」
輝義がそう言ってけらけら笑う様子を、男は苦々しそうな目で睨みつけた。
「フン、まぁいい。彼はこう見えて、優秀な被検体だ。彼で得られた検証結果は、いずれ君たちにもフィードバックされる予定だ」
「そいつはぞっとしない話だねぇ」
輝義は肩をすくめてそう言った。
この実験が何の目的で行われているのか彼には知らされていない。だが、きっと碌でもない事だろう。その事だけはしっかりと理解できた。
『好きに遊んでいい。君たちの遊びにも付き合えない無能者にかけるコストは無いモノでね』
彼らのボス、ヴィクター・D・オルドリッチからはそう言われている。
恐ろしい男だと思う。今まであった中でも掛け値なしのトップクラスにヤバイ男だ。
輝義の直感がそう警報を鳴らしていた。
今まで好き勝手に生きて来た。きっと最後は碌なもんじゃないだろう。
その事だけは確信していた。
(まぁ、この組織自体碌なもんじゃないがね)
輝義はそうニヤリと笑う。
帰還者たちには共通の弱点がある。
それはタイムリミットだ。
彼らが異世界より持ち帰った特殊能力は時間と共に消失する。
だが、協議会ではその問題を克服していた。
足りないなら奪えばいい。
彼らは、捕えた帰還者から力の源を抽出する方法を発見したのだ。
だが、それは提供者にとっては死を意味する。
抽出するためには、提供者の大脳が必要なのだ。
(まるで出来の悪い吸血鬼だ)
自分たちは死人である。輝義はそう思う。
現世で一度目の死を迎え。
向こうの世界で二度目の死を迎えた。
これが死人でなくて、何というのか?
(だったら好きにするまでだ)
死人に、生者のルールは通じない。
今まで以上に好きに生き、好きに死ぬ。
最後の時が訪れるまで。
「おお、輝義、こんな所にいたのか」
「んー、なんだおっさん?」
彼は迎えに来た市兵衛に億劫そうに返事をする。
「仕事だ」
市兵衛は満面の笑みでそう言った。
「はぁ、今度は遊びがいのある奴だと良いけどな」
輝義はそう言い、ジャケットをひるがえしながら室内を後にした。




