第1話 ここは地獄か異世界か
はい、というわけで新連載です。
結構人死にが出る予定なので、ジャンルとしてはダークファンタジーって感じになると思います。
モンスターデザインの参考にマブラヴオルタを使おうと思ったら、世界観もそっちに引き寄せられていきました。
名作の影響力は半端ないですね。
それではお楽しみください。
PS:感想・レビューその他諸々頂けると泣いて喜びます!
槍を――構える。
槍と言ってもそんな大層なものじゃ無い。運よく拾った鉄パイプの先端を尖らせただけのもの、ちょっと硬い竹やりに過ぎない。
俺はそれを腰だめに構え、岩陰にて標的を待つ。
掌にじっとりとした湿り気が広がっていき、冷たい鉄パイプが生ぬるい熱を帯びていく。
まだだ、まだだ。
狙うは一撃必殺。
しっかりとひきつけ、急所にこいつを抉り込む。
千載一遇の好機、奴が単独で行動している事などそうそうない事だ。
奴。
そう、奴。
ちらりと伺う視線の先には、体長3m、体高1m程の何かがいる。
例えるならば、ワニとサソリを掛け合わし、ウミウシやタコで味付けしたような何か。
そいつは極彩色のぬらぬらとした光を点滅させながら、せわしなく触手を振り回し周囲を探っている。
今だ!
十分に奴を引き寄せた俺は、岩の上からひらりと宙に舞い上がり、全体重をかけて奴を貫く。
狙うは急所、ただ一点。
奴の背部から心臓目がけて槍を突き刺す。
突然の事に奴は必死の抵抗を繰り出す。手足や触手をはためかせ、敵である俺を振り落とそうと暴れふためく。
「おおおおおおお!」
俺は全身の力を総動員してそれに抗いつつ、ずぶりずぶりと穂先を捩じり込んでいく。
奴の守りは強靭だ、俺の全力攻撃でもその鎧を貫くのは容易では無い。
頬を掠める奴の尻尾を無視してただひたすらに抉り込む。嵐の小舟の様に不安定な奴の背から、振り落とされないように足を踏ん張る。
硬い硬い、まるで岩盤のような奴の背中を。ゆっくり確実に穂先は抉っていき。
「つッ!」
鉄パイプの空洞から、紫の生臭い粘つく液体が噴き出してきて、俺は頭からそれを被る。
「まじい」
ドロドロと腐った魚の内臓のようなその液体を俺は口の端でなめとった。始めは、この何とも言い難い地獄味に即座に胃の中を空にしたが、今では眉をしかめる程度で済むようになった。
バタバタと暴れていた奴が、心臓を抉られた事によって徐々に大人しくなる。
俺は全体重をかけ、手にした槍で奴の心臓を入念にシェイクしてやる。
「―――――――!」
聞くに堪えない断末魔の叫びを上げ、奴は不毛の大地に倒れ伏す。
俺は奴がくたばった事を入念に確かめた後、ようやく槍から手を離した。
「ふぅ……」
熱くなった体を冷却する様にため息を一つ。
そして俺は、奴の死体から流れ落ちる紫の血液を喉の奥に送り込んだ。
「硬ぇ」
奴の肉は槍で味わっている通り、タイヤの如き弾力性を持っている。とにかく硬く分厚いそれだ。
悠長に血抜きなんてしている暇は無いので、味は基本的に血液の味――即ち腐った魚の味だ。
顎が痙攣をおこしそうなほど強靭な奴の生肉を咀嚼していく。
俺も随分と鍛えられたものだ。こんな食生活、現世にいた時には考え付かなかった。
ふと、空を見上げる。そこにはどこまでも曇りない青空が広がっている。その下に俺はただひとり、紫の血を流す化け物の死体にかぶりついている。
ここは不毛の大地。
まさにその一言に過ぎるだろう。
ここには、人はおろか野生動物と言えるものは何一ついやしない――もちろん奴を除いての話だが。
それどころか草木一本、雑草ですら見かけるのはまれだ。
生きていくには食わなければいけない。だから俺は奴を食らう。
「顎が疲れた」
ため息は吐き飽きた、涙は枯れ果てた。
俺がここにきてどれ程の時間がたっただろう。
★
俺の名は工藤隆一、市内の高校に通う、特筆すべきことのない何処にでもいる高校生だった。
そんな俺が鉄とコンクリートの現代社会から、なぜこんな不毛の大地にいるのか……。それは俺にも分からない。
あっちの世界で覚えている最後の記憶は、車に惹かれそうなった子供を助けるために道路に飛び出した――それが最後だ。
もしかしたら、ここは死後の世界という奴かもしれない。だがこんな地獄めいた場所に案内されるほど悪い事をした覚えはない。
もしかしたら、俺が助けた子供が将来世界征服を企む悪の大王になってしまい、それを救った罰としてこんな所に連れてこられたのかもしれない。
もしかしたら、ラノベやアニメでよくある異世界転移という奴に巻き込まれたのかもしれない。だが、ガイド役の天使や女神との面会をスルーしていきなりこんな地獄へ叩き込まれるなんて、どんなハードモードだろう。
ここは地獄だ。
俺の貧困な語彙力ではそれ以上の言葉は出てこない。
何処まで行っても人間の暮らしていた痕跡すら見つける事の出来ない、ただ岩と土が広がる不毛の大地。
そしてあの化け物。
吐き気をもよおすほどの悪臭を振りまくあの化け物。奴は俺を発見すると問答無用で襲い掛かってくる。
