ドラゴン?を食べてみよう
「今日は何を食べるとするかな。たまには大物を捕りたいなあ。そうは思わないか?」
「はい!思いません」
アルバートの問いかけに、被せぎみにエレナが答える。
ここで、「そうですね!」と答えたら、きっとろくなことにならない。
わかっているから即答しつつ、アルバートに満面の笑みを浮かべて見せたのだった。
まあ、そんな皮肉がこの男に通用するとは思っていないが。
「まあまあ、そんなこと言わないでさ、一緒に行こうじゃないか。ドラゴン狩りにさ」
う~ん?聞き違いだろうか?ドラゴンとかの名前が聞こえたような・・・
「えっと・・・聞き違いでしょうか、ドラゴンと聞こえたような気がしますが」
エレナが、ひきつった笑顔で聞き返す。
ああ、出来ることなら間違いであって欲しい。
だがしかし、やはりというかなんというか、案の定の言葉が返ってくる。
「そうドラゴンだ。緑色で火を吐く奴」
アルバートが、ニヤリとする。
・・・エレナが項垂れる、だけでは終わらず、アルバートの肩を掴んで何度も揺すった。
「アル様は基本有名なモンスターは食べませんよね?どうして急にドラゴンを??」
揺らされながら、アルバートがエレナに答える。
「簡単なことさエレナ。それはね」
「それは?」
「食べたいからさ♪他に理由なんてないよ」
この野郎!と言いたくなる気持ちを抑え、無理に笑顔を作りながらエレナが優しく話し掛ける。
「ドラゴンはとても危険な生物ですよ?悪いことは言いません、止めましょう」
まあ、どんな言い方をしたところで無駄なのだが。
「そっか、なら一人で行くとしよう。留守番は頼んだよ」
そう言い残し、アルバートはさっさと歩いて行ってしまった。
「ああ!もう!待ってください、私も行きます!!」
慌ててエレナがその後を追いかけていく。
彼女の扱いが良くわかっているようで、彼女に見えないようにガッツポーズと共に悪い笑顔を浮かべていた。
いくら頑張っても、彼の手綱を掴むのは無理だろう。
アルバートを追いかけていく中、エレナはそれを痛感するのだった。
ドラゴン、それは太古から存在し、様々な種類や特性を持った、魔物の中で一位、二位の強さを争うモンスターである。
種類としては大きく分けて四種類であり、
大空を飛び、人や家畜を襲う風の竜【ワイバーン】
洞窟に住み、縄張りへ侵入した者を殲滅する地の竜【ドレイク】
熱い場所を好み、主に火山に生息する火竜【サラマンダー】
雪や氷等が多くあり、冷たく暗い場所を好む氷竜【アイスブランド】であるが、他にもドラゴンは存在する。
【ワイアーム】ワイバーンに良く似ているが手足がなく、また火を吐くことが出来る。
【リヴァイアサン】海竜と呼ばれ、時に災害を起こす巨大なドラゴンである。
【スカルドラゴン】魔術かはたまた呪いなのか、骨だけになっても動く恐怖のドラゴン。一説には、その骨から極上の出汁が取れるとか取れないとか。
まあ、他にも沢山の種類が存在するが、きりがないのでこれぐらいにしておこう。
アルバートがドラゴンについて、満足するまでエレナに話し、教えていた。
エレナは、もうお腹一杯といった表情をしている。
(つまり、今の話の中に出てきた何れかのドラゴンを狩るということだろうか。はああ、気が重いなあ)
「火を吐いて、緑色ということはワイアームですか?なかなかに凶暴だという話ですが、大丈夫でしょうか・・・」
心配そうなエレナをよそに、アルバートはニコニコ顔であり、足取りも軽やかである。
「まあまあ、そんなに心配しなくても大丈夫さ」
「ですが、ワイアームならちょっと軽装過ぎませんか?もう少し準備を整えてからのほうが良かったのでは・・・」
二人の装備はいつものように剣と弓ぐらいである。
「うん?ワイアームなんて一言も言ってないけど?」
不安そうに話すエレナに、アルバートがとぼけた様子で聞き返す。
「それは確かにそうですが、では何を狩るのですか?」
言われてみればそうだ。アルバートは一言もワイアームとは言っていないし、そもそもワイアームやワイバーンといった種類のドラゴンは谷や山頂にいるものである。
しかし二人が向かっている所は平地であり、近くに山や谷といった場所も存在しない。
「まあ、見てのお楽しみといったところだな」
そう言って歩いていくアルバートに、遅れないようにエレナも早足でついていく。
