第三話 -絡む糸-
空を飛ぶ巨大な船、その正体は旧アメリカ空軍より奪取した飛行母艦を大幅に改造を施したものだ。
100人は収容できるほどの巨体に、最新技術のステルス機能を搭載している。
そのためにレーダーなどによる発見はまず無いといっていい。
中にはバイオプラントの設備もあり、多少の食料には困ることはない。
ひときわ大きな扉の前で足を止めた。
空気が噴き出したような音を立てて扉が開く。
それと同時に室内から声をかけられた。
「首尾よくいったようだな」
まず眼前に移るのが長いテーブル。
テーブルの中央にはなにやら装置があり、そこから立体映像が出る仕組みになっている。
テーブルに沿って何脚かの椅子も配置されてある。
最奥の壁には巨大な液晶スクリーンが見える。
特に調度品のようなものは見当たらず、殺風景に会議室といったところか。
テーブルの最奥、入り口から一番遠い場所に座っている人物からの声だった。
漆黒の黒い髪に金枝の瞳。
まるで不釣合いな色の組み合わせにも関わらず、整った顔立ちの彼にはしっかりと似合う。
眼光は鷹のように鋭くあるが、仲間に向けられる暖かさもある。
同時に高校生ほどの少年のようにも見える。
この広い部屋には彼一人が椅子に腰掛けていた。
だがやはり、彼の服も黒い戦闘服に漆黒のローブを纏っている。
「問題ない」
先ほどの彼の問いかけに、九月が答えた。
「それで、サクアルパンの様子は?」
九月は最奥の彼に何かを放った。
片手で受け止めると、手の中に銀色に光る細長いものが見える。
フラッシュメモリーだ。
それを確認し、今度はクレアが口を開いた。
「今回の伯爵の一件、やけに簡単に事が運ばなかったか?」
「あぁ」
「皇帝から勅命を与えられるあの伯爵だぞ?車が電柱に突っ込んだくらいで死ぬほどヤワなヤツじゃないだろう」
「そうだな」
前世代の伯爵とは意味が異なる。
昨今、皇帝より直属の騎士としての意味を成す"伯爵"の称号。
武術、剣術、様々な体術を含め、火器やその他全てを扱う技量など、並みの人間がかなう相手ではない。
世間では周知の事実だ。
確かに伯爵の乗ったリムジンは彼らの手引きによって電柱に激突した。
間違いなく運転手は即死だろう。
護衛も九月が直接手を下した。
そしてその後に九月が暗殺する予定だった。
だが、リムジンの後部座席に乗っていた伯爵は既に事切れていたという。
8人の騎士の"伯爵様"にしてはあまりにもあっけない。
「それに死亡の報道もやたら整理されていた。さらに昨日の今日で後任が決まって」
「手に掛けたのは影武者だったかもしれない、と?」
「そうだ、ファイズ」
今度は彼の質問にクレアが頷く。
不可解な点が多すぎるが、まず思い当たったのが影武者ではないかということ。
だがそれも、出発直前のリムジンにシャルニール卿本人が乗り込むのを別の仲間が目視している。
バビロン皇国は強大な国である。
それと同時に、不可解な事も多すぎる。
強い意志で、まっすぐに金枝の瞳をした青年を見るクレア。
彼女はZOCの事実上のNo.3でもある。
下手な回答をするとただではおかない、そんな並々ならぬ威圧が見て取れた。
ファイズと呼ばれた青年は、この押し問答にこんな答えをした。
「そのとおりだ」
「なに?!」
予想外の答えにクレアは驚く。
安易な妄想を否定され、何か違う返答が返ってくるものだと身構えていたからなのだが。
「だが本人がリムジンに乗り込むのを・・・」
「あぁ、確かに乗り込んだのも本人だ」
「どこかで車が停止したなんて話は聞いて無いぞ」
「そうだろうな」
「ふざけてるのか!!」
痺れを切らしたクレアが怒鳴りつけた。
前に身体を乗り出した際に、赤いロングヘアーが揺れる。
ZOCに戻った今は髪を下ろしていた。
「まぁ落ち着け。種明かしだ」
ファイズはそう言って無造作に、手元にあるリモコンのスイッチを押す。
