第15話 帰還者解放戦線
2時間ほど車をかっとばし、現在地が何処だかさっぱり分からなくなったころ俺たちはその場所に到着した。
「とうちゃーく、長旅お疲れ様。隆一くん」
「いっいえ、俺はただ助手席に乗ってただけですから」
笑顔を振りまく恵美さんに、俺は慌ててそう言った。
「でも、ここが目的地なんですか?」
住宅街から少し離れた年季の入った平屋の一軒家。帰還者解放戦線なんて大げさな名前だから、もっとごてごてした建物を想像していたんだが。
「ふっふーん。それは見てのお楽しみってね」
俺は彼女に連れられて、その家の門をくぐる。
外見から想像していた通りのごく普通の一軒家だ、もしかしたら隠れ家のひとつなのかもしれない。
「はーい、帰ったわよー」
彼女はそう言うと、靴も脱がずにドシドシと玄関を上がっていく。
郷にいては郷に従え、俺も少し後ろめたい気になりながら土足のままでそれに続いた。
板張りの廊下を歩き、居間に当たる部屋に到着した時。彼女は「ちょっと待ってね」と言い。電燈のスイッチをカチカチとタップする。
「うわっ」
彼女が慣れた手つきでリズミカルにタッチした後だ、モーター音を静かに響かせて、畳がめくれ上がった。
「さっ、こっちよ」
彼女はそう言って、隠し階段を下りていく。
続いて降りて行った先には、丈夫そうな金属扉が待ち構えていた。
「ここは、SF系の世界に転移した奴が作り上げた施設でねー」
彼女は道すがらそう言って説明してくれる。
上部にある古びた一軒家はフェイクで、地下施設こそが本拠地という事らしい。
丈夫そうな金属製の通路を通ることしばし、俺たちは本当の目的地へと到着した。
パパンパン!
突然鳴り響いた銃声に、俺は咄嗟に彼女を庇――
「もー、何やってんの年甲斐も無い。隆一君びっくりしちゃってるじゃない」
「はっはっは、すまんすまん、しかし資料通りの子みたいで安心したよ。
ようこそ工藤隆一君。我らが家に」
先ほどなった銃声は、クラッカーの破裂音だった。俺は頭に紙テープを被った状態で呆然とその挨拶を聞いたのであった。
★
「それでは改めて、俺はここのリーダーをしている立花源十郎というものだ」
「立花って」
「ああ、そこの恵美は俺の娘という事になるな」
源十郎さんは、ごつごつした分厚い手で俺に握手を求めて来た。
「それじゃあ、親子そろって帰還者なんですか?」
「はっはっは、それも悪くないが、生憎俺は一般人だ。まぁ多少腕に覚えはあるがね」
「つッ!」
源十郎さんはそう言って握手する手に力を込める。その力まさに万力の如し。チート能力を持った俺と十分に渡り合えるほどのものだった。
「はいはい、またそうやってすーぐテストしたがるんだから。所でみんなは?」
「うむ。残念ながら今は丁度でばらっててな、うちにいる実働員は乾だけだ」
源十郎さんがそう言って、視線をよこすと。腕組みをしながら壁にもたれかかっていた男が、ほんのわずかに首を下げた。
その男は、コートのフードを目深にかぶり、おまけに口にはマスクをしているという徹底した恰好であった。
「ははっ。こう言う奴だが、メカニックとしての腕前は超一流だ。ここの警備主任も任せてある」
源十郎さんがそう言うと、彼はマスク越しでもよく分かる程、にやりと笑ってかすれた声でこう言った。
「言っとくけど下手な真似はすんなよ。照準は既に固定されている。この世界の物質で作られた防御装置だ、お前の能力でも防げない」
俺はその言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返す。
「それです! 奴らも言ってましたが、俺の能力っていったい何のことなんですか!?」
俺がそう言うと、彼は眉間にしわを寄せながらこう言った。
「はっ? なに? おたく自分の能力も把握してないの? それでよく生き残って来れたな?」
生き残って来れたもくそも、俺はあっちの世界で2度目の? 死を迎えている。力比べをしたのは学校での出来事が最初だし、森の中では良い所なしでやられっぱなしだった。
「まぁいいや、説明するのも馬鹿らしいが……」
彼はそう言って、モニターに映像を映す。それは学校での戦闘の映像だった。
「ほら見なよ。おたくこの坊主の攻撃を消し去ってるだろ?」
「あっはい、俺もそれは気になってました」
あの巨影は俺の拳が当たった途端、シャボン玉みたいにはじけて消えた。俺はその事が気になっていた。
「おたくの力は見ての通り、スキルの無効化だ」
彼はさも当然のようにそう言った。
「スキルの……無効化」
「そう、こいつはいわばとんでもないジョーカーだ、あちらさんだってほって置かない筈さ」
彼はそう言ってニヤリと笑った。
★
「恵美さんか……」
俺は与えられた個室のベッドにごろりと横になる。
単なる偶然の一致に過ぎないことは分かっている。
美人なのはふたりとも同じだがベクトルが違う。あっちの世界のエミさんはワイルドな野生の豹みたいな人だった。反面こっちの恵美さんは都会的な仕事の出来る人っていう感じだ。
「そんな事よりも、俺の能力だ」
乾さんに詳しく説明してもらったが、俺のスキル無効化能力で無効化できるのは、異世界で獲得してきた超常能力、という事らしい。だから俺には、是川の攻撃が通じなかったのだ。
「そうと分かっていれば、もっと上手い立ち回りがあったんだろうけどな……」
後悔するも時すでに遅し。源十郎さんからも、あまり気にしすぎるなと言われても、大勢の犠牲者を出してしまった事と、人を殺してしまったあの感触は一生拭えることはないだろう。
それと、俺の力でも無効化出来ないものはあるという。それは既に物質として成り立っているもの。輝義のパワードスーツがその代表だ。
俺を襲ったあの2人は、協議会でも名うてのハンターという事らしい。
俺にはどう考えても殺す気で掛かってきたようにしか見えなかったが、あれでも遊ばれていただけじゃないかとは恵美さんの話だ。
ちなみに恵美さんは異世界において魔法使いとして活躍したらしく、俺を救ったあの時は、かなりきつめの重力魔法を撃ちこんだそうだ。
「そしてここ、帰還者解放戦線……」
源十郎さんの前職はなんと、噂に聞いていた警視庁の帰還者対策特殊部隊。それが国連の協議会に吸収された時、方向性の違いから職を辞してこの組織を立ち上げたのだという。
彼の思想とはいわゆる活人剣、あくまでも帰還者の更生を目的としていたものだが、協議会のそれは真逆のもの。帰還者には人権などは不要とばかりに、手当たり次第に帰還者を捕縛して何やら怪しげな研究のモルモットとして使っているという話だ。
源十郎さんがこの組織を立ち上げたのは、もちろん彼の娘である恵美さんが帰還者となった事も影響している。わりと裕福な実家の資産を食いつぶしてこの組織は運営されているとの事。
まぁ乾さんのオーバーテクノロジーを始め、異世界からの技術を商品という形で提供できればそんなものはあっという間に持ち返せるだろうが、今はまだ時期尚早、この組織内だけで留めているとの事。
「俺はここにいていいのかな……」
源十郎さん達はにこやかに迎えてくれた。だけど俺はやっぱり殺人者だ、いつかは罪を償わなければならないだろう。
戦場での殺人は罪には問われないと言われたものの、そう易々と割り切れるものでは無い。俺は訓練を受けた兵士では無く、たんなる異世界帰りの高校生なのだから。