朝からドタバタ
朝方に家を出たはずなのに、今回の『闇色水晶のかけら』を手にしたのは夜になってからだった。
刹那さんに言われた東と、少し遠いところ。
なんとなく、引きよせられる感覚だけを頼りに適当なところまで電車に揺られていた。
ここかな。と惹かれるままに降りた現地で駅員さんに、最近おかしな出来事はないですかと尋ねてみると、すぐにそれらしい話を聞けた。
異次元の鱗片が日常に紛れ込むと、世間一般に通用する常識では通らないことが起こってくるのだ。
これ以上に見つけやすい目印はないだろう。わたしがこんな調子でオーナメントを持ち帰ってくるのだから、刹那さんに頼られるんだと思う。
彼女は個々の扱い方に詳しくても、積極的には引き寄せられないから。散らばる他のオーナメントを持っている人を除いては、世界はすべて偶然の連続であって、こんなものを見つける必要もないからすべてが盲点になってしまうのだ。
月曜日、今朝は始発の電車で帰ってきた。
昨日オーナメントを見つけた後は、すでに終電が出てしまっていたので、一晩足止めを食らっていた。さすが田舎、夜も早いことで。
とりあえず、この『闇色水晶のかけら』は早めに刹那さんに渡したほうがいいだろうと思って、仕事に向かう前に一旦帰ることにしたのだ。
なにしろこれの効果を聞くのを忘れた。なにが起こるかは、駅員さんからの話しでも、あまりよくないことのように思われた。
古都の表札の前に飾られている一輪挿しの花びらが、また一枚散っていた。
誰か新しい人が尋ねてきたのかと思い、ためらいながらも呼び鈴を押した。
すると、間髪をいれずに刹那さんが飛び出してきた。
いつもの人形なみの髪の毛くるくるがないから、一瞬、別人かと思った。
「どうしたんですか? そこまで慌てて……」
「お帰りめぐみちゃん、やっと帰ってきてくれた!」
「遠くになるって刹那さんが言ってたんですよ? 遅くもなりますって。これでも大急ぎで戻ってきたつもりなんですけど」
「わかってる、けど思ってた以上に一刻を争う事態になっちゃったの! 溝口さんが!」
溝口さんって誰ですか?
そう聞きそうになって、依頼主さんの名前かと思い当たった。それが一刻を争う事態って……。
「どうして早く教えてくれないんですかあなたはいつも!」
「めぐみちゃん携帯もってないじゃない! 連絡の取りようがなくって入れ違いになるくらいなら待ってた方が確実かなって!」
ずっと家にいて、どうして刹那さんは溝口さんが危ないってわかったんだろう、と思ったけど、部屋の奥に妙な青い光を発している物体を見つけて納得した。
「これが地図だから、とにかくすぐ行って!」
「え、わたしこれから仕事が…」
「今日はいいから急いで、人命に関わるのよ! はい、これも持っていって」
と、『水の溢れない陶器』を手渡された。
「何でこれ?」
「きっと使えるから! とにかくゴー!」
背中を押されて追い出された。しょうがない、店に遅刻の連絡を入れようにも、電話を取ってくれる人がいない。早めにこっちをかたづけて出勤しようか。