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04 キス魔先輩。




 緊張で強張る。


「黒兎ちゃん、怖がらないで」


 鬼は優しく話しかけて、私の髪を掬い上げた。


「優しくしてあげるって言っただろう?」


 美しい顔が近付いてきたものだから、さらに硬直する。

 一緒に唇をキュッと固く結んだ。


「大丈夫。今日も唇を奪ったりはしないからさ」


 明るい声が私の顔を上げさせようとした。

 けれど、私は俯いたまま。


「俺がヘタレなヴァンパイアなら、君はヘタレなラビットかな」


 ちゅっ。

 また額にキスをされた。

 そっと顔を上げて、リレロ先輩を見る。

 韓流スターのように美しい顔立ち。

 長い睫毛の下にはアーモンド型の瞳は、明るい茶色。

 私の額にオレンジの前髪が触れるほどの距離。

 ちゅっと頬にもキスをされた。

 驚いて目を見開いてしまう。

 魅惑な笑みのリレロ先輩が、私を見つめていた。

 うっとりしてしまうほどだけれど、私はなんとか目を背ける。

 そんな私の首に顔を埋めたものだから、ギクリとした。


「噛まないよ」


 声が首に吹きかかって、私はビクンと強張る。

 その声はあまりにも優しいものだった。

 なんだか、力が抜けてしまいそう。

 ちゅっ。

 首筋にキスをされた。

 変な声が出ないように、必死に堪える。


「ふふふ、真っ赤な顔して……可愛いね、キララちゃん」


 耳に囁かれて、ギュッと手を握り締めた。

 思い出した!

 私は耳が弱いんだ!

 色気ある声優さんの声にも弱いし、囁きボイスというものに夢中になっていた時期もある。前世の頃のこと。リレロ先輩の声も、また魅力的だ。


「せ、先輩……も、もういいですかっ?」


 今日はキスをしないと言った。唇には。


「うん、今日はここまで。ご馳走さま。明日はどうしようかな。君が嫌がっていなければ……ここにしたいな」


 やっと離れてくれたリレロ先輩は、微笑んで私の唇を親指で拭った。

 クッ……なんてイケメンなんだ。

 私は何も言わずに去ろうとしたけれど、リレロ先輩は腕を掴んで引き止めた。


「だーめ。そんな可愛い顔を晒しちゃだめだよ。ほら座って」


 元の椅子のところに戻る羽目になった。


「あの……可愛い可愛い言わなくてもいいですよ、リレロ先輩。私に気遣いは無用です」

「気遣い? 変なこと言うね。君は本当に可愛いよ」


 私は美人でも、可愛い系ではない。

 キリッとした顔立ちからして、綺麗系寄りだと認識している。


「キララちゃんは可愛いよ」


 私の黒い髪を手に取り、近付いたかと思えば、その髪にキスをした。


「本当に可愛い」


 見つめてくる明るい茶色の瞳。

 ゴクリと息を飲んだ。


「あ、また真っ赤になった。もう、キスはしない。……それともして欲しい?」


 ニヤッとした。

 その顔がたまらなく、クラッとさせる。

 美形とは、凶器にもなりえるのだろう。

 今日はもういっぱいである。

 ブンブン、と首を横に振った。


「反応が可愛いんだよねー、全部」

「か、からかわないでください」

「からかってないよ。いや、そうでもないかな」


 腕を組んでリレロ先輩が白状する。

 からかっているのね。

 リレロ先輩は楽しそうに笑う。


「そうだ、本は好き? キララちゃん」

「……ええ、まぁ」

「どんなジャンル?」

「……ライトノベルやマンガです」


 明後日の方向に目をやる。前世の好みはきっちり引き継がれた。

 この世界には前の世界のマンガやライトノベルがないのは悲しいものだけれど、新しいものがある。全部が真新しい。実は前世の記憶を取り戻してから、片っ端から読み漁っている。


「そっか。じゃあそれ持ってきて読んでいいよ。ここは俺と君だけの部屋だ、昼休みだけはね」


 リレロ先輩は、ウインクした。

 クッ……ウインクなんてずるい。


「それではお言葉に甘えて……持ってきます」

「うん、そうして。頬の赤みが引いたね。俺はここで昼寝をするよ」

「そうですか、おやすみなさい」

「おやすみ、俺の可愛い黒兎ちゃん」


 にっこりと笑って見送るリレロ先輩に、軽く手を振り返した。

 リレロ先輩は私の座っていた椅子に、腰をかける。

 私は部屋をあとにした。

 俺の、か。専用なので、否定出来ない。

 でも可愛い黒兎はやめてくれないだろうか。

 なんだか弱いワードになってきた。




 家に帰ると母に質問責めしてきたので、自分の部屋に逃げる。

 夕食時もそうだ。だから味わうことなく済ませた。

 お風呂中も外から聞いてきたが、父が止めてくれる。

 寝る前の歯磨き中もまたやってきて、先輩はどんな人かを問う。

 私はやめてっと追い出した。

 部屋に行ってベッドに潜ると、思い出す。

 今日のキスのこと。額と頬と首筋。

 甘い囁きが火を付けたように、顔を熱くした。

 余計なことを思い出してしまった! ああもう!