しばらく歩くと、緑がたくさんある開けた場所に出た。
自然がたくさんある綺麗な場所であったが、何かおかしい。
「アル様、少し暑くないですか?」
エレナが額の汗を拭う。
少し涼しくなってきたこの時期にこの暑さは異常だ。
とてもじゃないが耐えられそうにない。
「見てみるがいいエレナ、あれが暑さの正体だ!」
エレナに負けじと汗だくになっているアルバートがとある場所を指差す。
そこには何かが蠢いており、時折火を吐いているではないか。
「あ、あれは、まさか!」
「そう、あれこそが今日の食材である、ドラゴンプランターだ!」
確かに、確かにドラゴンではある、名前だけは。
「アル様!騙しましたね?ドラゴンはドラゴンでも植物じゃないですか!散々ドラゴンの話をしておいてこれですか!?」
安心と拍子抜けから、いささか怒り気味にアルバートへ詰め寄る。
「はっはっは、君をドラゴンと戦わせる訳がないだろ?怪我したら大変じゃないか。大事な君にそんな無茶な事はさせないさ」
アルバートの言葉に、ゆでダコのように顔が真っ赤になる。
「あ、そ、そうですか。あ、ありがとうござゃいましゅ」
カミカミである。普段そんなことを言わないのにさらりと優しい言葉を言われ、エレナは照れてしまった。
「よし、さっさと仕留めるとしよう。あれを倒せば涼しくなるだろうしな」
そう言ってアルバートが剣を抜く。
あわててエレナも弓を構える。
【ドラゴンプランター】ドラゴンと名はついているが、ドラゴンの仲間ではなく、植物のモンスターである。
見た目はというと、土台にいくつか火を吐く実がなっており、
それぞれが独立して蠢いている。
ドラゴン程ではないが、その実には鋭い牙が生えており、時折カチカチと音を鳴らしている。
危険なモンスターではあるが、残念なことに自分で移動出来ない。
そのため、近づきさえしなければ比較的安全である。
そしてもう一つ、火を吐くことしか攻撃手段がないということだ。
その炎は恐ろしい温度により全てを燃やし尽くす!というものなら脅威だったが、無念、真夏に調理をして汗だくになる!といった程度のものであり、火そのものも焚き火程度の火力しかない。
そんな名前は立派なモンスターの懐に、アルバートが素早く飛び込む。
飛び込んできた外敵に、ドラゴンプランターもすかさず火を吐きかける。
自らに吐きかけられた火を、アルバートが剣で軽くなぎ払う。
すると火は簡単に四散し、一瞬で消え失せた。
「まあ、暑いけど熱くはないからな。そうりゃ!」
振るった剣がドラゴンプランターの実の一つを切り落とす。
(後二つ・・・お?)アルバートが剣を構え直す間に、残りの実に矢が突き刺さる。
アルバートによって生じた隙をついて、エレナが矢を放ったのだった。
矢は実に深々と刺さり、半分に割れそうな位にヒビが入っていた。
「さすがだな、倒すのと同時にヒビまでいれてくれるとは、調理が楽になってありがたいよ」
「まあ、偶然ですけどね。思ったより柔らかったんですよ。もうちょっと本気でやれば木端微塵でしたね、残念」
粉々にしてしまえば食べなくて済んだのになあ~と思いながら、実を回収しているアルバートに笑いながら話すエレナ。
「さて、今回はそんなに手間隙かけて調理することもないし、俺だけで十分だ。その間エレナは水浴びをしてきたらどうだ?汗だくだしサッパリするぞ」
近くには涼しげな泉があり、とても澄んでいて気持ち良さそうだ。
「確かに汗だくですしね、でもいいんですか、任せてしまって」
「大丈夫、大丈夫。気にせず行ってこい。終わる頃には料理も完成してるよ」
「ではお言葉に甘えて。あ、覗いたらだめですからね?」
そう言ってアルバートの方を向くと、彼は既に調理を始めており、こちらを見ずに手をヒラヒラさせて「行ってらっしゃ~い」と一言。
(覗かれたら覗かれたであれだけど、全くその気がないのも腹立つな・・・)
腑に落ちない感じで、エレナはその場を後にしたのだった。
しばらくして水浴びを終えたエレナが戻ってきた。
乾かしきれていない髪に光が反射してキラキラと輝いていた。
エレナは贔屓目に見ても、容姿端麗の類に入る女性である。
普通の男なら彼女の水に濡れた色っぽい姿を見たら、ドキドキするものであろう。
普通なら。
