3 仲間を増やそう
3話目にして主人公不在っ!?やーん☆
いま、私は天使様に置き去りにされています。あの方は、焚き火を炊いて、絶対に動くなと私に命じられた後、一人で村の方に戻られてしまったのです。
既に辺りは夕暮れです。さらに居場所は森の中。ふらふら歩けば私は間違いなく遭難し、数日後に死体となって見つかるでしょう。……「見つかる」は希望的観測がすぎるでしょうか。誰にも見つからず、野性動物のご飯となるのがオチかもしれません。
「ぐるルルる……」
野性動物といえば……いや、この話の繋げ方は失礼ですかね。私は今、精霊様と二人きりです。精霊様、シルエットだけなら人に見えなくもありませんが、対話は可能でしょうか。
「あ あ゛あ゛ぁぁ グァっ!?」
……まあ、対話は一旦見送りましょう。それにしても凄まじい力です。精霊様は大きな左手を振るい、私が抱きつけば腕が回らないくらいに太い木を一撃で薙ぎ倒しました。……凄まじい力なのはわかりましたが、何故そのようなことをしているのかはさっぱりわかりません。
精霊様は私の方を振り向きました。無言でこちらを見つめてきます。目を合わせない方がよいでしょうか。目をそらすことの方が失礼でしょうか。
何やら細い右手で倒した木をぺしぺし叩いています。私の方から目を反らさずに。
『これが次の瞬間のお前の姿だ』
ひぃっ……いや、違います。これは私の妄想です。精霊様はそんなことは申しておりません。……申しておりませんよね?
精霊様はのそのそと森の奥へ進んでいきます。どちらへいかれるのでしょう。というか、このまま見送っていてもいいのでしょうか。去り際の「あれ置いてくからだいじょーぶ☆」という言葉から、天使様から私を守るように言われているものだと思っていましたが、本当にたまたま一緒にいることになっただけだったのでしょうか。それとも、天使様が思っていた以上に精霊様がやんちゃで、役割を忘れてしまったとか……。
もし、そうだとしたら大変なことではないでしょうか。野性動物にでも襲われたら、私なんて一噛みです。それで死にます。折角助けられたのに、一日もたたず父とあちらでこんにちはです。……それもいいかもしれません。
「いえいえ、折角天使様が救ってくださった命です。大切にしなくては」
ところで、実際精霊様はどちらに行かれたのでしょう。ちょっと探してみようかと立ち上がったそのとき。耳元で唸り声が聞こえたのです。
「グルルルルル……」
「ぴあーーー!!??」
先程は物騒なことを考えていた私ですが、実際には全然死の覚悟など出来ていなかったようです。命の危険を感じた私の体は、持てる最大の力でもってその場から飛び退きました。私の心は生きたいと叫んでいるのでしょう。その証拠がこれです。
さて、唸り声の正体は精霊様でした。不思議そうな表情で私をみています。手に何か持っていますね。これは木の実でしょうか。
「……うぐるん」
「え?その木の実、下さるのですか」
精霊様は私に木の実の入った葉っぱの皿を差し出してきました。くれるのかと訊ねたところ、確かに頷いて見せてくれました。何ということ。失礼なことばかり考えていましたが、とても理性的な方ではありませんか。
私はと言うと、正直お腹は空いていました。村から2時間もかけて歩いたのですから、既に体力も限界だったのです。
「頂戴いたします」
しかし、今日は施しを受けてばかりです。なにか、お返しはできないでしょうか。しかし、人の身では精霊様の喜ぶことなどわかりません。
『プレゼントというのは気持ちなのだよ。贈り物をくれるほど、相手が自分を思ってくれることが分かるのが何より嬉しいものなのさ』
ふと、父の言葉が蘇りました。私の生誕日に、私にお古の鍬を渡しながらの言葉です。死して尚、父は私を勇気づけてくれるのですね。私は思いきって大切な髪飾りを外し、精霊様の髪にそっと付けてみました。
「……?」
「こんなものしか差し上げられる物がないのです。どうか、受け取ってください。私の精一杯のお礼です」
それは、私の友達が作ってくれた余り物素材の髪飾り。天使様方にとってはガラクタも良いところでしょうが、私と共にあった思い出の分、価値は上がっている……と思いたいです。
精霊様は右手でポンポンと頭を叩き、私につけられた物を確認しました。暫くして何を渡されたかに気づいたのでしょうか。目を真ん丸に見開いて……
「ひぃあぁぁぁあぁぁぁ!!」
謎の雄叫びを上げました。肌にピリピリ来るほどの轟音です。喜んでいるのか怒っているのかわかりません。少し怖いです。
「あの、嫌でしたら気にせずはずしてください」
しかし、精霊様は髪飾りを外すことはありませんでした。私の傍らにすすすと移動すると。まるで座ったかのように体勢を沈めました。
会話が成立するとは流石に思えなかったので、食べ物で交流を図ることにしました。葉っぱのお皿を私と精霊様に挟まれる位置に置きます。
「一緒に食べましょう」
「うぐるるる……」
私は、思いの外楽しい食事時間を過ごしました。私が村での事を勝手に、一方的に語っていただけなのですが、精霊様はうんうんと頷きを繰り返しながら聞いてくださったのです。話が一段落つくたびに彼女はニヤリと笑うのですよ。それがまた嬉しくて、つい、沢山話をしてしまいました。色々なことを思い出しながら……。
「……うっ」
「……?」
「うわあぁぁ……」
「……!?」
困りました。突然悲しい気持ちになって、涙がどんどん溢れます。精霊様にはなにがなんだか分からないでしょう。手をさまよわせてオロオロしています。ごめんなさい、でも、やはり耐えられないのです。あの村には父の他にも良くしてくれたおじさんや時間を見つけては一緒に遊んだ親友もいたのです。皆、殺されたに違いありません。私だけが生き残ってしまったのです。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「うぐるるる……」
精霊様は巨大な左腕を持ち上げ、私に向けました。なんでしょう、「そんなに辛いなら殺してあげる」みたいな展開でしょうか。そ、それはちょっと困ります!