 優しい笑みも声も手付きもキスも忘れて、眠りたい!


「……」


 今お気に入りの音楽が響いて、目が覚める。

 目覚ましのアラームだ。

 眠気があるけど、起きて支度をしなくてはいけない。

 健やかに眠りたかった、もうっ!

 今日こそはキスをされると思うと、私は両手で顔を隠して呻いた。

 そしてまた首にスカーフを結ぶ。

 恥ずかしいな。

 ただのファッションと思い込もう。これはただのファッション。


「ねぇ、その先輩はどんな人なの? ねぇってばぁ」


 母が玄関で私を捕まえて問う。


「あー優しい吸血鬼」

「すっごいイケメン!?」

「すっごいイケメン」


 顔から性格までイケメンである。

 私の寝付きが悪くなるほど、罪なイケメン吸血鬼。


「名前は!?」

「いってきます」

「ああんっ、キララちゃん!」


 朝から変な声を出さないでいただきたい。

 そそくさと家を出て行き、登校した。

 門のところでオレンジ頭を見つける。

 あのイケメンの後ろ姿は間違いなく、リレロ先輩だ。

 挨拶するべきだろうか?

 いやどうだろう。昼休み以外に話しかけてもいいのだろうか。

 あくまで餌だから気安くするな、なんて思われるかも。

 中にはそう思う吸血鬼がいるそうだ。食事をする関係だけ。

 今まで優しいリレロ先輩はどうなんだろう。

 そこで、風が吹いた。黒い髪が舞い上がり、ふわっと葉を踊らせて、リレロ先輩の華やかなオレンジ色の髪が揺れる。

 瞬時にリレロ先輩が振り返った。


「キララちゃん!」


 すぐさま門まで歩み戻ってきたものだから、私は驚き足を止める。


「俺の黒兎ちゃんのいい匂いがした」


 私だとわかった瞬間に来てくれるなんて、イケメンかよ。


「おはようございます、リレロ先輩」

「おはよう。……あ」


 朝から眩しい吸血鬼なんて、ずるい。

 そんなリレロ先輩の視線が、私から後ろの方に向けられた。

 その方に私も目を向けようとしたけれど。


「こっち向いて」

「!」


 顎を摘まれたと思いきや、ちゅっと頬にキスをされる。

 行き交う生徒達が、当たり前のように注目した。

 公衆の面前で何をするんだ、このキス魔先輩!


「一緒に昇降口まで行こう」


 そう言ってリレロ先輩は私の肩に腕を回した。

 密着した状態で歩く羽目となる。周囲の視線が痛く感じた。

 好奇の視線だと思うけれど、私にとっては突き刺さっているように感じる。


「いきなりごめんね」


 耳に囁いてきたから、ビクッとしてしまう。


「ライトくんが後ろにいたから、見せつけた方がいいと思って」

「えっ」

「あー振り向いちゃだめ」


 振り返って確認しようとした私をギュッと抱くリレロ先輩。

 さらに密着してしまった。


「でもこうすれば信憑性があって好都合でしょ?」


 ちゃんと理由があったのか。

 学校中の公認の仲になるのは恥ずかしいけれど、その方が都合がいい。

 もう誰にも血を狙われることがなくなるってことだ。


「ありがとうございます、先輩」

「いいんだよ。じゃあまた昼休みにね、キララちゃん」


 昇降口に到着するなり、回されていた腕が離れた。

 ひらりとその手を振って、自分の下駄箱に向かうリレロ先輩。

 その後ろ姿を見て、ますますイケメンだと思う。

 気遣えるイケメン、最高か。

 そこで、ドン。

 背中に誰かがぶつかった。

 見てみれば、ライトだ。


「ちょっと」

「あ?」


 突っ立っている私も悪いが、明らかにぶつかってきたから一言謝ってと言おうとしたら、物凄く不機嫌な声が返ってきた。ひと睨みしたライトは、靴を履き替えるとスタスタと行ってしまう。

 んー……まぁ効果は抜群ってことで、いいっか。

 幼稚園から小中高と一緒になった幼馴染だけれど、友情はないに等しい。

 嫌われても、別に痛くもかゆくもない。

 昼休みになって、私は今読んでいるライトノベルとメロンパンを手にキス魔先輩の教室に入った。いない。


「あれ、今日もメロンパン一つなんだ。メロンパン好きなんだね」


 後ろから声がして振り返れば、リレロ先輩。

 静かにスライドドアを閉めては、鍵をかけた。


「こんにちは、リレロ先輩。今朝はありがとうございました」

「こんにちは、キララちゃん。どういたしまして」


 今日も机が中央に集まっている。

 立ってそれを見ていたら、リレロ先輩に腕を引かれた。

 その中央の机の上に、座るように促される。

 腕をついて、腰を置く。

 そうすれば、リレロ先輩は私を閉じ込めるように机に両腕をついた。


「さて、食べようっか」


 にこり、とリレロ先輩は微笑んだ。



 

20181029

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