あんな訳の分からない生物に恨まれる覚えなんてありはしないが、とにかく奴は俺を食い殺そうと襲い掛かってくる。
奴の牙は強靭だ、岩だろうが何だろうがごく簡単に噛み砕く。奴の尻尾は強力だ、破裂音と共に振られるそれは容赦なく大地を切り裂く。
俺が生き残れているのは単に運が良かったからだろう。
俺に与えられた唯一の武器――鉄パイプに視線をよこす。
この存在が俺の唯一の希望だった。
唯一の、人が生きている、あるいは生きていた証拠だった。
「諦めるな」
行きて、生きて、生き抜いて。
元の世界に戻ってやる。
そして、出来る事なら、俺をこんな世界に送り込んだ犯人を、こいつで思いっきりぶん殴ってやる。
そんな怒りが俺の生きる力だった。
真っ黒に染まった戦う力だった。
現実世界には大切なものを山ほど置いて来た。家族、友人、未来、夢。それを取り戻すまで、俺はこんなふざけた世界で死ぬわけには行かなかった。
「死んでたまるか」
化け物のいき血をすすり、生肉を食らい。俺は何としても生き残ってやる。
★
夢を見た。
顔はよく覚えていないが、少女の夢だった。
「たまってんのかな……」
極限状態では三大欲求が高まるとか何とか。まぁそれどころじゃない、生きるか死ぬかの毎日だ。
どこかで見覚えのあるような無いような、不思議な夢だった。
そんな事はさておき、俺は生き残りを探すため、今日も旅を続ける。目標こそは定まっているが、さりとて地図も無い旅だ。風に任せて西へ東へ。
当てもない旅を続けている内に遠く向うに土埃を発見した。
「ちっ、奴らの群れか」
一対一ならまだ勝機はあるものの、群れ相手では自殺行為。
アホみたいにだだっ広い荒野に隠れる場所を探す。
「ここしかねぇか」
見つけたのは隠れるには心細い岩場だったが、背に腹は代えられない。俺は岩の隙間に身を隠した。
(見つかるな、見つかるな)
槍を抱えるように、顔も知らない神へと祈る。
(……なんだ? あれは?)
それは今まで見たことのないタイプの化け物だった。それに比べれば今まで相手にしてきた化け物がまるでマスコットの様に見えて来る。
(でかい)
まるで小さな丘が動いている様な大きさだった。巨大な甲虫のような何かが無数の触手をうごめかせ、不毛の大地を進んでいた。
(あんなもん、人間が相手にするレベルじゃないな)
戦車か飛行機レベルじゃないと手の出しようが無いだろう。
(って、こっちに来る!?)
奴は真っ直ぐ俺の方に向かってきていた。
アイツにしてみれば、こんな岩なんて砂の城と同じことだろう。
(逃げねぇと!)
岩陰から急いで這い出して、遮二無二に駆け出す。
(見つかっ……たッ!)
でかぶつの周囲には見慣れた化け物がうじゃうじゃ群れている。その一団が俺の存在に気が付いたようだ、奴らは真っ直ぐ俺の方へと向かってきた。
「死んで――たまるか!」
歯を食いしばりひたすら走る。
だが、それが無駄な事は知っている。
奴らの足は俺を遥かに凌駕している。
「ちくっ――しょう!」
枯れ果てたと思っていた涙が頬を濡らす。
奴らとの間合いは秒単位で縮まっていく。
死ぬ、死ぬ、終わる。
こんな訳の分からない世界で、たったひとり化け物に食われて死んでしまう。
その時だった。
「こっちよ! 速く!」
久しぶりに耳にした奴ら以外の声に耳を疑う。
「こっちよ! 速くしなさい!」
だが、繰り返される言葉に、俺は無我夢中で従った。
「こっちよ!」
地面のひび割れから俺を促す手があった。
「人か!」
その時俺は、間直に死が迫っている事も忘れて笑みを浮かべた。
「いいから早く!」
「分かった!」
人ひとり、這いつくばれば何とか入れる程度の隙間に体を滑り込ませる。
「救助完了! 速く閉めて!」
その女性の叫び声に、周囲の男性が壁を動かす。金属がこすれる音がして、重い扉が天を塞いだ。
★
「ふぅ、大丈夫貴方?」
俺に声をかけてくれたのは、二十代後半くらいの女性だった。
彼女はつぎはぎだらけの服を纏い、腰まで伸ばした黒髪を揺らしていた。
こんな穴倉に暮らしているんだ、お世辞にも清潔とは言えないが、笑顔の柔らかなチャーミングな女性だった。
「ここは……」
俺はキョロキョロと周囲を見渡す。
空気の淀んだ地下には、所々天井から差し込む灯りによって薄ぼんやりと見渡せた。
そこには、女性の他には数人の成人男性の姿があった。
「ここは、私たちの家よ」
女性はそう笑って手を広げた。人を安心させる力に満ちた笑いだった。
ガタガタと天井が震え、埃の雨が降ってくる。奴らが上を通過したのだ。
俺たちは息をひそめて、それを待つ。
「ふぅ、行ったようね」
女性はそう、安どのため息を漏らす。
そして、突然の事から我に返った俺は、今までの鬱憤を晴らすかのように質問の雨を浴びせた。
この世界は何なのか、奴らは何なのか、他に人間の生き残りは居るのか。
彼女は少し驚いた顔をしたのち、困ったように眉をしかめてこう言った。
「奴らについて、分かっていることはそうないわ。
分かっていることは唯一つ。
人類は奴らとの戦いに敗れてしまい、ただ滅びを待つだけって事ね」