06 唇。
ハロウィンなので二話更新予定です!
翌日の昼休みは警戒心MAXで、キス魔先輩の空き教室に来た。
近所のパン屋さんに寄ってから。
耳責めは受けない。今日は受けないと断固決意してきた。
そう、耳責めは昨日で懲りたのだ。
ガラス窓から覗いてみれば、またいない。
後ろか!?
振り返っても、廊下にリレロ先輩はいなかった。
「……」
そっとスライドさせてドアをくぐったら、仰天してしまう。
中の壁際にリレロ先輩が立っていたのだ。
「あ、驚いた? ここに立ってると、窓から見えないんだ」
「……そうでしたか」
「あれ、今日はメロンパンじゃないんだね。何、それ?」
いたずらが成功した子どもみたいに無邪気に笑った。
そんなリレロ先輩は私の手を見ている。
持っているのは、パンケーキ。それにライトノベル。またリレロ先輩がおごると言い出さないように、お茶も持参してきた。
「パンケーキです」
「甘いの、好きなんだね」
「まぁそうですね。リレロ先輩はどうなんですか?」
距離を取りつつ、リレロ先輩に質問してみる。
吸血鬼も人間と同じように食事を楽しめたはず。
とらなくても、血液さえあればいいらしいけれど。
「俺も甘いもの好きだよ」
ニヤリ。口角を上げて、リレロ先輩は意味深に唇を見てきた。
その笑み。本当にクラッときてしまう。
なんて恐ろしい笑みなのだろう。魅力的すぎる。
「ああ、このライトノベル面白いね。気に入ったよ」
「あ、買ったんですか?」
「うん、昨日ね」
私と同じライトノベルを持っていた。
ちゃんと読んでいるらしく、栞まで挟んでいる。
「あ、これ、昨日一緒に買ったんだ。可愛くない?」
黒兎をかたどった栞を見せてくれた。
「キララちゃんみたいだって思って買ったんだー。キララちゃんもいる?」
「え? いいんですか?」
「うん、どーぞ」
もう一つ、黒兎の栞をポケットから取り出してくれる。
「ありがとうございます……」
「それと……連絡先を交換しよう? まだだったよね」
「はぁ……」
次は携帯電話を取り出して、交換しようと促す。
私もスカートのポケットから取り出した。連絡先を交換。
「これでよし。いつでも連絡して。吸血鬼に絡まれた時は特にね」
「はい、ありがとうございます。リレロ先輩」
またリレロ先輩の気遣い。
私はふっと笑ってしまった。
「あ、笑ってくれた」
リレロ先輩の眼差しに優しさが帯びる。
「おいで」
「?」
リレロ先輩が、持っているものを全て取り上げて、机の上に置いた。
そして私の手を引き、リレロ先輩が立っていた壁に立たされる。
「これで誰にも見られないよ?」
廊下の窓から見られることはない。
ああ、ついに唇を奪われるのか。
そう理解した。
「まだ緊張していると思うけれど、ごめんね? 君が欲しいんだ。いい?」
なんてセリフを使うんだ。
食事がしたいって言えばいいのに!
