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03 秘密。




「あら、どうしたの? キララちゃん」


 そこで母親が出迎えてきた。

 間一髪。母も高校の暗黙のルールを知っている。

 私は顔を上げてシレッと「別になんでもない」と返す。

 私の母親は、おっとりしている。髪の毛はふわふわしていそうなウェーブがかかっていて、茶色い。瞳も同じ色だ。いつもワンピース姿でいる。

 私は父親似だ。黒髪で黒目。キリッとした顔立ち。どっからどう見ても父娘に見えると思う。

 二階にある部屋に行き、私はずるりとへたり込む。


「……どーしよう」


 あれほど吸血鬼に血を捧げるものかと一ヶ月逃げ惑っていたのに。

 キス。キスか。

 ファーストキスを大事にしたい気持ちはあるけれど、でも血を奪われるくらいなら百倍はましだ。そう考えよう。

 キス。キスか。キスをするのか。

 そう思うと悶えたくなった。

 前世はヴァンパイアラブストーリーが好きだった。でもそれは愛しているが故に血を吸わないという決意をしているヒーローがかっこよく素敵に思えたからだ。そういうタイプの吸血鬼が好きだった。

 もちろん、リレロ先輩が私を愛してるが故に吸血を我慢しているわけではないけれども。それでも、リレロ先輩は優しかったと思い返す。

 震えていた私の頭をあやすように撫でてくれた手。

 額に優しくキスしてくれた唇。

 そのあとそっと撫でてくれた手は、やっぱり優しかった。

 モテるんだろうな。きっと。

 顔だけではなく、性格すらもイケメンの吸血鬼。

 本当に優しかった。

 ポッと頬が熱くなっていることに気付いて、頭を振るう。

 あくまで取り引きだ。

 私はキスを捧げる代償で、ライトを含む他の吸血鬼から守ってもらう。

 キスは代償。代償なのだ。言い聞かせて、頬の熱を冷ました。




 翌朝、私は部屋に置いた全身鏡とにらめっこをする。

 胸につきそうなほどの長い前下がりボブの自分。前世より美人。

 睨んでいる表情は、さらにキリッとした印象を抱く。

 ブラウスと深紅の丈の短いブレザーとハイウエストスカート。

 今日も一応、黒のスキニーを履いている。

 深紅のスカーフをどうしたものかと迷っていた。

 虫除けに必要だと言い聞かせて、首に巻き付けて結んだ。


「いってきます」


 足早に家を出ようとしたら、両親と玄関で鉢合わせてしまった。


「まぁ!」


 嬉々とした驚きの声を上げる母。

 母より長身の父が、じっとスカーフに注目する。


「ついにライトくんに血をあげたのね!」

「ち、が、い、ま、す!」


 母はライトが好きなようで、昔から仲が良い。

 ライトに行く高校を教えたのは母に違いないと勝手に思っている。


「……じゃあ、誰なんだ」


 スカーフの下にあるであろう牙の噛み痕の主は誰か。

 父は靴を履きながら、静かに問う。

 私はスニーカーを履いて「先輩」と短く答えた。


「どんな先輩? かっこいい? 好きなの? 今度家に連れてきてらっしゃい!」

「ああもう! いってきます!」


 一度落胆したが、目を輝かせて母が問い詰めてくる。

 家に連れてくるような関係にはならない。

 私は追及が嫌で、家を飛び出した。

 専用イコール恋人関係というのもありがちだが、そうじゃない場合も大いにある。吸血鬼は吸血鬼同士の血を飲まない。でも異性の血は好む。

 別に吸血鬼と人間の恋や結婚は禁断ではない。そういう世界だ。

 登校中も、視線が痛いように感じた。

 誰かのものだと主張している首のスカーフのせいだ。

 は、ず、し、た、いっ!

 高校の目の前の坂に差しかかって、そこでばったりとライトと会ってしまった。

 目が合ったライトというと、首のスカーフに注目。それから嫌悪を浮かべた表情となった。

 私の血に執着していたライトも、流石に誰かの食べかけなんて求めたくないのだろう。

 私はプイッとそっぽを向いて、先に坂を上がった。


「音宮さん、音宮さん。リレロ先輩の専用になったって本当なの?」


 一年B組の教室に入ると、私に駆け寄るようにクラスメイトの二人が来る。厚井さんと中村さん。興味本位といった感じだ。


「うん、リレロ先輩専用」

「いいなぁ……」


 専用を示す首のスカーフを、羨ましい眼差しを注ぐ二人。

 美形吸血鬼に選ばれた象徴は、誇らしいものなのだろう。

 私にはちょっとわからない。


「でもリレロ先輩って吸血してくれない先輩って聞いたよ?」

「だからキスだけするキス魔だって」

「え……」


 キスだけで済ませるキス魔な先輩ではなく、吸血をしてくれないキスだけをするキス魔先輩。

 それは初耳だ。


「それでも音宮さんを選んだなんて、音宮さんってすごいね。何か秘訣とかない?」


 それが聞きたかったらしい。

 いや全然何も努力してない。

 むしろ、まずい血になれ、と毎晩呪いをかけていたくらいだ。


「ないよ。そういうの、本当ない」

「ええー。音宮さん、美人だもんね」

「やっぱり生まれつきかなぁ」


 きっぱり言えば、ちょっと食い下がりたそうだったけれど、引き下がってくれた。

 ふー。

 私は首の違和感を気にしないようにしながらも、授業の準備をした。

 二度目の高校生だから楽だと思うでしょ?

