02 専用。
空き教室は、しっかり鍵を閉めた。
よってここは密室になったのだ。
その密室で異性の吸血鬼に、壁ドンされているこの状況。
さっきより、ヤバい。
「そんな兎みたいガクガク震えたりしないで。噛み付かないからさ」
「べ、別に震えてなんてっ」
ないと言おうとしたけれど、顎を掴まれて上げさせられた。
「キスはするよ?」
「っ……!」
この距離で言われては、顔が熱くなってしまう。
耳までその熱が伝わった。
「あー……キララちゃん。もしかしてキス、初めて?」
図星だ。恥ずかしくなるが、しょうがない。
本当にキスしたことがないのだ。だってまだ十五歳。
首を傾げたリレロ先輩は、指先で私の首に触れた。
「綺麗な首筋……さっき匂いを嗅いだ時、美味しそうだって思ったんだよね」
さっきとは私が抱き付いてしまった時だろう。
ヒクリ、と頬が痙攣した。
「だーいじょうぶ。俺は噛んだりしないって」
掌が頭に置かれたので私は俯き、ギュッと目を閉じて身構える。
でも噛まないと聞いて、右目だけを開ける。
「取り引きだ。君は俺専用のランチになる。俺はあのライトくんから、いや他の吸血鬼から守ってあげるよ。どうだい? 悪くない話だろ?」
「……先輩は、キスだけで済ませるって噂で聞いたのですが……」
「話が早い。そうなんだ。どうして吸血行為をしたがるかわかるかい?」
「喉が渇くから……?」
左目も開けて、魅惑な笑みを浮かべたリレロ先輩を見上げた。
結構背が高いと自負していたけれど、リレロ先輩の方が高い。
「まぁ正解。でも俺達吸血鬼には人工血液パックがある」
「そう、ですね」
「これがイマイチなんだよね。まだまだ」
人工血液パックがある。吸血鬼の主食。
味はイマイチのようだ。結局は作り物。本物には敵わないというところだろう。
「思春期の吸血鬼は、特に本物の血を求めたがる。その欲求が強いから、高校では吸血行為が許可されているんだ。これ本当にテストで出るから、覚えた方がいいよ」
壁に頬杖をついたリレロ先輩。近い。
「俺は別にそこまで血が欲しいわけじゃないけれど、口直しにキスしたくなっちゃうんだよね。でも専用って子がいなかったから、ちょうどいいと思って。大丈夫、優しくするからさ。それとも、俺がファーストキスの相手じゃだめ?」
私の顔を覗き込んで、上目遣いをしてきた。
クッ……キュンとするな、私の心臓!
「……」
「まぁ、覚悟決めておいてよ。今日は……」
胸を押さえていれば、リレロ先輩はさらに近付いてきた。
私はまた俯いて目を瞑る。
そんな私のさらけ出した額に、何かが押し付けられた。
ちゅっ。
そんな音がしたから、間違いなく唇だろう。
それはとても優しいものだった。
リレロ先輩の右手が私の頭を撫でて、前下がりのボブを掬うようにして離れていく。その手付きも優しいものだった。
「さっきライトくんから守ったご褒美に、ご馳走さま」
にこっと笑みを深めたリレロ先輩の顔を見る。
「あ、そうそう。スカーフを首につけておいた方がいいよ」
リレロ先輩は、自分の首をトントンと指差した。
私の胸にはスカーフがぶら下がっている。
そのスカーフを首に巻き付けている生徒は、吸血鬼の誰かの専用という証らしい。誇らしくつけている女子生徒がほとんどだ。
首にスカーフなんて、初めは牙の痕を隠すために始めたことだろう。
「ライトくんから、いや他の吸血鬼の生徒から守ってくれるだろう?」
すでに誰かの専用になっている生徒に手を出すことは許されない。暗黙の了解だ。
これまた抵抗があるけれど、私はおずおずとスカーフを胸から外す。
チラリと、リレロ先輩に視線を向ければ、頷きで促された。
私はこの先輩の専用になることを選んだ。
深紅色のスカーフを首に巻き付けた。
「取り引き成立かな?」
リレロ先輩がスカーフの位置を整えてくれながら、最終確認をする。
それから手を差し出してきたので、その手を掴む。手まで綺麗だ。
「……はい。お願いします」
私はコクリと頷いて見せた。
「よろしく、キララちゃん」
リレロ先輩は、満足げに頷き返すと「じゃあ、明日はこの教室に来て。ここ俺が使わせてもらってるから、邪魔は入らないよ」と言って先に教室を出て行く。
私も続こうとして躊躇した。
首にスカーフ。恥ずかしすぎる。
誰かに噛まれて血を吸われて、それ専用になった証なんだよね。
そうだと思われてしまうんだよね。
恥ずかしいーっ!!!
ほどきたい衝動にかられながらも、私はそのまま自分の教室に戻った。
痛いほど視線が突き刺さる。気のせいかもしれない。いや気のせいじゃないなこれ。
私は羞恥心に負けるものかとポーカーフェイスを貫いた。
午後の授業を乗り切る。教師まで、とうとう噛まれたのか、という哀れみの眼差しを送ってきたので、声に出して違うと言いたかった。
下校してさっさとスカーフを外そうと考えていたけれど、下駄箱で待ち伏せされてしまう。
ライトのファン達だ。
「ちょっとそのスカーフはどういうつもり!?」
ライトのファンはカンカンな様子だった。
私の首に巻き付いたスカーフを見て、興奮している。
「まさか、ライトくんの専用になったなんて言わないでしょうねっ!?」
そんなこと許さない! とでも言いたげな女子生徒に私は。
「は? 違うしこれは……」
一瞬、詰まらせたが、はっきり言い放ってやった。
「リレロ先輩の専用になったの」
断じてライトではない。
リレロ先輩である。
そうキス魔で有名なリレロ先輩の専用になったのだ。
ライトファンは目を真ん丸に見開いて固まった。
「邪魔よ、退いて」
しっ! と手を一度振って道を開けてもらう。
歩いて十五分程度の家に帰宅するなり、私はスカーフを引きちぎるようにほどいた。そして恥ずかしさのあまり玄関で蹲る。
恥ずかしかったっ!!!
20181027