赤面してしまう顔を伏せれば、ちゅっと額にキスをされた。
それがとても優しい。じわりと熱が身体の中で広がっていく。
食事だ。そう食事をされるだけ。
そう割り切る。頬が火照っていることを感じていても、顔を上げて私は目を瞑った。
そんな私の肩に、リレロ先輩の手が置かれる。
触れるだけのキスが、唇にされた。
壁に密着をして強張った私はまた俯いてしまう。
額にまたキス。
優しくって力が抜ける。
それから頬に手を当てられて、軽く顔を押し上げられた。
まだキスされるのだと思うと、俯きたくなってしまう。
けれども、勇気だろうか。それを振り絞って堪えた。
「……可愛い」
ハッと息を飲んだ。
その好機を逃さなかったリレロ先輩は、また唇を重ねた。
さっきよりも深い。
ちゅっ。ついばむようなキスがされる。
くちゅ。唇が触れ合っている。
私は両手を握り締めて、リレロ先輩の胸辺りに置いた。
耐えられなくなったら、拒む用意は出来ていたけれど。
左手であやすように頭を撫でられると、拒むタイミングがわからなくなる。
ちゅう。潤った唇が触れる。
ちゃく。まるで唇を味わうよう。
舌がこじ開けてきて、入ってきた瞬間、悲鳴を上げそうになった。
これ以上は無理なほど強張ってしまう。
「ふ、うっ」
「んっ」
それなのに力が抜けてしまいそうになった。
必死に立っている足に、リレロ先輩の足が触れる。
同じ場所に立っている状態。
ちゅうっ。吸い付く。
くちゅう。私を飲み込むよう。
ああ、吸われている。
キスで、私は食べられているのだ。
吸血鬼に食べられている。
深いキスをされて。
呼吸が乱れたけれど、回した手で背中をあやすように撫でられた。
次第に落ち着いていく呼吸。でもキスは激しくなるようだった。
深く、深く、深く。私を飲む。
ああもう、全部飲み干されても構わない。
そう思えてしまうほど、熱が私をとろとろにする。
「ふー」
「はぁ」
舌が、唇が、離れた。
私は口から息を吸い込んだ。一緒に彼の息も吸った気がする。
「君って本当に……美味しい」
微笑んでいるであろうリレロ先輩が、左耳に囁いた。
ゾクリと、快楽が背筋に走る。
「ご馳走さま、キララちゃん」
私の髪を耳にかけて、離れたかと思えば、椅子を差し出してくれた。
倒れてしまうその前にそこに腰を沈める。
そして火照った顔を両手で覆い隠した。
「……」
「ほら、パンケーキ食べなよ。昼休み終わっちゃう」
少し待ってくれてから、リレロ先輩は私に袋に入ったパンケーキを渡す。
いつも通りの優しい笑みがそこにあった。
「ところでさ、このライトノベルの主人公、愉快でいいよね」
本を手にして、話題を振る。
「そうですね。それでいて誠実さも持ち合わせて人を惹き付ける主人公だと私は思います」
「そうそう」
椅子を一つ持ってきて、私のそばに座った。
「俺、特に最初の登場が面白くってさ」
「ああ、私も笑いました」
いつの間にか、キスの火照りは冷めて、会話に集中する。
私を気遣うように見つめつつも、笑ったシーンを指差すリレロ先輩。
私も思い出し笑いをして、力を緩めた。気も緩んだのかもしれない。
今さっきファーストキスを捧げた相手なのに、笑みを零して話す。
私はランチを食べ始めた。終わった頃に鳴り響くチャイムの音。
「今日はありがとう、キララちゃん」
立ち上がろうとすれば、手を差し出されてドアのところまでリードされた。
「また明日も来てね」
「はい……」
ちょっぴり緊張が舞い戻ってきた私は、俯きつつも頷く。
そんな私の頭をポンポンとして、リレロ先輩はドアを開けてくれた。
リレロ先輩の手を離れて、私は早足で自分の教室に戻っていく。
午後の授業中は、ずっと唇を隠していた。なんだかさらしたくなかったのだ。
どこか心がウキウキとしているような、そんなふわふわした気分のまま家路につく。
明日のことを考えると夜は、またなかなか寝付けなかった。
でも一度眠りに落ちれば、朝までぐっすり。心地いいほどだ。
翌朝も首にスカーフをつけて、登校した。
午前の授業中は、そわそわ。昼休みが迫る度に緊張が増した。
またキスをされる時間がくる。
トントン、と机を指で叩き、時間を数えた。
そしてその時間がきて、私は席を立つ。最初はランチのパンを買いに行こうと財布と携帯電話を持った。
「キララ!!!」
そこで響いた男子生徒の声。
聞き慣れたその声の主は、ライトだ。
私は条件反射で窓に駆け寄り、鍵を開けて飛び出した。
中庭に着地をして、気付く。
待てよ。私逃げる必要ないのでは?
そうだ。私はリレロ先輩の専用なのだから、ライトは手を出せない。暗黙のルールだ。
一応、リレロ先輩に連絡しよう。
「ライト、私はもうリレロ先輩の専用だから」
同じく飛び降りてきたライトから距離を取りつつ、リレロ先輩に電話をかけた。
でも素早く歩み寄ったライトに携帯電話を払い落されてしまう。
携帯電話は通話の状態で地面に落ちる。
「なにすんのよ!?」
ライトは黙って手を伸ばしてーーーー私のスカーフをほどき奪った。