この男アルバートは普通ではないし、優しく控えめに言ったところで【変人】である。
戻ってきた彼女への第一声は。
「おお、ちょうどいいところで帰ってきたな。もう出来るから、ついでに焚き火で乾かすといいぞ」
ときたものだ。
(まあ、アル様に期待はしてませんでしたけどね)
少し残念そうに、エレナが焚き火の近くに座る。
「それで今回はどんな料理にしたのですか?」
焚き火ということは、生ではないということだ。
正直、刺身やサラダが出ないだけでも有難いものである。
アルバートはエレナの方に視線を向けると、そのまま視線を焚き火の方に移した。
「今回はよりシンプルにしてみた。焚き火をよく見てみな」
そう言われ、エレナは焚き火の中をしっかりと見直してみる。
よーく見ると、火の中に丸い塊が転がっており、その数三個。
・・・三個?ドラゴンプランターの頭の数と同じである。
「もしかして、丸焼きですか?これ」
だとしたらなかなかに豪快である。
丸焼き、それは豪快かつ単純な料理であり、素材本来の味を楽しめる料理法である。
だがそれは美味しければの話である。
「えっと、大丈夫ですかね、これ。美味しいんですか?」
「うむ、わからん!食べてからのお楽しみだな。はっはっは」
「おおぅ、嫌な予感がしてきましたよ」
「まあまあそう言うな。ほら、いい感じに真っ黒だ」
エレナと話しながら、アルバートが焚き火の中から、真っ黒になったドラゴンプランターの頭を取り出していく。
「よしよし、いい感じだ。あとは焦げた外側を剥がしてと、あちち!」
アルバートが、焦げた外側部分をペリペリと剥がして、ドラゴンプランターの頭を剥いていく。
中は真っ白で、真珠のように美しく、綺麗な見た目をしていた。
「これは・・・綺麗ですね、凄く綺麗です。食べるのが勿体無いくらいですね」
「そうだな。しかし外側は緑で中は白か、剥いてみないとわからないことだな」
「確かに、外からではわからないですからね」
「うむ、また一つ知識が増えたな。有難いことだ。さてお待ちかねの味を確かめるとしよう」
そう言ってアルバートが手に持つと、エレナもそれに続いて一つ手に持ってみる。
焼きたてのため温かく、ほわほわと湯気が出ている。
だがそんなことよりも、とても良い匂い、それだけがエレナの興味を刺激する。
焼いた果物の匂いといったところだろうか。
そこに更に香料を足したかのような強烈な香りが鼻を擽る。
「凄い匂いですね・・・」
「ああ、なんというか甘そうだなあ。・・・せーので食べよう」
「わかりました」
「じゃあ、いくぞ。せーの」
同時にそれを口に運ぶ。
「「ぐはあ!」」
同じ表情、同じ動き、そして同じタイミングで二人仲良く吹き出した。
「うぉぉ?こ、こいつは・・・や、やばいな、げふ」
アルバートが顔をひきつらせながら、力強く口元を抑える。
あのアルバートをここまで苦しめた魔物など、今までにいただろうか、いや居ない!
それほどに危険な味なのだ。
エレナにいたっては既に気絶しているようだ。
少しばかり痙攣しながら地面に倒れている。
さて、二人を苦しめたドラゴンプラントのお味だが、不味いというわけではない。
ただ、甘すぎるのである。
その甘さ、実に砂糖の1000倍。
過ぎたる甘さは血糖値の急上昇を招き、ある意味凶器と化すのである。
とはいえ、最初からドラゴンプラントにそこまでの甘さがあったわけではない。
今回の調理法、そう丸焼きが悪かったのである。
焚き火でじっくりと熱を通したことにより、甘さが凝縮されてしまい、このような兵器ができあがったのであった。
「うっぷ・・・大丈夫かエレナ・・・」
口元を押さえつつ、エレナを抱き起こすと、急いで脈を測った。
(・・・・・・動いている。うむ、良かった)
生きていたエレナに、アルバートは胸を撫で下ろすのであった。
「まあ、たまにはこんなこともあるよな。大事をとって宿に戻るとするか」
そう言ってエレナを肩に担ぐアルバート。
もう一度言おう、担いだのである。俵のように。
意識があったのなら、烈火のごとく怒ったであろう。
残念ながら気絶している彼女が、この仕打ちを知ることはなかった。
時折、呻くような声で「うぅ、人として扱ってよ」とか「物じゃないんですよ」とか言っている。
そんな彼女の寝言を無視しながら、アルバートは帰路につくのであった。