第七話 -偵察-
ぴーぴーぴー。
ヒヨコの鳴く声がする。
か弱い鳴き声とは裏腹にけたたましくなり続ける、携帯の着信音。
机に伏していた顔を上げ、ノブは電話を取った。
「はい」
この体勢で寝ていたからか、やや腰が痛い。
電話口から聞きなれた女性の声が聞こえる。
「送られたデータを検証した結果を伝えておこうと思ってな」
「クレアか」
同意も否定もせず、声の主は続けた。
「一言で言うと、面倒なことになった」
彼女の言葉の真意が分からず、眉根をひそめる。
そしてごく当然に、こう返した。
「どういうことだ?」
「やつらは間違いなくレジスタンスの一つだ」
「障害になるのなら叩けばいいだけの話だろう」
「問題なのはあの学園の方だな」
意味が分からない、そう言いたげに首をひねる。
「あの学園は、表向きはバビロン教属の学園のようだが、教職のほとんどは元日本人で構成されている事は知っていただろう?」
言われて周りの大人の顔立ちを思い浮かべた。
黄色人種特有の浅黒い肌、漆黒にも似た黒い髪と瞳の色、堪能な日本語に地方訛りがある者もいる。
名前にカタカナ表記の者が多いのは、帝国の侵略初期に強制的に名前を変えさせられたからだろう。
二十歳以降の旧日本人のほとんどが改名を余儀なくされた。
クレアの話の先を促す。
「あぁ、それで?」
「報告では空気ダクトが学園と繋がっているとあったが。恐らく職員の一部はレジスタンスに間違いないだろう。一部か、大半か、あるいは全員か」
今の旧日本は実に不安定だ。
急性的に世界を牛耳る程まで強大になったバビロン皇国。
この10年もしないうちに世界は変わった。
それ故に、未だに帝国に反発をする旧日本人は多い。
北海道、横浜、名古屋、神戸、大阪、鹿児島。
それらは同じ日本領土でありながら旧日本人によるテロが頻発している地域でもある。
そして毎年死者は増加の一途を辿っている。
寝起きの頭でぼんやりとそんな事を考えていると、再びクレアの鋭い声が耳に入ってきた。
「それと旧軍服に青い鷹のマーク。間違いないな。最近、出雲大社を根城としているレジスタンスのようだ。名前は確か……」
「"草薙の剣"」
「なんだ知っていたか」
「ちょっと、な」
クレアは、話を続けた。
「まぁいい。"草薙の剣"。元航空自衛隊の将補だった小林実嗣(こばやしさねつぐ)を筆頭に日本の復興を謳っているようだ。構成員には20代を中心とした若年層が多いとも報告が上がっている。血気盛んな集団のようだが、未だ表立った行動等は、神社の名を掲げて布告くらいか」
レジスタンスと一口に言っても様々な集団がある。
先に述べたようにテロ活動をする右翼派もいれば、"草薙の剣"のようにさして目立った行動を起こしていない集団もある。
「彼等に関して分かっているのはそんなところだ。まぁ地下に大量の武器を隠し持って居たということは、近いうちに何かやらかしそうだが」
「あぁ、学園と地下に関係についてはこちらで調べてみよう」
「了解した」
同時に、クレアとの通信が切れた。
草薙の剣。
かつて日本の神話で、スサノオノミコトという神がヤマタノオロチを退治した際に見つけた刀。
他に"八咫鏡(やたのかがみ)"、"八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)"と共に三種の神器の一つにも数えられており、現存する伝説の武器でもある。
「この力も…」
感情のない瞳で自分の手を見つめ、その拳を強く握る。
悪魔や超能力、魔術と言った類のものも伝説の産物とされてきた。
だが、≪災厄の日≫を切っ掛けにそういった力を持った者達が現れ始める。
ありえないはずの力。
それらを持たない人間からは総じて、畏怖の眼差しを向けられている。
時計を見ると、午前4時を回っていた。
「もう眠れそうにないな」
席を立ち、クローゼットから黒い服を取り出した。
特に装飾はなく、機能を重視している。胸と腰、他にもいくつか隠しポケットがある。
ZOCの中で着ていたあの戦闘服である。
普段着から黒い服に着替えた。
ジッパーを首の辺りまで上げる。
左耳に耳栓のような機械に触れると、カチッと言う音がなった。
「任務を開始する」
低く呟き、窓から暗闇へと繰り出した。