左腕の先端に不思議な模様が現れました。神官様と会ったときに見た覚えがあります。もしかして、魔法を使うのでしょうか。こんな至近距離で打たれては、小突き程度のものでも私の頭は吹っ飛んでいくでしょう。やはり、私は今日死ぬ定めだったのですね。
ポンっと音がして、辺りが静になりました。私に関しては意識はあるようですが、体はどうなっているかわかりません。既にこの意識は体と別れを告げ、お空を飛び回っているのかもしれません。
いつの間にか閉じていたらしい瞼を、恐る恐る開いてみます。瞼を開けられるということは、私はまだ私の体に居るようです。加えてここは、どうやら空の上ではないようです。
「変わらず森の中ですね。ということは、まだ私は生きていますね?」
怖い思いをすると相手を疑う癖ができてしまったようです。精霊様に対して、二度も無礼な勘違いをしてしまいました。なんとお詫びすればよいのでしょうか。
……その前に。今のが攻撃でないならば、何だったのでしょう。なにか変わったところはあるでしょうか。
何となく、私は自分の体を見下ろしてみました。おやおや、覚えのない服が着せられています。これはなんでしょう。純白を基調に、青いヒラヒラが所々についた服です。ズボンも左右の仕切りがなく、やはりヒラヒラしています。これは……高そうですね?
「あの、これは一体?」
「ぐるる」
精霊様が自分のドロドロの服を引っ張っています。……もしかして、お揃いだと言っているのでしょうか?だとしたら、畏れ多いことです。私なんかが精霊様と同じ服を着ていいはずがありません。
「あっ、だ、だめです!いけません!これはお返しします!」
「ギャ!?」
慌てて服を脱ごうとしましたが、精霊様に邪魔されてうまく脱げません。汚しては大変だから返すといっても、精霊様は首を横に降るばかりです。
「いけません!こんな素敵な服、とても着ていられません。私は、生まれながらの貧乏な娘です。こんなものを着させられたら、いたたまれなくてどうにかなってしまいそうです!」
「ググゥ……」
精霊様の力が緩みました。良かった、わかってくれたようです……?いや、待ってください。何か、見慣れない道具をドロドロの中から取り出しました。透明な筒状の道具で、先端が尖っております。中には水が入っているようですが……。
あっ、精霊様が尖った部分を自分の首に突き刺しました!何をしているのですか!?自分を傷つけるようなことは止めてください。
慌てて精霊様から未知の道具を奪おうとしましたが、精霊様はすぐに道具を抜き、シン……と沈黙してしまいました。
「精霊様……しっかり!」
「ウう……ん」
大変なことです。私はこれ以上人の死を見たくありません。精霊様のもです。なのに、精霊様の様子がおかしいのを、私はどうすることもできません。
「精霊様……!」
「ア……あの、さ」
おや?精霊様がゆっくりと顔を上げました。その顔色は、むしろ先程までより良くなっているように見えます。人らしい顔がはっきり見えます。ドロドロの部分もどういう理屈かわかりませんが固まってゆき、腕以外誰が見ても人と認識するであろう姿になりました。
「そノ……セイレイ様って、ワタ、私の……こ、ここ、こと、ですか?」
な、なんと、なんと!精霊様がお言葉を!?なんだか不安定ですが、確かに言葉を紡ぎになられました……!ついに、私が最初に抱いた精霊様のイメージは完全に覆されてしまいました。精霊様は、言葉の通じない怪物などではなかったのです!
「し、失礼しました!精霊様!」
「え、えエ?」
謝るのは早い方がいい、時にそれは命を救う。父の教えに習って、私は精霊様に対して頭を大地に擦りつけて謝罪しました。
まずは、私の勘違いについて、懺悔をしたいと思います。
Ex-107 『終わらぬ幸せを噛み締めて』② レベル3
・赤いラブリーカルテットは情熱を力に変えて戦った。青いラブリーカルテットは慈愛を力に変えて戦った。黄色は元気を力に変えて、白は信頼を力に変えて戦った。
・燃え尽きた情熱は悲嘆を示すようになった。裏切られた慈愛は怒りを露にするようになった。行き場を失った元気は暴走し、白は三人と世界を濁りきった目で見つめるようになった。