すると会議室の中央、テーブルで囲まれた真ん中の装置から映像が映し出された。
内容は現在やっているニュース速報のようである。
3人の視線がニュースへと移る。
「ご覧下さい、もうまもなくファンハイム卿の就任の挨拶です。昨夜テロリストによる不遇の死を」
内容は昨夜死亡したシャルニール卿の後任に就く、ファンハイム卿の報道だった。
やはり昨日の今日で後任が決まるという事実は解せない。
そんな顔をしていると言われるほどに眉根を寄せて報道を見るクレア。
「それでは只今より、ファンハイム・ルーデバロン公爵の」
ガタン。
ニュースの中からではない異音に視線を移す。
見ると、クレアがテーブルを強く叩いた音だった。
見開いた目で食い入るようにニュース映像を見ている。
「ルーデバロン・・・だと?」
そう呟くように口にした。
動揺しているクレアに聞こえるよう、無表情にも淡々とファイズは話し出す。
「ファンハイム・ルーデバロン。かのルーデバロン王家の次男だ。お察しの通り彼らは兄弟。といっても、シャルニール卿の腹違いの弟だが」
「馬鹿な!シャルニール卿は一人息子だったはずでは!」
「メディアへの露出はな。実際裏で動いて戦果を挙げていたのは弟のファンハイムの方だ」
シャルニール伯爵が狩りへ出かける際には兜を被っていたという。
それも顔全部を覆うほどのものだったが、豪華な装飾が施された純白の服に鉄兜。
まるで戦場を駆ける騎士のようだとも評されている。
だが実際に彼らがやっていることは"狩り"であり、中世の忌まわしい記録"魔女狩り"を彷彿させるという者もいた。
「偶然にもルーデバロン王家と同じ苗字を持っていたファンハイム卿は、その戦果からもシャルニール卿の再来とまで噂されています」
何も知らされて無いニュースのキャスターは「別人」だと報じた。
映像のキャスターがそう口にした言葉に、ファイズは答えるように言った。
「当然だな、実際に"狩り"に出てたのは彼自身なのだから」
「くっそ、私達のした事は一体なんだったんだ!」
怒りと共にそう吐き捨てた。
テーブルについた彼女の握りこぶしがわなわなと震えている。
赤い瞳がなおも赤く輝いた気がした。
そんなクレアの様子に、今まで静観していた九月が声をかける。
「そう悲嘆することもない。お陰で彼を引きずり出せたのだから」
やはり冷静に彼は告げる。
一息ついて落ち着きを取り戻したのか、先ほどの声の主、九月にも質問する。
「あんたも知っていたのか?」
「いや、俺は何も知らされていない。だが少しはお互いに動きやすくなったはずだ。皇国もこちらもな」
「・・・そうか」
それだけ呟くと、クレアは扉の方へ足を向ける。
九月も彼女に続いた。
「ご苦労。学生に戻り、しばらく休養を取ってくれ」
「あぁ、分かってる」
クレアは背中越しに返事をし、二人は出て行った。
バビロン皇国、それも首都では他民族が入ることは許されていない。
皇国の皇族と、伯爵、恐らく民衆もいるだろうが、他国からは全くといっていいほど内情が分からない。
そんな閉鎖的な国だが、先のシャルニール卿は他国メディアへの露出が多かった。
恐らくそれを快く思っていないであろう皇国側が彼を始末した。
それも何らかの形でZOCに情報を流し、暗殺の片棒を担がせて。
だが、こちらが手を加えずともシャルニール卿は既に事切れていた。
いや、あらかじめ"殺しておいた"と考えたほうが無難な線だろう。
そうファイズは考えている。
テーブルに肘をつき、未だ流れているニュースを見つめる。
観衆の声援と共に伯爵就任の式典が終わりを告げている。
ファンハイム卿。
彼は虎か、蛇か。
どちらにしろ、彼もいずれ立ちはだかるであろう敵であることは、間違いなさそうだ。
「クレアと九月・・・か」
一人残されたファイズの唇の端が自然と上を向いていた。