 しかし二度目と言えど、覚醒したのはついこの間。そして前世は勉強嫌いだった。

 なので、イージー高校生活とはいかない。

 でもちょっと前世よりは成績がいいし、勉強も捗っている。

 授業を真面目に聞いていれば、赤点なんて取らないだろう。

 いい両親の元にいるのだ。親不孝にはならないように、努力をする。

 私はそう決めていた。

 二時間目の休み時間に、校舎を出て坂を下ったところにあるパン屋さんに行く。今日はお昼ご飯が食べれるはずだから、メロンパンを買った。今世は少食なので、メロンパン一つで十分。

 そして、憂鬱な昼休みがきた。

 廊下を警戒しつつ出ても、奥のヴァンパイアクラスからライトは飛び出してこない。

 メロンパンを片手に持った私は、恐る恐る二階の空き教室に行って覗いた。

 机が中央に集まっている教室に人影はない。


「早かったね」


 声がかけられて、私はびくりと震え上がった。


「ランチを食べてから来てもよかったのに。てか、ランチ、それだけ?」


 真後ろに立っていたのはリレロ先輩。

 覗き込むように私の手元を見て首を傾げた。


「しょ、少食なので」

「ふーん。そっか。じゃあ入って」

「……はい」


 ドアを開くリレロ先輩に背中を押されて、私はしぶしぶ空き教室に入る。

 入ってもどこに座ればいいかわからなかったから、立ち尽くす。

 それに気付いたリレロ先輩は、窓際に向いた机の椅子を引いた。


「ここに座って食べるといいよ」


 おずっと頭を下げて、その椅子に腰をかける。

 リレロ先輩は窓を開けるとその窓辺に腰を置く。

 ニコニコしているリレロ先輩の視線を受けながら、ちまちまとメロンパンを食べ始めた。美味しい。

 リレロ先輩は、人工血液パックを飲み始める。ちゅるるーと吸っている。


「個人的なこと聞くけれどさ」


 ちょっとの沈黙のあと、飲み終えたのかリレロ先輩は黒板の下にあるゴミ箱にパックを放り投げた。ナイスシュート。


「ライトくんに吸われたくなった理由は何?」


 これまた興味本位でと言った様子だ。


「ライトに限った話ではありません。単に吸血鬼に血を奪われることに抵抗を覚えているだけです」

「ふーん、そっかぁ。まぁ怖いって思う子もいるよね」


 怖い云々以前に、命の源とも言える血を奪われたくないだけ。

 私はもぐもぐと咀嚼した。


「別に致死量の血を吸われるわけじゃなくても、怖いよねー」


 完全に怖がりだと認識したのか、いい子いい子とリレロ先輩は私の頭を撫でる。

 リレロ先輩にとって、私は怯えた黒兎なのだろう。


「私も聞いてもいいですか?」

「どうぞ?」

「リレロ先輩は吸血をしてくれないと聞いたのですが……」


 リレロ先輩が身を引く。それを見逃さなかった。

 触れてはいけないことだったのかしら。


「……」


 視線を外して、少し考える風に間を開けたリレロ先輩は、私に視線を戻しては身を乗り出した。


「誰にも言わないって約束する?」

「……ええ、なんでも話せるような親友もいませんし、約束出来ますよ」


 秘密を抱えるくらい、一つや二つ可能だ。

 なんて言っても、私は転生者。言ったら頭おかしいと思われかねない秘密持ちだ。

 それに親しい親友を持ち合わせていない。大事な親にだって、秘密を守る自信はある。


「俺は人間に噛み付くことに抵抗があるんだよね」

「!」

「だぁかぁらぁ、人工血液パックとキスで食事を済ませるの。誰にも言っちゃだめだよ? ヘタレヴァンパイアなんて思われたくないからさ」


 メロンパンを食べ終えた私の唇に、リレロ先輩が人差し指を立てた。

 それから拭って、ペロリとその指を舐める。


「甘い。今キスしたら、とっても甘いだろうね?」


 目を細めて、魅惑に笑うリレロ先輩。

 こんな自分の魅力を理解している吸血鬼をヘタレヴァンパイアだなんて、思うわけがない。

 そしてキスされる件を思い出して、私は赤面した。



 

20181028

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