第一話 -尽きた平和-
パァンッ。
遠くで銃声が響いた。
この町のように、荒廃した場所では日常茶飯事の出来事。
ここサクアルパンは鉱脈で栄えた町、そして国家ゼグレアの一部だった。
ゼグレアとは10年前にメキシコより独立をした、元はゲレロ州という地名だった。
それが今では元アメリカ合衆国で現在はバビロン皇国という軍事国家の植民地となっている。
植民地化されたのはゼグレアだけではない。
北のアラスカ大地、カナダ、チリ、ブラジルなど、北アメリカから南アメリカまでのアメリカ大陸全土に加えて、アフリカ北半部、他多数の諸国を軍事介入で皇国自らの統括下に置いた。
そう、アメリカは敗れた。
圧倒的な戦力差の前に。
バビロン皇国。
その国は元々存在していなかった。
軍国主義など遠い昔の記憶である。
時は平成に入り、世界恐慌も落ち着きを取り戻していた。
平和に向かっていたはずだった。
1999年。
ノストラダムスの予言が当たるまでは。
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黒いスーツを纏った男が、酒場へと入っていく。
中肉中背といったところか、顔は目深に被った帽子のお陰で見ることが出来ない。
ここサクアルパンはまるで、西洋ウェスタン風の町並みである。
西部劇の町並みは1990年代にはほぼ絶滅していた。
だが現在のここの領主が大の西部劇ファンだとかで、それの趣向でこのような町並みになったとか。
立て付けの悪い木の扉を押しやる。
キィーっという音を立てながら、真ん中から両側に開いた。
するとカウンターの方から声を掛けられた。
「遅かったな、九月」
赤い髪に赤い瞳の女性が片手でグラスを転がしている。
グラスに入った液体は恐らくテキーラだろう。
真っ黒いローブに身を包み、腰には銃らしき筒が覗く。
「多少手間取ったが、誤差範囲内だ。問題ない」
水の入ったペットボトルを彼に放る。
それを受け取ったのを確認し、九月に女性は再び問うた。
「へぇー?あんたでも手を焼くほどのものだったか?」
「いや、公爵は問題なかった。だが・・・」
「だが?」
九月と呼ばれた男は、胸元のボタンを外しながら言う。
同時に中折れ帽も取りると、なかなか端正な顔立ちの青年である。
肩まで伸びたもみ上げなのか前髪なのかはやや伸びすぎではあるが、似合わない風ではない。
一見するとごく普通の青年である。
先ほどの問い返しに、やや低めの声で答える。
「ウェスタン気取りか、よく分からないが住民の襲撃に遭った」
「はぁ・・・、やはりか」
「予想はしていたが」
フォークに巻きつけたパスタをくるくる回して弄びながら、女性は答える。
「正義面した内政もよく理解して無い若造たちの"戦争ごっこ"さ」
ここサクアルパンに限った事ではない。
最も、今は戦時中ということもある。
彼らの居るアメリカ大陸全土を主体とした『バビロン皇国』、かつてのロシア全土とEU諸国を主体とした『欧州連合国』。
そして中国に母体のある、中東各国に加えエジプトやサウジアラビアなどが手を組み、アフリカから中南米を複雑統合した『アセアニックデカルチャー』と呼ばれる連合。
オーストラリアやニュージーランドなど、バビロン皇国の手の届かなかったその他の島国を総称して『パラダム合衆国』と呼ぶ。
この4つの勢力によって、現在の世界は分けられている。
事実上、アメリカを席捲したバビロン皇国によって世界は仕切られていると言っても差し違えないだろう。
バビロン皇国はここ数年で世界のリーダーたる地位を奪い取ったために、それなりの世論の反発はある。
だがあのアメリカを落とした程の力は絶大で、バビロン皇国へは真正面きっての交渉も難航している。
当時最高の権限とされていた国連総本部は、バビロン皇国によって壊滅した。
やむなく各国はこのように4つにまとまったとも言えよう。
そういった事情も最中で、政治問題に感情で反論する若者は少なくはない。
真実の裏などを知る由もなく、メディアによって報道された"偽り"を真実として受け止めることも多々ある。
故に起る内紛や反乱、それを鎮圧するために軍隊が動くことも良くあることだ。
いつの世でもありうる、ごく普通のことと切り捨ててしまえばそれまでである。
最後の一口のパスタを口に含み、くいっとテキーラで流し込んだ。
真昼間から度数の強い酒を煽っても全く酔ってないところを見ると、彼女は相当酒に強い。
それから酒気と共に言葉を吐き出した。
「ま、しばらくは静観かね。ZOCへ行くよ」




